第13話 妹と顔を合わせる

「兄さん!」

 そこには妹がいた。その瞬間。妹と面と向かっていることに私は緊張した。声を掛けられるとは思っておらず、なんて返せばいいのかわからなかった。

「ははは。久しぶり」

 自分でも表情がぎこちないのがわかる。しかし妹は私の表情を気にせずに抱き締めてきた。彼女の子供の頃の習慣だ。

 カラカラにかわいた口の中、私は唾液を飲み込む。妹は私をどう思っているのだろうか。面倒で、気持ち悪いとでも思っているだろう。少なくとも良い感情が無いのは確かな筈。そんな事を一切見せていない。感情を隠すことのできる大人になっている。だが。これ以上、不愉快なおもいにさせたくない。そう自分に言い訳をし、慌てるように店を飛び出た。

 何か受け答えをしたような気がしたが、私は覚えていなかった。


 私は明確な拒絶を妹からされたくなかった。嫌われているのは自分でも明瞭だけども、はっきりした言葉だけは聞きたくないのだ。言葉にされたなら、それは明確化される。態度だけなら機嫌が悪かった、気が付かなかったのだと自分に言い訳ができる。しかし言葉だけは言い訳ができない。嫌いだと言われたなら、嫌いという意味以外に解釈のしようもない。言葉にされたなら、きっと私は立ち直れない。だから飛び出したのだ。

 私は逃げてばかりだった。



「もう近付かないようにしなくては」

 私は水の中、ごぼごぼとひとりごちていた。

 私は今、妖精の集落の泉の底に沈んで頭を冷やしているのだ。女性の姿をするスライムや浮遊霊が心配そうに私を見ていた。

 私は力無く笑って手を振ってやる。スライムと浮遊霊は、顔を見合わして心配そうな表情で離れていった。どうやら一人にしてくれるみたいだった。


「『言われてから気付くようでは手遅れだ。救いようの無い大馬鹿だ』」

 そうだとも。私は救いようの無い大馬鹿者なのだ。拒絶の言葉が放たれるそのギリギリまで、私は彼女の近く、妹の近くに居たかった。私は相手の事を思いやらぬ屑野郎なのだ。ストーカーだ。プレゼントを押し付けて、迷惑だと認識していながら繰り返し送り続ける。本当に自分が気持ち悪い。


 私は自身がコントロールする事ができない。相手を傷付けるか、逃げる事しか自分はできないのだ。自分のゴミみたいな存在に嫌気がさす。消えてしまいたい。


「ねえー! ブチー! ナーガーブーチー! ぶちぶちブッチー! もう一日以上沈みっぱなし! 何があったか教えてよー! 生きているんでしょー!」

 少女が水面から私に呼び掛けていた。

 私はよたよたと水から這い上がり、そのまま草の上に倒れ込んだ。「消えてしまいたい」と呟く私に、彼女は気晴らしに遊びに行こうと言ってくれた。切り替えて、敢えて聞かずに居てくれるのも嬉しかった。辛いことは思い出したくないのだ。


 私達は気晴らしにダンジョンに入っていた。そこで、七層にて田村さんに出会う。

「お前は何しているんだ?」

 初めて田村さんから話しかけてもらった。顔を覚えてくれたのだ。しかし、田村さんからは友好的な雰囲気は無い。私は咎められないように、少女を指して言う。

「ちゃんと護衛も居ますし、心配は無いですので」

 少女はローブを着ていて魔法使いの格好をしていた。ついでに少女には三匹の妖精がついてまわっている。風貌だけならば、しっかりした魔法使いに見えるのだ。


 しかし田村さんはそういう事を言っているのではなかった。「二人はどうした」とたずねられる。理解ができなかった。しかし要約すれば、エルフや猫の奴隷の扱いが酷いとのことだった。挙げ句に、今いる少女を側に置いているのが気にくわないらしい。田村さんの側にいる女性も同じような事を言う。

「飽きたら捨てるっていうやり方が不愉快なんだ」

「いやいや。疲労蓄積とかも」


 私は一方的に言われて、ついにキレた。

「うっせーんだよ! あんなクソ奴隷! 俺が養ってやってんのに! 文句垂れんならテメーが面倒みれや!」

 続けて私は言う。「あんなの、くれてやる!」と。

 途端にあちらは口を閉ざす。

 調子に乗った私は、黙る田村さん達に挑発の言葉を繰り返しぶつけてやった。すると、その挑発に乗って田村さんが言った。「契約紋を俺に引き継がせろ」と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る