第38話 新しい世界・その1

 バイト上がり、開放感のある喫煙所となると、本作で何度も登場してきた中池袋公園。今日も懲りずに吸いに来たわけだが、今回は先輩社員さんが一緒の退勤時間だった事もあって、一服に御一緒する運びとなった。


俺は鞄から旧二級品のechoを取り出して、コンビニで買った130円ライターで火をつける。傍から見れば、いかにも『金の無い喫煙者』といったところだが、実際は、まあ、その通りなんだけどさ…


いくら値上がりしたと言っても、400円以上する煙草を吸うよりも、280円で済む方が助かる。味にさえ慣れてしまえばなんてことは無い。


「echoか。また渋いの吸ってるねー」

「いや、お金が無いだけです。280円でタール15mgは魅力的ですよ」

「ヤニ厨だね。まだ若いだろうに」

「23歳になりました。吸い始めてまだ3年でここまで来ちゃいました…」

「そのうち、ガラムとか、やばいの吸い始めそうだね」

「缶煙草に手を出したら終わりだと思ってます。この次となると、やっぱり『わかば』かなって思ってるんですけど、ちょっと名前とパッケージがダサいですよね…」

「いくら惰性で吸ってるとは言え、できることなら見栄え良く吸いたいよね」

「そうなんですよ。非喫煙者からすれば、どうでもいいと言うか、むしろ迷惑でしょうけど」

「そうだねぇ」


そんな話をしていると、先輩はおもむろに腰から下げた皮の腰下袋のような物から、金属製の掻き出し棒のような物を出した。

更に、布ペンケースの見かけの袋から、おがくずかと思われる何かをつまんで出した。


本や、映画、そういった所でしか見たことなかったが、覚えがある。


「先輩、それって…」

「さっき話した流れで、格好つけてるみたいで、少し恥ずかしかったんだけどさ、」

「いやいや!めっちゃ格好良いじゃないですか!」


先輩が喫煙に持ち出したのは、なんと『煙管』だった。


ここで少しばかり、『煙管』について紹介したいと思う。

一口に『煙管』と言っても、その形状や種類は数多く存在するが、大きく分けて二種類。

煙管の材質に、一部分竹が使用されている『羅宇煙管』

煙管全てが金属で作られている『延べ煙管』の二種類だ。


煙管の全長は大体200mm。ここまで長い理由は、煙管は煙草の葉の本来の喫味を味わう為に、その長い管『羅宇』と呼ばれる部分に煙を通し、クーリング(冷却)するからだ。


先述した竹材質はこの『羅宇』と呼ばれる部分に使われている。


江戸時代は煙管の掃除を請け負う『羅宇屋』という生業者がいた。

現在ではほとんど無くなってしまったが、自身の煙管好きが高じて、羅宇屋になった方もいらっしゃるようだ。


掃除方法は、紙のこよりなどで、管の中に付着し溜まったヤニを取り除くだけだ。

慣れてしまえば一人でもできる。


基本は『刻み煙草』と呼ばれる葉を、指で一掴みし、丸めて、先端の『火皿』と呼ばれる部分に詰める。

火皿は上向きなので、市販ライターなどでは火がつけにくいし、オイルとガスの匂いで喫味がもったいない事になってしまう。無難にいくならマッチ等をお勧めする。


火がついた後は、普通に『吸い口』から吸えばいいのだが…


「最初はびっくりしたよ。話には聞いていたけど、3回くらい吸ったら、それで終わっちゃうからね」


と、先輩談だが、実際その通りのようだ。


これまた煙管が大衆文化だった江戸時代の話しだが、当時はせっかちな気質だった江戸の人々。喫煙するにしても、時間を多く割くのではなく、本当に『一服』の休憩で済ますのが理にかなっていたのだろう。


「ただ、それでも1回買えば、1週間はもつんだよね」

「そんなにもつんですか?」

「僕も意外だったけどね」


1日1箱ペースで吸っている人だと、1週間で約3000円少し。

これが煙管に変えると物によりますが、大体1箱360円程度。これが1週間吸い続けることができます。爆安…

※あくまで一般論です(という自己擁護。詳しく知りたい人は調べてみてね!)


吸う際の注意事項だが、煙草のように勢い良く吸うと、煙を冷やしきれずに火傷をする。あとは、吸い口を下げてしまうと、葉が燃えた際に出る『汁』で大変な苦味を味わうことも…


ハードボイルドな作品に登場する葉巻と同じで、煙管も煙は肺まで入れずに味わうことが多いらしいけど、俺が吸い始めたら、きっと肺まで入れるだろうなぁ…


個人的には、着物を着た女性が、花魁煙管なる物で吸っているシーンは大好物だ。

とてつもなく色っぽい。

全長300mmを超えてくるかという長い赤漆塗りの煙管。

興味は尽きない。


映画などでは、灰を落とす際に「カン!」と『煙草盆』と呼ばれる灰皿や煙管関係の用具を入れている箱のような物に叩きつけているシーンがあると思うけど、あれはお勧めしない。火皿の下、金属の部分が傷ついてしまうからだ。

(格好良いけどね)


灰を落とす際は、振り落とすか、火皿を逆さにして指にトントンと当てて落とすのが良いだろう。


と、簡単に紹介をしたが、これ以上は割愛させてもらう。

書き出したらどこまでも続くからね…


煙管それ自体も、周辺用具もとても手の込んだ物が多い。

初めて吸う人は安い物でも十分だが、気に入って集めたくなったら、手を出すのも1つの趣味になるだろうね。

初期費用としては、4000円くらいで足りると思う。(初心者キットみたいな物もあるし、今話題のアイ○スよりかも安い。比べるのもどうかと思うけど)


「会社でも、煙管で吸ってるのは僕だけなんだよね。君が始めてくれるなら、仲間が出来て嬉しいんだけどさ」

「最近、ちょうど図書館で煙管関係の本を読んでたんですよ。やっぱり、実際に吸っているのを見ると、格好良いですね」

「手間もかかるけど、これが楽しくなってね。前は、コンビニとかで売ってる普通の煙草を1cm位に切って、そのまま火皿に入れて吸ったりもしてたけど、折角なら刻み煙草だね」

「そんな吸い方もできるんですね」

「面白いだろう?」

「ですね」


先輩の喫煙がそこでちょうど終わった。


「さて、帰りますか」

「ですね。リアルな声が聞けて良かったです。一層興味出ました。考えて見ます」

「ま、無理に始めるもんでなし。気が向いたら相談乗るよ」

「あざます」


楽しい話が聞けた。

今でもあるのかは知らないけれど、俗に言う『タバコミュニケーション』ってやつか。仲間意識みたいなのは、やっぱりあるよな。


折角の楽しい気持ちを邪魔したくなくて、今日はラウンド○ンには寄らず、帰宅への一路につくことにした。



今日の喫煙所教訓【煙管文化は奥深い。さすが400年の歴史】





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池袋Smoking Area 本屋 雄人 @yrikias

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