第8話 異世界転移者
「この店は、とてもお世話になってる店だ。失礼が無いように。渡す金貨は今日は六枚。残さず使いきって。猫も連れていくように。僕は別のところで待っているから」
私はエルフの奴隷に、妹の店で食事するように指示する。毎度の事。少しでもあの店の経営が良くなるように、と思っての事だ。おかげでこのエルフは店でも上客扱いだった。高価な魔法の鎧や魔法の剣も様になっていて、どこかの偉い騎士様だ。私が入るより、よっぽど様になっている。
上客をもてなすこの間、動員できる従業員の総出で振る舞うのだとか。おかげで私は店裏に回って、中の様子を見ることができるのだった。
「おじちゃん見っけ!」
「やあ。お母さんとお父さんの結婚記念日が近いし、贈り物を準備してたんだよ。金時計と銀時計。宝石もあしらってみたよ。それぞれの誕生石も」
幼い少女は説明も聞かずに贈り物を持って走り出すのだ。
私は、エルフと猫耳少女が食べ終わるのを見計らい、その場を離れるのだ。
「ママ! また、おじちゃんからプレゼント!」
「ミレーナ! 知らない人からもらっちゃダメとあれほど言ったのに!」
「私じゃなくてママとパパに……」
「駄目と言うのが聞けないというの!?」
「……」
プレゼントを持ったまま途方にくれる少女に、従業員のひとりが話しかけた。
「俺が預かって、あの小僧に返しておこう!」
「本当に? じゃあお願い!」
次の日の事。私が妹夫婦のために作った時計が売りに出されていた。中々に高かったので、それなりの金になったんだと思うようにした。並べられているのが不愉快に感じたので、買い取って潰してリサイクルすることにする。他の店でも探せば、面白いように見つかる。私は折角の休みを、街の探索に費やした。
「あ」
そこで私はある人物に出会う。異世界転移した日本人だ。異世界転移した日本人は、私以外に二人いる。今出会ったのは田村さんだ。私を年下ということから、おおよそ五十歳くらいだと検討をつけていた。それでも姿は十代で、年若くみえる。
彼は、私のダンジョンの認識について、幾度か指摘してくれた人でもある。ダンジョンを潜ることを生業としているプロなのだ。
「どうも」
取り敢えず挨拶をしておく。
「なんだ、お前か」
田村さんはようやく私の存在に気がついたようだった。
田村さんの後ろには、美人な女性がいた。しかし目付きはキツイ。そんな視線を私に向けていた。彼女は田村さんの奴隷だったはずだ。それにしても、睨まれるような事をしたのだろうか。恨まれる相手は相当いる上に、慣れてもいた私は無視をした。
「田村さんは、この街にこられてから名を馳せたようで。街で幾度か見かけた時も、多くの奴隷を従えていて。いやはや」
「用件を言えよ」
「ただ羨ましくて」
数少ない日本人。少なからず私は、仲良くしたいと思っていた。この街では色々と、共感されない事が多かったのだ。少しでも打ち解けて、なんの意味の無い話とかしたかった。きっかけがほしくて、「そうだ」、と思いついた事を言葉にする。
「貴方の奴隷は従順そうで。何か秘訣でもあれば教えて欲しいな、と思い」
私が奴隷を買ったと言ったとき、凄い剣幕で最低だと言っておきながら。彼も奴隷を買っている。理不尽では無かろうか。
彼の奴隷であろう美女は、「お前と一緒にするな!」と怒られた。
私はあわてて口をおさえた。思ったことを言葉にしてしまっていた。
「お前みたいなのが不愉快だ! 奴隷でも、お前のような奴に虐げられる存在じゃない」と更に言われた。「お前の奴隷はなんて不幸で不憫だ」と。
わかっている。自分でもわかっているのだ。他人に指摘サレル前カラワカッテイル。ダカラドウニカシヨウト。私だって、自分が奴隷を使いこなせるような人間ではないと理解している。それに気付くのが遅すぎただけのこと。想像以上に引き返すのが難しい事。もういやだ。誰か私の奴隷を引き取って貰えないだろうか。
本人達だって、私から離れられるのを強く望んでいるのに。
なんか色々言われて、とぼとぼと街を歩く。田村さんと私では違うのだ。同じことをしても違うのだと。どうすればいいのだ。奴隷を買ってしまった事に関してちゃんと後悔もしているし、反省もしている。だから人員強化したり、本格的にダンジョンに入ろうとしているのに。傭兵は私の話を聞けばすぐに断る。更に奴隷を買う。嬉しげに増やして、と馬鹿にされる。私は馬鹿なのだ。解決策が浮かばない。どうすればいいのだ。わからない。
「よう! ケースケ! この街で会うなんて珍しい!」
私は振り向いた。私の日本人の友人だ。小柄な体躯は、私と同程度。年齢も偶然同い年で、いい年したおっさんなのだ。馴染みもあって、ユーイチ、ケースケ、と、したの名前で呼び合う仲だ。
「今日はよく日本人にあうな」
「田村さんっていう人か? 十年はいるけど、あったことねーな。どんな人?」
「俺たちが中学生の顔とするなら、高校生のような顔つきかな? 身長は二百近い長身。最近になって街に来たとか言ってたしな。気付かなくてもしゃーない。なんか日本人っぽくないしな」
しかし、ユーイチは私の話を聞かず、顔をじっと見つめるのだ。
「聞いてんのか? なんか言えっての」
「お前、顔、やつれまくってんぞ」
「は? 俺が?」
「なんかこう、社会人のような笑い方してる」一切笑わぬ真剣な表情で私に言うものだから、言葉をつまらしそうになる。
「なんの例えだよ」
「冗談なく、マジに会社の先輩のような顔してる」
図星であった。私は心が崩れてしまいそうなくらいに疲れていた。笑った顔も、やせ我慢なのだ。
「時間あるか? 久々にあれ、やりにいこうぜ」
私はなんのことかすぐにわからなかったが、胸ぐらを捕まれてつれてこられた場所にきて理解した。
ダンジョンだった。
「しゃっ! シンプルに数比べ! 入場料は俺のおごりだ」
「俺の武器、鉈一本なんだけど」
「俺もおんなじ。っつーかナイフ二本だけだぜ。時間は一時間に合わせて。十メートルまでの密着ルールで。よし。はい、はじめ!」
私は走り出すユーイチを放っておく訳にもいかず、一緒に走り出すのだった。
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