第11話 親愛なる友達

「良かったな。許してもらえて。この子に感謝しておけ」私は羽虫に言う。少年は、あまりに粗暴な言動に言葉を失っている。しかし、そうは言っても、分からさせてやらねばならないのだ。

「こいつら、喋りはしないけども、僕らの声はちゃんと理解するんだ。理解させておかないと、また同じことをする」と説明するが、不満そうな表情をする。殺されそうになっても助けてやれないんだ、と言えばしぶしぶ頷くのだ。


 私は少年に説明しておく。主に力関係についてだ。鶏、牛、蚕などの家畜とクソ羽虫と泉のスライムに半透明な浮遊霊。泉のスライムが一番強く、次にわずか差で浮遊霊。それと妖精含むその他色々。

 しかし説明したその日。少年は体調を崩した。「痛い痛い」と背中を痛がるのだ。無理矢理服を剥ぎ取れば、背中にヘルペスのような出来物ができていた。

 解熱剤と塗り薬の抗生物質を使って治療する。結果だけを言えば、すぐに体調を取り戻した。

 だが、肝心な話はそれではない。

 少年が寝込んでいるところに、この前少年に攻撃を仕掛けた妖精がやって来たのだ。「クソ羽虫め!」と私は追い返そうとしたのだが、木の実など少年の為に持ってきていたようだった。


 しばらく少年は寝ながら妖精に話しかけたりして、妖精も少年に寄り添うまでに仲良くなっていた。私はたまらずに呟くのだ。

「僕は、凄い光景を見ている」

「何が?」

「僕は、妖精達は自分本意な性格ばかりだと思っていた。ここの奴等に詫びる感情があったなんて、初めて知った。僕とはろくに関わろうともしないくせして」

 奴等が私に逆らわないのは、抵抗が無意味だと知っているからだ。従えているのは、単純な恐怖によるものだ。だというのに、この少年は恐怖や力無くして妖精を手懐けている。凄い事だと思った。一方で、これが普通で、私が駄目なのだとも思えていた。




 少年は、体調が一日で回復したことに驚いていた。以前の仲間にも、同じような出来物ができて、そのまま衰弱死してしまった者がいたようなのだ。

 私は安静にと寝させている少年に、使った薬は特別なものだと説明する。

「君に試したのは抗生物質っていう薬。黄色ブドウ球菌による化膿と見越して使ってみた。これが効かなかったら、キツイ効果の薬を注射しようと思ってたんだ。副作用が強い薬。使わずに越したことはない」

「凄く高価な薬?」


 私はその言葉に反応してしまう。この薬は全て、私の友人、ユーイチの作ったものばかりなのだ。私がユーイチがまだ街に居ないまでの間、極小の魔法使いと自称していた時期があった。細菌の研究ばかりをして、抗生物質の抽出に成功した。味噌や醤油などの発酵の食品調味料の作成にも成功して調子に乗っていたのだ。

 ユーイチが現れてから、自らの栄光が恥ずかしくて堪らなくなった。ユーイチは私なんかよりもはるかに優れた抗生物質を出し続け、尚且つ治療法なども考案して見せていた。


 少年に、いかに私の親友が凄いのか説明する。説明する一方で、凄まじい程に自身が惨めに思える。気が付けば、私はこの劣等感を吐露していた。

「僕が作れたのは二十年かけてペニシリンって薬だけ。二十年でたった一種類だ。なのにユーイチは解熱鎮痛剤のロキソプロフェン、フシジン酸軟膏、この注射はアシクロビル、それにセフェム系色々、ストレプトマイシン、抗生物質だけじゃない。治療法も沢山出してる。その間の僕は味噌に醤油に納豆ヨーグルト。くだらねえ。なんだよこれ。なんだよこの差は。何が自称極小の魔法使いなんだか。僕はこの薬が手元にありながら解析もできない。抽出工程はおろか、何から抽出してるのかもわからない。情けない。もう消えてしまいたい」

「触れちゃいけないことだった?」


 私は寝込む少年に、色々なことを教える。この薬は特定のものに対して選択毒性を持つメカニズムだとか、この国の文字の書き方読み方、算術。私の存在を憶測ふくめた説明。しかし、どうしても愚痴が漏れてしまう。友人に比べて刀剣作りも及ばないし人望もない。劣等感が襲っている、と。


 少年が完全に熱も下がり、走り回れるようになる。水浴びの際、私はその少年が少女であったのを知った。

「君、女だったのか?」

「裸、何度もみておきながら今更。打ち明けた名前もちゃんと女の名前なのに」

 少女は、女性だと更に悲惨な目にあうのだと教えられており、男だと最初から偽っていたのだと教えてくれた。私が触れる度にいやがっていたのも、ばれるのが嫌で拒んでいただけらしい。

 打ち明けたということは、私に対して心を開いた証でもあるのだ。

「……ごめん」

 その少女は今でこそ普通の少女の体つきをしていたが、一週間前に初めて体を見たときなんか、拒食症患者のような、骨という骨が浮き出た痛々しい姿をしていたのだ。裸をみただけで男だとか女だとか気が付く訳がなかった。むしろ、あんな体でよくも今まで生きていたのか不思議に思えたほどだ。親も病気で亡くした少女に同情する。天涯孤独で、しかもこんな私にしか心を打ち明ける相手がいないのか。と。


 少年もとい少女に、私は適当に料理を振る舞った。私も自分用に料理して久々に食事する。実に三ヶ月振りの食事だ。私やユーイチは、最早食事など娯楽でしかないのだ。

 不思議と、少女は私の料理に関心があったようだ。私の料理を食べようとしてくるのだが、畜生飯だから食うなと拒んだ。後で「まずい」「よくこれが食える」と馬鹿にされたくなかったのだ。

「家畜の飯って?」

「僕の料理はこの街の人にとっては家畜の飯なんだ。奴隷たちに振る舞おうとしたらそう馬鹿にされた」

 しかし少女は、横からスプーンで一口さらって食べる。よく噛んで味わったあと、「美味しい」と言ってくれるのだった。

「ナイフやフォークじゃないけど、これは?」

「チョップスティック。箸だ。それにしても『美味しい』などと、嬉しい事を言ってくれる。僕の故郷の料理だからな」

 気が付けば私は、自分もこの少女に心を開いているのだと実感していた。


「ここから出ずにこもりっぱなしで一ヶ月。体の調子は良くなったのかどうか聞く前に一つ。お前、そんなに身長高かったっけ?」

「あんた、身長低かったんだね」

「俺と同じくらいだったのに、一ヶ月でそんな伸びんの?」

 彼女は身長が伸びていた。成長期と栄養価のある食事、休養が合わさって伸びたのだと推測できる。

「えへへへ。弟ができたみたい」

 少女は私を抱きしめてくる。

「やめい! 年齢だけを言えば祖父と孫だぞ!」

「ところで何で私でも合うサイズの服があるの」

「あん? それは昔、ここで住まわせたゴーレムの服だ」

「ゴーレム?」少女は土のゴーレムを想像していた。

「少なくとも、俺より余程人間らしいゴーレムだ。美形な少年さ。食事をし、睡眠を必要とし、成長し、調子の良し悪しのある奴だ。最早ホムンクルスと言えるかも知れない。僕が組み込んだ自己進化システム。これが最高傑作だった」

「今はどこに?」

「馬鹿だった僕が追い出した。後悔してる。どうか幸せに生きてることを祈ってる」




 私達は邪魔なコロボックルどもを押し退け、そこで魔術などを少女に教える。私の魔法道具を装備させ、道具の使い方を覚えさせてみた。

 私は数日、少女に装備を与え、久しぶりに魔の森から出た。ちなみに少女は妖精に慕われているのか、森を出ても常に三匹の妖精を従えている。言っておくが、私には妖精の個性など区別がつかない。これから洞窟のダンジョンで憂さ晴らしをするのだ。

「護衛として堂々してたら役目として十分」「わかってるってば」

 今いるのは洞窟ダンジョンの三十層。私は何度もここに来ている。来る度に理性を無くし、感情の赴くままに殺戮する。日々のストレスをここで狂ったように発散するのだ。

「しね! 死ね! 死ね! 死ね! 偉そうにしやがって! 何も分からぬ奴等め!」と呪いの言葉を吐きながら気が晴れるまで暴れる。今日もそのつもりだった。

 しかし、どうも今日は気が狂う程の怒りが沸き起こらない。素手で魔物の首を引きちぎったり、死んでもなお原型残さず叩き潰す、なんて殺し方はしない。むしろ、首を落としたり、心臓を一突きと、慈悲のある殺戮だと自分で思った。

「あ、あんた。何で魔物相手に平気でいられるのさ。魔法も使わずに一瞬で」

「いや、だから、ただの憂さ晴らしの弱い者いじめ」そう呟きながら、何故なのかと自問自答する。きっと私は、一月以上も隔離された空間で過ごしたから、気持ちが楽なのだと気が付いた。嫌なことから逃げ、私の思いを聞く相手がいるだけで、これ程までに自身が救われるとは思っていなかった。


「凄い凄い。魔法石いっぱい!」

 少女は私の思考とはよそに、はしゃいでいる。私が無視する石ころを、少女はせっせとかき集めるのだ。「お金持ち! お金持ち!」と変な歌まで口ずさんでいる。後でこれだけ取れたと見せて来るのがとても可愛らしく見えた。

「地面に這いつくばって喜んで石かき集める姿見ると、途端に威厳も何も無くなるな」「これだけあれば金貨にも匹敵するって言ったじゃん! 金貨! 金貨!」




 少女は魔法も含め、戦闘においては水準以下だった。少女はまだ私に頼らざるをえないのだ。少女は取り敢えず私の宿に一緒に住む。そして毎日気ままに過ごすのだ。ダンジョンに入ったり、アクセサリーを作ったり、意味なく街を歩いたりだ。


 街で歩いたとき、私は猫耳の奴隷に出会った。二ヶ月近くも顔を合わせていないため、私は怒鳴られるまで気が付かなかった。

 私が一方的に怒鳴られて猫の奴隷が去るまでの一部始終を少女に見られていた。少女は私に言う。

「え。あ、あの。ねえナガブチ、さっきの猫の獣人って、誰?」

「俺の奴隷。本当に面倒で、マジで我を失いそうになる。本当の事を言われてるだけだからしょうがないのだけども。そもそも非はこちらにある。言い返せば、それこそ癇癪起こした子供の振舞いだから言い返せない」

「……」


 少女は後に、私に対して、「凄い存在だとも思ってたけど、立場、私と大した違い無いんだ」と言った。「馬鹿にしてんのか」と冗談めいて返したが、「私で頑張れる事があれば」と、優しい口調で言うのだ。きっと彼女は、怒鳴られ蔑まされる私にシンパシーを感じてくれたのだろう。自分が情けなく思うが、それ以上に凄く嬉しく感じた。


 宿に戻ると、エルフの奴隷にあった。まるで待っていたかのようだ。エルフの周囲の空気はピリピリとしていて、敵意を感じる。魔法の気配もあった。一緒にいた少女が、あろうことか前に立ちはだかる。

「あんたは何?」

 エルフの殺意がこもりすぎた口調に、私は驚いた。

「私は護衛ですが」負けじと少女も挑戦的な視線を向ける。

 私はそんな少女を、慌てて下がらせた。私はエルフに金をしばらく渡していなかった事を思い出す。とにかく二人を引き離したくて、私はエルフに適当に言い訳をし、エルフに金を押し付けて宿を逃げるように出たのだった。


「はあ、怖かった」少女が安堵の息を吐いて呟く。魔力による実力の差は歴然であり、少女も理解していたようだった。「帰ってきてすぐに出てくる事になるなんて」とぼやく。

「馬鹿。ああいう時は俺に構わず逃げるんだよ。勇敢なのは良いけど、時と場合だ。お前なんて足腰震えていたし」

「うー! もどかしいもん!」



 

「凄く人として尊敬できる」

 私は妖精と戯れる少女に呟いた。

「は?」

「俺と違って妖精に好かれているし、相手を思いやれる。宿で俺を庇ってくれようとした。衣食足りて礼節を知るという言葉がある。自らに余裕が無ければ相手を思いやれないものなんだ。追い詰められていると、本性が現れる。なのに君は自分がどんな時でも相手を思いやれている。ダンジョンで怪我人を見たら真っ先に助けようとするし、人助けに労力を惜しもうとしない。それは凄く美しくて素晴らしい事だ。凄く憧れる。俺は君みたいになりたい。理想だ」

「や、え? や、止めてよ! 変な事言わないでよ! 照れるじゃない!」

「照れることじゃない。誇ることだ」「ちょ、真剣な顔で言うことじゃないじゃない! 馬鹿!」

 私は理性を失い、時折無実の人々の虐殺に走ることが多かった。命がかかっているわけでも、誰かを守る為でもなく、ムカつくという理由だけで殺す。嫌なことから逃げる事でしか、自分を保つ事ができない。今まで不幸の毎日を送ってきた少女は、それでも狂うことも恨むこともせずに、他人を思いやれる。

 自分が情けない。四十年近くも生きているというのに、生き方ではこの十年ばかしの少女に及ばないのだ。自身が情けないと同時に、心から尊敬してしまうのだ。



「ねえナガブチ。ここの妖精、あんたが思っている以上にあんたを慕っているわ。近づこうとしないのは、きっと恐れ多いんだわ。私にかまってくれるのは、私があんたよりもずっと格が低いから」

「そんなまさか」

「そうでなければ、作物や家畜の世話、すぐに止めてしまうって。疑うのなら、試しに妖精の前で仮病使ってみれば? きっと大切に看病してくれること間違い無しだから」

 悪ふざけついでにやってみれば、彼女の言う通りのことになった。

 少女は他にも、「心配する事無いくらいに慕われている」と教えてもくれた。



 少女と私だけの世界だ。不思議と不快な事はなく、幾度と言葉を交わし、沢山遊んだ。彼女は私の間違えを指摘してもくれた。そんな人なんて、私の近くに他に誰か居ただろうか。居たけど、今はもういない。それだけに彼女は、私にとって凄く大切な存在なのだと感じた。

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