第7話 藤枝守

事件から3週間半、日本の総人口の半数がゾンビ化していた。ゾンビを倒し、生きている人を守る役目を命じられた自衛隊は、物量でゾンビに押し切られて殆どの部隊が壊滅状態に陥っていた。残った数少ない部隊の中隊長である藤枝守一等陸尉は、目の前の状況に戦慄していた。


藤枝の率いる中隊は、事件発生から1週間経った頃から秋田県の秋田市で生存者を救助しつつゾンビを葬り去っていた。しかし、毎日のように隊員が何人か襲われてゾンビ化し、戦える隊員が少なくなった今は秋田駅前のスクランブル交差点に防衛地点を築き、主に二方向から来るゾンビを殲滅していた。


つい前日までは日に日に数は増えていたものの、なんとか殲滅できるほどの数だった。しかし、今日は違った。前日の5倍にも及ぶ大量のゾンビがこちらに向って歩みを進めていた。

「なんだ、あの大群・・・」


藤枝の隣にいた上級曹長の萩田正和が唖然とした様子で呟いた。藤枝も「多すぎる・・・」としか言えなかった。

「奴ら、生きた人間を求めて北上してきたんですかね・・・?」


二等陸尉の木場正輝が藤枝を見て言った。

「分からん。だがゾンビがいるとはいえ東北でも北の方から北海道は生きた人間の割合の方が多いらしい。その考えは案外正しいかもな。だが、この数だとこの場で殲滅するのは難しいだろう、南側に後退しつつ攻撃するしかない。そう皆に伝えてくれ」

「了解」


それから3分もしないうちに全隊員の準備が整った。萩田は、全員が位置についていることを確認し、藤枝に「いつでも撃てます」と言った。藤枝は頷き、全員に命令を下した。

「敵は前方のゾンビどもだ!だが数は多い!後退しながら殲滅するが銃と弾、ある程度の非常食以外は全部置いていけ!命が一番大事だ!よし、撃てっ!」


藤枝の命令が下った瞬間、全隊員がゾンビに向って銃を撃ち始めた。89式小銃や、ミニミ軽機関銃の銃声が鳴り響くが、大量のゾンビは怯まずに二度目の死を迎えた屍を乗り越えて藤枝たちの方に、走っているほどの速度は無いが、早足で迫ってきた。

「後退だ!」


藤枝の声が響き渡る。隊員たちは必要最低限の物を持って命令に従う。その最中「後ろからも来てるぞ!」という声が隊員の1人から聞こえてきた。

「そんな馬鹿な・・・!」


藤枝と木場が後退する方向を見ると、今相手にしている集団ほどではないが、多くのゾンビがこちらに歩みを進めていた。

「隊長!これはもう駅の方向に撤退するしか・・・!」


木場が青ざめた顔で藤枝にそう言った。藤枝も「分かった」と言おうとして駅の方に目を向けたが、すぐに自分たちに逃げ場が無いことを悟った。駅からも多くのゾンビが出てきていた。

「俺たちはどうやら相当運が悪いらしいな」


藤枝にはもう諦めの感情が入った声を絞り出すことしかできなかった。じりじりとゾンビの集団が三方向から迫ってきて、徐々に囲まれるような形になっていく。隊員たちは必死の形相で銃を撃っていたが、焼け石に水だった。そのうち「弾切れです!」という声や「こっちも弾切れです!」という絶望的な報告ばかりが藤枝や木場、萩田の耳に入る。藤枝たちは、既に完全に囲まれていた。


それから3分ほど、まだ弾のある藤枝をはじめとした隊員が銃を撃っていたが、その抵抗は長続きせず、すぐに全員の弾が尽きた。もう逃げる隙間もなく、全員が生きて撤退するのは不可能な状態であった。

「全員、銃剣装着!俺たちはもう生きて帰れないだろう!だが、ただ無抵抗で食われて奴らの仲間入りをするより、最後まで戦う方がいい!みんなもそう思うだろう?行くぞ、俺たちの力を見せてやれ!」


「どうせ死ぬくらいなら」と思っていた隊員たちは、すんなり藤枝の命令を受け入れて全員が銃剣を装着した。みんな覚悟は決まっていたのだ。


そこからは地獄のような戦いが繰り広げられた。ゾンビの頭に銃剣を突き刺す隊員や、食われながらも必死に抵抗する隊員、抵抗虚しく噛み殺されゾンビの仲間入りをした隊員など様々だった。だが殆どの隊員たちは力尽き、生きた隊員を襲う屍になった。藤枝をはじめ、萩田も木場も必死に抵抗していたが3人とも全身噛まれていた。


木場が3人の中で一番最初に倒れ、ゾンビたちに腹を裂かれて内臓を貪られていた。萩田もすぐに出血多量で力が入らなくなり膝をついた瞬間に大量のゾンビに襲い掛かられて姿が見えなくなった。


藤枝が最後の1人となった。先程まで部下だった隊員たちが変わり果てた姿でこちらに迫ってきていた。

「来やがれ!俺が全員相手してやる!」


そう叫んだ藤枝は鬼のような気迫で銃剣のついた89式小銃を振り回し、前方のゾンビに斬りかかって行った。


それから数分後、駅前に生きた自衛隊員の姿は1つも無かった。89式小銃こそ手にしているが、持つ手に力はなく道路に銃剣を引きずりながら、かつて藤枝だったゾンビが本能の赴くままにゆっくりと歩みを進めていた。


かつて部下だった数多のゾンビたちや、彼らを動く屍に変えたゾンビと共に、北を目指して。

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