第6話 大崎晃司

今日で事の発端から3週間になった。とある部屋で大崎は、椅子の背もたれに体重を預け、目頭を押さえた。


大崎はこの日本の政権与党である友政党の衆議院議員で、首相補佐官を務めていた。彼はまだ38歳で、首相補佐官としてはかなり若い方だった。彼をはじめとして、内閣総理大臣である久米義和、官房長官の今井竜昭、防衛大臣の松川憲司などの要職が首相官邸に避難している。


ただ、外務大臣の川口聡、財務大臣の北田輝明、内閣府事務次官の及川晋吾など数名は未だに連絡が取れていなかった。生きているかもしれない、という希望的観測を持った人もいたが、大崎をはじめ殆どの人はもう手遅れだろうと思っていた。

「失礼するよ、大崎くん」


突然、松川が部屋に入ってきた。

「防衛大臣、何か御用ですか?」


姿勢を正し、大崎は松川に向き直った。

「及川が戻ってきた」

「及川さんが?大丈夫なんですか?」


突然の報告に大崎は困惑した。「アレに噛まれてたら一体どうするんだ?隔離するのか?」という不安が頭をよぎった。

「傷だらけでな。何があったんだと聞いたらやけに凶暴な犬に何度も噛まれただとさ。あの化物に噛まれたわけじゃなくてよかったが・・・」


松川はそう言った後に、付け足すように「なあ大崎くん、感染するのは人だけだと思うか?」と大崎に訊いた。


大崎は「感染報告を見る限り、人だけでしょう」と言おうとした瞬間、銃声が聴こえ、間髪入れず警報が鳴った。そして緊急アナウンスが半狂乱で喚きだした。

「施設内でゾンビ発生!周囲の人を噛み殺して感染拡大!噛まれていない方は地下へ避難を!」


そのアナウンスを聴いた瞬間、2人の顔が青ざめた。

「まさか、及川が!」

「防衛大臣・・・!」


犬も感染する。その事実は、この混乱を生き延びることをまた難しくするものであった。この施設も、自分も、この国もおしまいだ。そう大崎は思った。松川も同じことを思ったのだろうか、呆然としていた。銃声が数発鳴っては止み、鳴っては止みを繰り返してこちらに近づいていることに大崎は気付いた。

「とりあえず、地下へ避難しましょう」


大崎はそう言って部屋の扉を開けた。彼も松川も分かっていなかった。先程まで及川だったものが、SPの目から逃れ、彼ら2人がいる部屋のすぐ目の前を歩いていたことを。


扉を開けた大崎が目の前にいたものが及川のなれの果てだと気付いたときには扉を閉めるには遅かった。ゾンビは大崎を押し倒して顔面に食らいついた。大崎は激痛に悲鳴を上げながら手足を動かして振りほどこうとしたが、全く離れなかった。そのうち大崎の動きは弱くなり、ついには動かなくなった。


息絶えた大崎の顔を貪るのをやめたゾンビは、松川を見て立ち上がった。顔が酷く食いちぎられて動かなくなった大崎も、また手足を動かし立ち上がった。


この日で、要人の避難施設の生存者は3分の1にまで減った。生存者は地下に避難した。その代り、今日まで施設内には居なかったゾンビがたった1日で生存者を上回り、地上階は死者の住処となった。







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