序の三 魔を狩るもの

「はぁー? 今度のお客さんは日本語を話してくれるようだけど、言ってる意味はサッパリだねこりゃ。お嬢さん、知り合いかい?」

「コスプレ趣味の友達はいないですが……」

「誰がコスプレか! ちょっとあなた、騙されちゃだめよ、そんなナリしてるけど、そいつは悪逆非道の吸血鬼の眷属、ダンピール! あなたの血を吸うつもりなのよ!」

「ダンピールって、さっきのアイツか。そんなの、とっくに逃げちまったんだがねぇ」

「とぼけるな! ついさっきまで、お前が立ってるまさにその場所に〈魔のものウェヌネム〉、魔族の反応があった! 子供に化けてこちらの油断を誘おうなどと、姑息な手段を!」

「子供呼ばわりたぁ伝法でんぽうな。こう見えて、アタシゃ当年とって二十五歳。戸籍にだってそう書いてあらぁ」

 その言葉に「えっ、……私より五歳も上?」と驚いたのは、金髪ではなくヒカルだった。

「黙れ! 人に変身して反応を消すとは高等技術だが、あたしはそんなことに騙されはしないぞ!」

 金髪の女はスマートフォンを得意げに突き出した。のおかげでなにもかもお見通し、と言いたげだ。偉そうに胸を張った、そのふくらみがまたも揺れる。その豊潤さを見て、沙弥の片眉が忌々しげにひくついた。

「あー……なんとなく分かってきたけど、あのダンピールはお尋ね者かなにかで、アンタはそれを追ってきた狩人ハンターってわけだね? そんなの勝手にやってておくれよ。無関係なこっちを巻き込まないでさァ」

「ええい、誅滅迅速!」

 金髪の女はいきなり自分のスカートをめくり、その中に手を突っ込んだ。

「ちょいと、なにしてんノごっ!」

 重たい火薬の炸裂音が『ノ』の辺りで轟き、『ごっ!』と同時に、沙弥はぶん殴られたような勢いで首を折り顔を真上に向けると、すとんとその場に座り込んだ。

「きゃ! だ、大丈夫ですかッ?」

 沙弥に触れようとしたヒカルだったが、

「ひィやァああ!」

 沙弥の額に黒々と丸い穴のようなものを見つけ、逆に逃げるように跳びすさる。

「見たか〈教戒兵器きょうかいへいき〉の威力! ダンピールごとき一撃必殺!」

 金髪がスカートの中から取り出したのは、大型拳銃であった。彼女は拳銃を「あちあち」と持て余しつつ内腿うちももの隠しホルスターに戻すと、怯えて縮こまってしまっているヒカルに近付いていく。

「さあ、あなたをおびやかす悪魔はもう滅びたわ。安心して」

 いやに明るい笑顔で片手を差し出すが、

「こ、来ないで、通り魔、人殺し……」

 ヒカルの方は、恐怖で染まった目に涙を浮かべるばかり。

「いや、人じゃないのよアレは。魔物なの。あなたは魔眼で心を操られて……」

「助けて、殺さないで許して……」

「人の話を聞きなさい」

「そりゃ人前でいきなり拳銃ぶッ放して、ヘッドショット決めるような相手にゃ怯えもするでしょうよ」

「うーん、放っておくわけにもいかないし、困ったわね。……ん?」

 そこで金髪も気付いた。ヒカルはもはや、口をパクパクさせているだけで喋ってはいない。そして今の声は、自分の背後から聞こえた。

 振り返るとそこには、沙弥が立っている。自分の額に張り付いていた、小さな金属の塊を剥がし取ると、それを眺めて彼女は言った。

「この弾丸、銀メッキじゃないのさ。呆れた。魔物退治ってなぁ、こんなんでいいのかい」

「お、おまえ! 眉間を打ち抜いてやったのにどうして生きて……ッ?」

「魔物退治は心臓を狙うのが常道ってのじゃないのかい?」

「ダンピールごとき、聖化された金属を重要器官に打ち込めば滅ぼせるはずだ」

「ああ、それで眉間ね。お見事な早撃ちだったけど、相手が悪かったね。アタシゃ魔物じゃないが、普通の人間でもないんでねぇ」

「人間ではないなら人外ではないか!」

 金髪の女がふたたびスカートをめくり上げようとした次の瞬間、沙弥が一瞬の踏み込みで近付き、銃を抜くために必要な空間スペースに自分の身体を滑り込ませた。それでは銃は抜けない。そしてそれ以上に、

「え、速ぁッ」

 人間どころか、魔族のそれすらしのぐ速度が、金髪女を驚かせた。

「アタシゃれっきとした人間だよ」

 頭一つ分の身長差。見上げ、見下ろし、二人は向きあう。

「ただ――不死身アンデッドなだけさ。弥勒みろく沙弥ってんだ、覚えときな」

 少女は着物の袂に手を入れると、思い切り振り出した。ふたたび現れた手には、巾着袋の紐が握られている。スピードと遠心力。二つの力を乗せた重たげな袋が、金髪女の顔面へ。

「おごっ」

 横からアゴを打ち抜かれ、金髪の女は白目をむいて真下に落ちた。

「脳が揺れて気絶すると、すとんと落ちるとは知ってたけどねぇ。よもやアタシがその目に遭わされるとは思わなかったよ。コイツぁオトシマエだ、名前も知らないキリスト教徒さんよ」

 沙弥は、座り込んだ格好の金髪を蹴り押して横倒しにしてから、顔を真っ青にしたヒカルに向き合った。その恐怖の目は、今は沙弥に向けられている。

「なにがなにやらだけどさ、ようやく面倒は去ったみたいだから――」

「はひゅぅ……」

 今度はヒカルが、意識を失う番だった。

「あーっ、ちょいとお嬢さん、しっかりして」

 またしても地面に横たわってしまったヒカルを抱き起こそうとする。そこへ闇の深い方から、声がかけられた。

「おぬしの波長が弱まったので慌てて飛んで帰ってくれば、なんだこれは。どうして一人増えている」

 黒猫の先生が戻ってきていた。

「ああ先生、さっきのヤツはやっつけてくれましたか」

「気配を消すのが上手いヤツで、見つけるのに手間取った。いよいよ見つけたという時に、おぬしの波長が消え入りかけたのだ。さすがに驚いて、放り出して急ぎ戻った。無事なのか」

「そういうことでしたか、取り逃がしたってのは厄介かもしれませんが、まぁ登場のタイミングとしては良かったですよ。アタシゃ無事ですから、ちょいと手伝ってくれませんか。この人をどうにかしなきゃ」

「最初からいた方か。ここで伸びている金髪は?」

「ソイツぁ、人騒がせな早とちりさんですよ。放っておいていい……ああいえ、のようですから、頭の中だけ覗いておいてくださいな。さっきのダンピールのこととか、事情を知ってるようでしたから」

「承知した」と先生は金髪に近寄って、だらしなく気絶した顔を見つめる。「済んだ。今、伝えるか?」

 沙弥は苦労しいしい、力のないヒカルの身体をおんぶしようとしていた。

「ホテルに戻ってからで結構ですよ。先にこの人の身体と荷物、念動力でお願いします。ああっと、靴も履かせてあげないと……」

「念を入れるが、今のもこれも、軽いといえど一仕事だぞ」

「はいはい分かってます。軽い探り仕事の報酬は、おいしいおいしい猫の缶詰ってね。この巾着袋にちゃんと入ってるって、今確認したばっかりですから。安心してくださいな。さ、早いところホテルに帰りましょう、アタシはもう気が疲れっちまいましたよ……」





 (続)

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