第15話 裏切り?後中編
少し時間を戻し、エルフの話。
主に仕えて三ヶ月か四ヶ月かそのくらい。
エルフはいつものように主人に仕えていた。このエルフ、どうも心酔するほどに主人を慕っているようだった。
エルフからみる主人はいつでもニコニコと穏やかな表情を浮かべており、近くに居るだけで心地が良かった。人柄も、寛容で、強く、エルフ自身主人に何度も命を助けられている。ただそれだけなのだが、それだけでエルフは命を懸けるにあたいすると感じていた。
主人の為に必死に強くなろうとした。主人の為に剣を振り、魔術の技も高めてみせた。誉められたくて、必要とされたくて。死ねと言われたならば、主人が求めるならば躊躇なく死ねる気さえした。
しかしある時。宿を替えると言われた。反論するつもりもない。むしろエルフにとっては望む事である。何しろ部屋は狭いし、薄暗いし、ベッドは固いし軋むで、不快だったりした。それが、これから住むであろうつれてこられた宿は、それらの事など無縁なほど良い物だった。絨毯が敷かれており、照明器具も完備している。しかも主人は言うのだ。
「一部屋しかとれず、二人きりになる」と。
エルフは内心小躍りする。また主人と二人きりになれるのだと思った。もしかすると、今晩男女の仲になるのかもと思えた。それにしばらく、ダンジョン等に入る予定は無い。これから長い休暇も言い渡されていた。
エルフは新しい部屋で先にくつろいでいた。髪をといたり、手鏡で自分の顔を見ておかしなところはないか確認する。にやけ顔が気持ち悪く見えて、表情をいつもの鋭いものにさせた。
夜が待ち遠しく思えた。しかし。
新しい部屋に来たのは主人ではなく、主人が雇うもう一人の奴隷であった。
間違いかと思ったのだが、そう言うことでもなかった。
話が違う。
エルフはそう思うと同時に、騙されたようにも感じた。どうにか、「いや、私達より良い部屋に泊まっているのだ」と思うことで誤魔化した。
エルフは主人を嫌いたくなかった。そのため、都合の良いように解釈する癖ができてしまっていた。要するに主人に己の理想を押し付けているのだ。
しばらくの生活費を渡された後、完全に主人の行方はわからなくなってしまった。
エルフは「主人にはするべき事があるのだ。仕方がない」と思い込む。その間、エルフはどうか主人に喜んで貰えるように、猫の奴隷とダンジョンに潜り込むようになった。それがより一層の間違いなのであるのだが、エルフにはわかっていない。
エルフは誰かの戦い方を学んでいく。時として他人の戦い方を見るだけでなく、直接聞いたりした。エルフは強くなる事に焦っていたのだ。それが主人に好かれる近道だと思っていた。
しかし周囲に勘違いされる事になる。誰かとは言わぬが、特定の人はエルフの見た目もあって、事ある毎に話し掛けたりするのだ。
しかもエルフは照れたりにやけ顔を隠すのは得意であっても、悲しい事に関しては隠すのが下手くそである。主人について聞かれると、無意識に悲しい表情になるのだ。
そんな表情をするエルフに、どっかの誰かは無駄にお節介をやいてしまう。
主人の様子は、エルフから見てもおかしい。もう姿を見せず一月は経っているのだ。預かった金を見れば、まだまだ余裕があった。その事について言われると、エルフは何も言えなくなるのだ。
多額の金を預かっているのは信頼の証だと言い返してもみるが、自分で言っておきながらどうも自信が持てなくなっていた。
――必要とされていないんじゃないか
誰かに言われたその言葉がリフレインする。
ある時。エルフの主人が戻っていると聞いた。しかし、エルフの前には姿を見せていなかった。どういう事か良くわからなかった。何故、顔を見せてくれないのか。何か事情でもあるのだろうか。
前に住んでいた宿に居ると聞いて、尚更訳がわからなくなった。あんな宿、とっくに引き払っているものだと思っていた。
エルフは半信半疑でその宿に足を運んで見れば、本当に主人に会えたのだ。
一月ぶりの再会。エルフにとってみれば、嬉しい筈だった。しかし、別の感情が沸き起こっていた。
女を連れている。
エルフ部屋の前で待ち構えていた。それが、主人が女を隣に、向かってきている。
エルフは主人に対してより、主人の隣を歩く女に激しい怒りを覚えた。
立ち塞がるように通路の真ん中に立ち、女に向けて声を出した。
「あんたは何?」自分とは思えない声だった。
「護衛ですが」
「そう。護衛と言うなら」
エルフが怒りついでに魔術を発動しそうになったとき、主人が女を庇うように引き下がらせていた。
エルフが女の言葉を信じられずに「誰だ」と聞けば主人は「護衛」と答える。主人はよくわからない言い分をまくし立てたかと思えば、エルフに大金の入った袋を押し付けて、女の手を引いて宿から立ち去ったのだ。
エルフは「何故」という気持ちでいっぱいだった。護衛ならば自分がいるではないか。しかも見るからに弱そうである。更に言えば、主人の隣にいた女は側に置いておきたくなるようなビジュアルでも無いのだ。言い換えれば平凡。
なのに何故自分がそこに居らず、そんな奴が隣にいるのか。パニックにも陥っていたエルフは、誰かにその思いを口にしていた。
どういうわけか、エルフの思いは少し捻れて田村という人物に届くのである。
エルフは日を改めて、主人にいつから活動を再開するのか問い詰めた。そして久々に主人と共にダンジョン攻略することになる。
あんな女との格の違い見せてやると息巻いていた。今までも遊んでいなかったのだと、本来の実力を知らしめる機会となるのだ。
エルフはミノタウロスという、高ランクの魔物を仕留めて見せた。
エルフは「どうだ!」と言わんばかりに息巻いていた。エルフはつい、らしくなく、「護衛ならば、自分の方が優秀なのだ」といった感じの事を言った。すると主人ときたら、呆気なく「良くわかっている。理解している」と認めたのだ。
しかしそれが、主人と最後の会話となった。その三日後に、エルフは捨てられたのだ。
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