江月
わたくしは、嗚呼、わたくしは。
どうしても、どうしても忘れられないのです。
わたくしの手に、指に、身体に、舌に、
じっとりと
只々、
それでも。
こんな姿に
本当にわたくし自身が愛していたのか、
私は、ひたすらに
その記憶に
わたくしはちっとも
そうです、そうなのです。
そうですから、そうなのでしたから。
囁かれても、問いかけられても、
微笑まれても、口吸われても。
こんなにわたくしを愛してくれる御方を、
一体
その愛を、
怖ろしくて、怖ろしくて、悲しくて。
虚しかったのです。
わたくしは、泣きました。
憎かったのです。
この身に、
…忘れたかったから、それが答えに成るのでしょうか。
月明かりの下で、
ざやざやと蠢く枯草と露葉の向う、
黒々と濡れた土と石と砂と泥の向う、
ぶずぶずと崩れる朽木の蓋の向う、
ぐにゃりと這い出るあの凄まじい臭気の向う、
艶を失った毛髪。ひび割れた爪。
淀んだ黒い汁。弛んだ灰緑の肌。
口元に乾いた涎。漏れ出た屎尿。
死出虫と百足と
蛆と蛆と蛆と蛆と蛆と蠅と蠅と蠅と蠅と。
手に、指に、身体に、舌に、
そのかおり、そのにおい、
その手触り、その温もりを。
全身に浴びたかったのです。
何度も吐きました。
何度も逃げ出したくなりました。
何度も恐くなりました。
でも、
わたくしには怖ろしかったのです。
真暗な
誰とも知れぬぐずぐずに腐った
わたくしを、わたくしを
わたくしは…、
誰を愛していたのでしょうか。
何かを愛せたのでしょうか。
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廃寺の
壁も天井も崩れ、荒れ果てた座敷の上に
その様は異様で、死人から剥ぎ取った体毛で編まれた
着物を纏い、大小の白骨がその周りに散らばっていた。
最早表情の判別も出来ぬ程に伸びきった垢塗れの白髪の隙間から
茶色い歯と鉤のように丸まった爪を見せて、この様に語ったのだ。
その女を愛した男が死に、幾年、幾十年、幾百年を経たのであろうか。
忘れる日まで、思い出す日まで、
廃寺の
霊ぶ短編 順番 @jyunban
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