第6話 鬱憤(妹編)
私はコロボックルの住む土地で、もの作りにふけっていた。アクセサリーに魔法を込めていく。ふと見れば、泉のスライムは新しい友達と戯れていた。スライムの友達とは、こちらも半透明の美しい女性だ。ただ半透明な女性を中心に、風が常に巻き起こるというホラー映画にも使えない派手なポルターガイスト現象がおきている。私も正体がわからないのだが、性格の明るい幽霊だと思うことにした。
二人は泉の上や水の中でひたすら追い掛けっこしていた。飛び込む度に水しぶきが派手に舞い、随分楽しそうだ。つい表情が緩む。折角だからコロボックルもまじらないのだろうかと思い、水を掛けてみた。案の定、恐慌のパニックである。
私はその美しい様を絵に残すのであった。
「もうこのような時間」
気が付けば時間はあっという間に流れてしまうのだ。あの奴隷達の所に戻らねばならぬと思うと憂鬱で仕方がない。私はコロボックルどもから献上された品物を魔法の鞄に詰め込み、店に向かった。コロボックルの献上品を得意様に納品するのだ。
私が拠点とする街の隣の隣。少し遠い所まで足を運ぶ。目的の店に入って、ある人物を呼び出してもらう。応対する受付嬢は何人かいるが、いつも私の事をいぶかしみ、話が通らないのだ。
「すまない。またあの店に安く渡るように手配してやってはくれないだろうか」
「勿論です。こんな事で力になれるなら」
ずんぐり太った店主が出てくる。私が面倒を見たことのある人だ。今では偉くなり、人を使う立場にある人間だった。
「少しの間に、一気に太ったな。暴飲暴食は寿命を縮める。早死にされると寂しくなってしまうぞ」
「ははは。まだまだこれからです」
「そういう事を言う奴が一番危ないんだって。体は大事にな」
「勿体無い言葉!」
「これ、うちで採れた薬草。茶として煎じて飲めば、血管とかの流れを良くしてくれる。世話になりっぱなしですまん。じゃあな」
私は店を出て、ある店を眺めた。料理屋、と言うにはしっかりした大きな店だ。あの店に、私の納品した商品がいく手筈になっている。
あの店は、私の妹の店なのだ。
私はその店の裏に回り、中を覗きこむ。そこでは、三十代になろうかという女性が従業員にテキパキと指示を出していた。三十代あたりの女性が私の妹なのだ。見てわかるように、血の繋がりなど無い。
彼女は、私が世話になった親父さんの娘なのだ。親父さんは、異世界にきたばかりで慣れぬ土地で戸惑う私の面倒を見てくださった。しかし、親父さんは若くして病気で、娘を残して死んでしまうのだ。
そこで私が、娘である彼女の面倒を見ることにした。当時二歳か三歳か。六歳だったかもしれない。そして嫁に行く十四歳まで、兄として一緒に過ごしたのだ。
私は一目見たくて、いつもストーカーのように遠くから彼女を眺めているのだった。
「あ! おじちゃん、またママの事見てる!」
見つかった。振り向けば、あどけない少女が笑いながらこちらを見ていた。彼女の娘だった。四番目の子供だ。この世界の人間は成長サイクルが早いのか、六歳だというのに私とあまり身長が変わらなかった。
「今日のお土産はなあに?」
私は適当に、アクセサリーを渡してみる。
「お人形が欲しかったって言ったの覚えてないんだ」
「ごめんよ。忘れてた訳じゃないけど、うまく上手に作れなかったんだ。恥ずかしくて恥ずかして」
「作ってくれたの!? 変で良いから欲しい!」
私は言い訳をしながら、鞄からガラスケースに入った人形を出した。虹色に輝く六枚羽の妖精だ。台との接地面が妖精の爪先だけで、今にも飛び上がりそう。表情も、僅かに俯きながら、薄く眼をあけている。その閉じかけの瞼からのぞく瞳も、生きているかのようにとても美しく輝いていた。
命を感じさせるような、リアルな人形。
「凄い。綺麗なガラス細工」
「ガラスは羽の部分と瞳だけ。後は適当に色々」
「この人形のお名前は?」
「ホタルって名前の僕の友達がモデル。僕とよく遊んでくれた妖精だけど、もう寿命で死んじゃったんだ」
「でも持ち歩けないよ」
「ごめん。お部屋に飾ってて」
姪である彼女の娘とおしゃべりする。時には文字を教えて欲しいとせがまれることもあり、妹の近くに居られる理由がほしくて、姪に付き合うのだ。
「奴隷のガキめ! オメーにやる残飯なんかねえんだよ!」
従業員に怒鳴られた。私は妹の店で問題を起こしたくなど無い。理性が保つ内に、早々に離れるのだ。
「ミレーナ、今日はここまで。さよなら」
「バイバイおじちゃん」
名残惜しむように、悲しげな表情で手を振るのだ。
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