第4話 そんな出会いってある?
池袋でのバイトが終わり、時刻は9時過ぎ。
家に帰るには終電の11時までに池袋に行かなければならないわけだが、
いつもの中池袋公園で煙草を吸っていると、目の前に何かが転がっていた。
いや、まあ、何かっていうか、人間なんだけどさ…。
俺は2浪して大学に入った関係で、1年生の4月には既に20歳を迎えていた。
大学に入ってサークルの新歓でいきなり急性アルコール中毒で救急搬送された経験がある。自分で勝手にバカ飲みして、ぶっ倒れたのだから世話無い話だ。
というか、世間一般的に見ても、かなり恥ずかしい。
俺の話を何故したか。
簡単だ。その人が酔っぱらって、倒れてたからだ。
誰も助けに行かないので、さすがに心配だったから、声をかけた。
「大丈夫ですか?立てます?」
「あ?あ、はい。何とか…」
と言いつつ、全く立てない。
呂律は回ってるし、意識はあるみたいだったから、とりあえず、生け垣に腰かけさせて、コンビニまで水を買いに行く。
慌てすぎて、口に煙草をくわえたまま行きかけたのは相変わらず落ち着きがない。
「取りあえず、飲めるなら飲んでください」
「ありがとうございます。すごい、優しい方ですね」
「いえ、似たようなこと経験してるので…」
少し熱っぽい視線を向けられたのは、お酒のせいだと思いたい。
流石にここまでして
「じゃ!帰ります!」
っていうのも無責任だと感じたから、そのまま落ち着くまで煙草を吸って待つことにした。
「煙草、吸われるんですね。意外です。こんなに良い人なのに」
「あぁ、顔に似合わず。ってよく言われますよ。もう3年になりますね」
「まさか、この歳になって、こんなになるとは思ってなくて、ほんとすみません」
「いえ、飲みたくなる時ってありますよ。きっと、何かあったんでしょう。気にしないでください」
「どうしよう、本当に良い人ですね。お水まで…」
「いえ、本当に気にしないでください」
いきなり泣かれた。
まあ、そういう時ってあるよね。
まさか、同い歳くらいの酔っぱらった男性をあやすとは思わなかったが。
背中をさすりながら、反対の方向を見つつ、煙草をふかす。
急に、煙草の味が変わった気がした。
「すみません、もしよかったら、煙草1本貰ってもいいですか?」
「いいですよ。どうぞ」
1本渡して、手持ちのライターで火をつけてった。
「何年かぶりに吸いました…。落ち着きますね…」
「煙草、やめていらしたんですね」
「ええ、6年前くらいに」
ん?6年前から禁煙してるって、少なくとも26歳だよな?
同い歳くらいだと思ってたんだけど…
というか、私服だし、大学生だと思ってた…
「私、今年で38になるんですけど、MS大学に通信で通ってまして、来月から教育実習なんですよ。今年で取れなければ、東京都の採用既定の年齢を超えることになってしまって…。今から緊張が止まらない毎日で…」
「MS大学に通われているんですね。私、そのお隣ですよ。こんな偶然あるんですね。てっきり、同い歳かと思ってました」
「えっ、お隣の?、しかも学生さんですか?できた人みたいだし、てっきり社会人の方かと」
「お互い、印象が逆ですね」
この人かなり若く見える。ちらりと左手の薬指を確認すると、
大変失礼な話だが、やっぱり独身だった。
というか、そんなおっさんに見えるかな…?23歳ですよー。
「緊張するっていうのは仕方ないですよ。自分の人生の1つの岐路に立ってるわけですから。言い方悪いですけど、最悪、他県の教員もあり得るわけですし。前向きに行きましょう」
「分かってはいるのですが、なかなか…」
「私の友人に教職やってるやつ多いんで、飲んだりすると必ずその話題になりますよ。私も、家庭教師のアルバイトやっている関係もあって、思うところは多いです」
「そうだったんですか。私は発達が遅れがちな子供たちのクラスに行くんですよ。私が学がある人間ではないので、更に大変な、そういった子供たちの指導、教育に携わりたいと思っているんです。ただ、いかんせん小学校なので、どう接すればいいかが未だに分からなくて…」
「志は立派じゃないですか。それに、実際に触れてみるまで分からなくて当然ですよ。人生すべてが勉強ですから」
「そうなんですよ!私は10年間販売業やっていたんですが、それでも分からないことばかりで。もともと人と接するのが好きだったのでその仕事を選んでいたんですが、更に大きな喜びを、相手に感じてほしい。社会人の経験を、これからの若者に還元したいと思って、通信に入学したんです」
「私が、大学に浪人して入ったので、現役で有名大学に進学して、そのまま教師になれる人たちの事は凄い尊敬はしてるんですけど、その反面、今の教育の現場にどれだけの『社会人経験者がいるのか』っていうところでもあるんですよね。
もちろん、社会に出る前に、まずは世間における常識とか、基本の勉強ができるかどうかっていうのも分かるんですよ。良い大学に入って、良い会社に就職するのがスタンダードな考えになる教育現場も理解できるけど、金銭的な理由、勉強が何かしらの理由で苦手な子、そういった子供たちに社会で生きていく術を示していくのが、これからの学校教育になっていってほしいですよね。共働きで、家族で話し合いの時間が取れないご家族も増えてますしね。教員の待遇敢然と、人員の分配、問題は山積してますよ…」
「あなた、教員になった方がいいですよ!今からでも全然遅くない!」
つい、友人たちと話すのと同じノリで話してしまった…
初対面でべらべら話してしまって、ドン引きされるかと思ったが、食いつき半端ないな。もう酔い醒めてるんじゃないか?
気づくと、煙草のほとんどが灰になってしまった。
「もう1本吸いますか」
「ごめんなさい、長々話してしまって…」
「いえ、どうぞ」
「あ、本当、何から何まですみません…」
「たまには、こんな日があってもいいんじゃないですかね?公園で、煙草を吸いながら、将来について語り合うなんて、なかなかオツじゃないですか」
「学生に戻った気分ですよ」
「身分的は、お互い学生ですから。『何かを始めるのに遅いなんてない』
僕の好きな言葉です」
「です、ね。今日はとことん話しましょう!」
「その前に、実家に電話します…」
「あ、ですよねー」
はてさて、どっちが歳上やら…
その後、終電ギリギリまでお互いの将来、考えについて、お互いの年齢を忘れて話し合ったが、いまだに交流は続いている。
夜の中池袋公園には、喫煙所には、いろんな人間がやってくる。
ただ、何かしら社会に対して貢献している人間だけがやってくる。
そうは見えないかもしれないが、皆が働いている。
一時の安らぎを得るためにやってくる。
その一端に触れた日だった。
今日の喫煙所教訓【喫煙所、その周辺にはいろんな人間が集まってくる】
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