1.大鳥邸について
うつむきの人
「ええ、はあ。
えーと、その坂を登りきると、右手に寺が見える辻に出るんですよ。
寺側に曲がって、奥の雑木林に近づく頃には左手に細い坂があります。
そこを進んだ先が、大鳥さんのお屋敷です」
「大鳥家はそれはそれは大きな財を成した商家とお聞きしました。
まぁそれも昔の話でして、
今では不動産の収入でほそぼそとやっていらっしゃるそうです。
ああ、大鳥さんですか?ええと、かなりの年齢でしょうが矍鑠としていらして」
「最後に大鳥さんへお伺いしたのは、ちょうど去年の夏頃ですね。
普段は出張なんてあまりしないのですが、
大鳥さんには大変お世話になっておりますので、
ええ。その前にも何度か買い取りにお邪魔しましたが、
その蔵の話を聞いたのはそれがはじめてでした」
「大きな蔵がいくつもあるのは知っていました。なにせ五つもありますから。
ですがひとつだけ離れた場所に建ててあるんですよ、そこが、ええ、例の蔵です」
「その蔵へは大鳥さんの奥様に案内していただきました。
いつもならご本人が必ず見えるのですが、その日は手が離せないとかで。
母屋を裏にまわって、古井戸の向こうにその蔵があります。
ああ、そうだ。蔵の水切り瓦に妙な鳥の置物がいくつもありましたね。
いえ、なぜかは聞きはしませんでした。
奥様はあまりご機嫌がよろしくなかったようで」
「ええ、はい。入りました。中も変わっていまして。
入り口のあたりには物がいろいろと置かれているのですが。
ほとんど奥はからっぽなんです。傷んだ畳がぽつりと真ん中に敷いてあって。
ええ、そうです、直接床に。
そしてその上に文机と、あとたぶんあれは…行李でしょうね。
でも一番気味が悪かったのは、
梁から太い麻紐がだらりと文机へ垂れていたんですよ」
「中の物は一通り見ましたが、ほとんど値のつかないものばかりでした。
はい、ええ、文机も見てみました。決して安物ではないですが買うほどのものでは」
「はぁ、ええ。行李…ですか。中には何も。あの、もうよろしいでしょうか」
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下手から“古物商”が歩いて中央にとどまります。
上手からは“主人公”が中央へ向かい、上手を背にして正座します。
“主人公”はそのままうつむいた状態を維持します。
“古物商”は起立したまま、淡々と質問に答えるように話します。
最後の台詞で、“主人公”はわずかに頭を持ち上げます。
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