第24話 慣れないことはするもんじゃない

 俺はお酒が飲めない。ビールなんてものは、飲める方がおかしいとすら思っている。シャンディガフすら飲めない。日本酒なんて飲んだら、あっという間に戻してしまう。

飲めるものとしたら、アルコール度数の低いカクテルとジン系統だけだ。


そんな俺も、なんとなく飲みたい気分の時はある。

人生で初めて、1人で飲みに行った。


理由が特にあったわけではない。


ただ、そんな気分だった。


ある程度抑えていたつもりだったが、もともと強くないのに、量だけはそれなりに飲んでしまったせいか、頭が痛くて気持ち悪くてどうしようもなかった。

体は熱いし、頭はグラグラ。食道がムカムカする。

とりあえず、気分を変えたくて喫煙所へ。


中池袋公園近くで飲んでいたのが幸いだった。

喫煙所もあるし、トイレもある。

何かあればすぐに駆け込める場所なのがいい。


酒を飲むと煙草が進んでしまうのは何でなんだろう。

残り数本になった箱から1本取り出す。


「ふぅー」


味はするものの、最早ニコチンは感じなかった。


酔っ払って、首の据わらない状態で下を向きながら煙草を吸っていると、突然、


『バンバンバンバン!!』


前から何かを叩く、馬鹿でかい音が聞こえた。


さすがに驚いて、ハッ、っと前を向いて確認したが、何もない。

何の変哲もない、喫煙所の仕切りの壁があった。


「な、何だ?」


巡りの悪い頭を必死に動かそうとするが、うまく考えられない。


誰かがぶつかったか、何かだろう、とあたりを適当につけて、半分くらい残った煙草を吸いなおす。


すると、


『バンバンバンバン!!』


今度は左から音がした。


左を振り返って見たが、左は隣接したトイレの壁しかない。


「トイレから誰かが助けを求めてる…?」


もしかしたら、同じく酔っ払って、動けなくなった人がいるのかもしれない。


吸っていた煙草を急いで消して、足取りおぼつかない中、トイレに向かった。


「大丈夫ですかー」


トイレに入って大きな声で呼びかけたが、個室にも誰もいなかった。

そもそも、トイレの壁はコンクリとタイルで出来ていて、あんなに直接壁を叩いたような音は出ないはず…


段々、奇妙な事態になってきていることが分かってきた。


明らかに誰かのイタズラだ。

どんな手を使っているのかは知らないけれど、どう考えても『酔っ払いをからかって遊ぶ悪いやつ』がいる。

帰りたいのは山々なのだが、吐き出せるようなら吐き出して、少しすっきりしたい程の気持ち悪さだ。

もうしばらく休んでいきたい。


これ以上ここにいても良いことは無いのは分かってはいたが、動きたくない気持ちが勝った俺は、再び喫煙所に戻って煙草を吸うことにした。


生垣に座って、もう1本吸い始める。

アルコールのせいで、いまだにニコチン分は感じない。

メンソールも鈍い。


が、今度はやたらと寒気がする。

肌寒い。

酔ったせいか?


うなだれながら、ゆっくりと吸う。


するとまた、


『バンバンバンバン!!』


今度は、背後の壁から音がする。


振り向きたくない。が、一度しっかりと言った方が良いかもしれない。

あんまり人をからかうものじゃない。


「おい、さっきからずっと、バンバン五月蝿いんだよ!」


後ろを振り返って、出せる限りの大きな声で注意した。

が、後ろには誰もいなかった。


音がしてから、そんなにタイムラグは無かったはずだ。

逃げる足音も、人影も、何も無かった。


さすがにおかしい。

いくら酔っているからといって、そこまで判断がつかない程じゃない。


1番最初に音がした時も、よく考えれば、外が見えるように透明になっている壁に、手か何かで叩いていたとして、人影は無いのは変だ。


人ではない。


じゃあ、何だって言うんだ…


先ほどから感じ始めた寒気が、何か得体の知れない物による空気なのかと思い始め、急いで喫煙所から出ようと、荷物を取るために前を振り返るとー



いつの間に気を失ったのか、それとも寝ていたのか、記憶が抜け落ちていた。

荷物を荒らされた様子も特に無く、財布も無事だった。

目の前に時計があったので、時間を確認する。

30分も経っていなかった。


酔って、ここに来てからの時間が30分だったか、気を失っていた時間が30分だったのかはしっかり覚えていなかったが、なんにせよ、大事なのは「気を失ったのか」ということだ。


目が覚めてから、やたらと気分が良くなっていたのだけは良かったが、とにかく、急いで帰るに越したことは無かった。


中池袋公園の喫煙所は、今でも使っている。

この時以来、特に何も起きていないが、未だに不思議な出来事だ。



今日の喫煙所教訓【不思議なことって、ある】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る