第29話 試供品

 池袋北口にを出たすぐのところに、小さな喫煙所がある。

線路に面した喫煙所で、これと言って何かあるわけではない。

帰宅する前にふと、吸いたくなった俺は、近かった北口の喫煙所を使うことにした。普段は滅多に使わない。

人通りが多くなくて、観察するには面白みに欠けるからだ。


喫煙所の前にはエッチな映画館とゲーム屋さん。

池袋だなぁ、とぼんやり見ながらマルボロを吸っていると、

「お時間とよろしいでしょうか?」

「はい?」

大きな鞄を背負ったスーツの女性が話しかけてきた。

周りを見ると、俺しかいなかったから、俺に声をかけたんだろう。


「お煙草は何を吸われてるんですか?」

「マルボロメンソールです」

「メンソールがお好きなんですか?」

「そうですね。できればタールも重ければ嬉しいですけど」

「そうなんですね。お兄さんは、KENTは吸われたことはありますか?」

「昔吸ってましたよ、アイブースト」

「あ、ありがとうございます!もしよろしかったら、KENTのご紹介をさせていただけないでしょうか?」

「あ、いいですよー」


どうやら、KENTの試供品を配っているらしい。

実は、池袋ではないが、KENTの試供品をこうして貰うのは初めてではない。

以前、友人と飲み屋で酒を飲んでいた時、店内でいきなり話しかけられた事がある。


「KENTは男性にも、そして女性からも多くの人気を誇っている人気商品となっております。最近では、KENTの葉巻の細さと、パッケージのスタイリッシュさ、そして吸いやすさが多くの女性客の獲得につながっています」


KENTの喫味はかなりスッキリしている。シャープと言っていいかもしれない。


「ここで、普段お兄さんがどうやって煙草を吸っているか、KENTを実際に手にもってみていただきたいのですが、よろしいですか?」

「よろしいです」


煙草の試供品の話を聞くのは好きだ。

この、「相手をヨイショ」している感じが好きなのだ。ましてや、相手は綺麗なお姉さま。そこも狙いの1つなのだろうが…


いつも吸うように、右手の人差し指と中指で挟む。


「やっぱり、お似合いですよ!KENTは、このスタイリッシュさが喫煙者の方をより一層魅力的に見せるんです!」


ものすごい自社製品の持ち上げ方だ。


その後も、長々と(実際は5、6分だっただろうけど)PRされ、ようやっとのことで、

「お話し聞いていただいてありがとうございました。もしよろしかったら、KENTの欲しい銘柄はありますか?」

「どこのコンビニに行ってもなかったんですけど、アイブーストの8mgはありますか?タール数が低いとダメで」

「あ、はい、少々お待ちください」


鞄をごそごそと探し始める。

一般的に、コンビニ等に置いてあるKENTはタール数が1や3、5がメジャーでそれ以上はなかなか置いていないのだ。


「あ、ありました。ただ、ナノテックですね」

「あ、勘違いしてたかな…。それもメンソールですよね?」

「そうです。もしよかったら、これを機に、愛煙していただけると幸いです」

「ありがとうございます」

「それでは、貴重なお時間、ありがとうございました」


綺麗なお姉様は新しい顧客を見つけるために、再びどこへ行ってしまった。


まぁ、タダで煙草が1箱貰えたのは大きい。


早速、貰った『KENTナノテックメンソール8KSボックス』の封を切る。

箱の薄さも驚きだが、煙草の細さも驚きだ。他の煙草でここまでは見たことがない。これがKENTの売りだ。


「前に8mgを吸った時は、どんなだったかな…」


すっかり忘れたKENTの味を思い出すべく、火をつけた。



今日の喫煙所教訓【たまにやってくる試供品を配るお姉様の話は、聞くと良いことがある】

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