第3話 エルフのこと
エルフのことである。
エルフは昔に奴隷狩りにあい、奴隷として売られてしまうことになった。自分は凌辱されるのだろうと思えた。皆が下種な目でエルフを眺めていた。これが凄まじいほどにエルフにとって不快だった。
そこでエルフは今の主人に買われたのだ。
少女のエルフは貧しい家庭で住んでいた。住んでいた時は思わなかったが、今となってはこのエルフ、思い返せばどうしても今の生活と比べてしまい、貧しいものとしか思えなくなっていた。少年のような主人に仕えてから、全てが満たされていると感じるようになったのだ。
最初はどこぞのボンボンかが買ったのだと思っていた。子供のようなこのチビガキに買われたのだ。凌辱され、慰みものにされ、ゴミのように扱われるのだと思っていた。しかし、それは間違えていたようだ。彼は反抗的なエルフのことを怒ることもなく、ただ微笑んで言葉をかけてくれるのだ。最初は猫被っているのだと思っていたが、決定的に違うと言えたのは、エルフが体調を崩した時だ。
エルフは当時、回復魔法が使えず、ただ熱が上がるのを感じていた。意識がもうろうとする中、エルフは知った。主人であるはずの少年が、その間ほとんど離れることなく、濡れたタオルを変え続けていた。
しかも、熱も下がらず、不安であったエルフに、手を握り続けてくれたのが何よりうれしかった。たとえ彼女が体調を崩したからと言って、家族がこれほどまで看てくれたことはあっただろうか。家族でさえもこんなに真摯に看てくれたのは無かったのだ。毎日主人は優しく微笑みかけてくれる。与えてくださった装備も素晴らしかった。そこで初めてエルフは、自身の役割が護衛であることを知った。魔法が未熟であることを知っても、丁寧に何度も教えてくれる。
ダンジョンにいっても、庇われることも多かった。主人は知識も豊富で、魔術も戦士としても完璧だった。何をしても、どんなミスをしても彼は微笑んで許してくれた。そんな寛大な少年に、エルフは気が付けば、一生尽くそうとさえ思えていたのだ。エルフはただ惹かれていた。
エルフは最初、反抗的であったために、名乗ったこともなかった。そこで彼から「エルン」という名をいただいた。エルフをもじっただけのネーミングセンスも何もない名前であると主人は笑ったが、彼女はこの名をいたく気に入り、ずっとエルンと名乗るようになった。
エルフの少女改めエルンは、彼のことを知りたくなっていた。
「はじめまして。僕の名前は■■■■■。よろしく」
初めての出会いを思い出す。
彼はエルンには知りえぬ文化から来た異人だそうだった。おかげで彼の名前を正しく発音することも聞くこともできなかった。せめて、と。彼をあだ名の「キース」と呼ぶようになった。
また彼は、容姿から年齢をはかるのが難しく、成人した男だと聞いていた。エルンは彼のことが知りたくて知りたくてたまらなかった。彼の床で眠る習慣や、彼の作る料理、掃除好き、早寝早起き、ダンジョンに潜る際の異常なまでの軽装備、全ての意味が分からなかった。
成人した男というわりには、同じ部屋で過ごしているにも関わらず、夜の相手をしてくれる気配は無かった。主人は小柄な体躯を更に丸めて、部屋の隅で休むのが普通だった。添い寝をしたくともできないのだ。何度かエルンは主人を同じベッドで眠るように言葉を使って引き込もうとしたが、主人は頑なに床で眠るのだった。
そういえば、当初、彼の手料理を振る舞われたことがあった。丸いボウルの器に、半熟でどろりとした卵がのったものだ。エルンはそれが家畜のえさに見えて、激昂して、器ごと投げつけてしまったことがあった。笑って許してもらえたものの、それ以来二度と振る舞ってくれることは無かった。その料理を見る機会があるとすれば、彼の友達に振る舞うくらいだった。
どうやら、半熟卵というのは彼の文化からすると、何一つ抵抗もない。むしろあの料理は、米や醤油、砂糖をふんだんに使った料理であり、贅沢品であるらしかった。ゆえに今更、彼の料理がほしいとも言えなくなった。
ある時主人が出掛けるので着いていった。すると奴隷の購入をするつもりだといった。
「お前の部下にあたる。大事にしろ」と言うが、そんなつもりは無かった。猫の獣人は、エルンにとって、ただ邪魔な存在でしか無かったのだ。折角の主人との二人きりの時間を邪魔されるのが嫌だった。エルンは猫の獣人を除け者にしようとした。
エルンは、「私と主人は、言葉を使わずにして通じあっているのだ」と見せつけたいのもあった。だから入ってくるな、と。
時間が経つにつれ、寂しさが募るようになった。その寂しさを、エルンは少年の所有物で慰める事が増えた。
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