2.石工の甚五郎が語ったこと



 あちこちを酷く擦りむき、ずぶ濡れの甚五郎が軒先に突っ立って居る。

顔は血の気が引き真っ青で、がちがちと歯を鳴らすほど凍えている。

石工頭の妻マツは仰天して、とにかく中に上げたのである。


「あんた、どうしたんだい、え、一体何があったんだい?

 これ、誰か湯を沸かしておくれ、アラアラアラ、こんなに濡れて」

手ぬぐいを渡してそう尋ねると、甚五郎はがたがた震えて、


「えぃ、いぃ、かみさん、やっちまったぁよぉ、ひえぃ、ふぅ、いぃ」

そう言ったきり、ぼうとなって蹲ってしまった。


 甚五郎に話をさせるのに、ずいぶんと時間がかかった。

頭は石工の寄り合いに一日出たきりであったので、

結局はその妻と見習いの定吉が甚五郎の世話をした。

湯茶を飲ませ、一服させると少し震えは収まったようである。

もつれる舌で甚五郎はやっと、およそこんなことを語った。


 昨日は久しぶりに外で酒を飲んで帰った。

家についても飲み足りなかったので、また飲んだらしい。

そうしていると、妻がそれを咎めたようである。

甚五郎はなぜか無性に腹が立ったのだという。

だから、妻を殴ったらしい。

気がつくとツネはもう事切れていた、と。


 妻は血相を変えて医者を呼びに飛び出した。

おそらく甚五郎は酒に酔って、

気絶した妻を死んだと勘違いしているのだと、そう考えたのだ。


だが、息を切らせて医者を連れもどると、甚五郎の姿は無かった。

ただ定吉が、甚五郎に渡した手ぬぐいを握って座っていた。

彼に甚五郎の行方を聞くと、へらへら笑ってこう言うばかりであった。



「じんさんはおりません、へびがさらっていきました

 わたくしは、いやだいやだと申しましたが、

 へびが、へびがどうしてもじんさんをもらうと、いうもので」




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舞台にはまず二人の人物がいます。

“石工頭の妻マツ”と“石工見習いの定吉”です。

上手から“石工の甚五郎”が二人のところへ向かいます。

医者を呼びに“石工頭のマツ”が下手へさがります。

そのあと“石工の甚五郎”はその場に倒れ、身を蛇のようにくねらせます。

そして舞台の明かりが消えます。

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