第3話 宇野恭平
緊急停止したバスから降りて、左腕を抑えながら逃げる男がいた。彼の名は宇野恭平、彼は商社で働くサラリーマンである。いったん止まって、自分の腕を見た宇野は、想像より軽い傷だったことに安堵した。変な男に腕を噛みつかれたときはてっきり肉が噛み千切られたものかと思ったが、犬歯の部分が刺さったと思わしきところから血が出ているだけだった。
「これなら出張には問題なく行けそうだな」
宇野は今日、大阪に出張する予定があった。彼にとっても会社にとっても大事な取引が翌日にあるのだ。
「しかし一体なんだったんだ・・・?」
そう疑問に感じながらも、宇野は一度会社に出向き、その後空港で大阪行きの飛行機に乗った。彼にとって大阪への出張は今回が初めてではない。過去にも2度ほど行ったことがある。慣れたものだった。
宇野はホテルにチェックインして部屋に入った後、違和感を感じた。少し熱っぽかった。彼は今まで風邪に片手で数えるほどしかなったことがなかったため、久しぶりの感覚に戸惑った。
「おいおい、勘弁してくれよ。明日は大事な取引だってのに・・・こりゃ早く寝た方がよさそうだな」
宇野はいつもより早く床に就いたが、翌朝も寝る前と変わらず熱っぽかった。だがこんなことで取引をキャンセルするわけにはいなかいのだ。目の充血もあったため「流石にこの目じゃ驚かれるよな」と、持ってきていた目薬を差してホテルから出た。
宇野が路上で倒れたのはその数分後だった。痙攣ののち、嘔吐した。周りのサラリーマンや学生が彼に近づいてくるが、立ち上がることはできなかった。東京での最初の男のように彼は死んだ。
最初の男、それに噛み殺された他の乗客のように宇野は蘇った。蘇った彼は、やはり集まってきた人を襲った。噛みつき、肉を引きちぎり、そして貪った。
蘇った宇野に殺された者はやはり動き出し、他の人を襲った。殺されはしなかったものの噛まれて傷を負った者は逃げた。彼と同じ運命を辿ることを知らずに出張に行った者もいた。
死者を凶暴化させて蘇らせるウイルスの感染者が何も知らずに全国に散らばっていく。日本の崩壊への行進はまだ序章、始まったばかりなのだ。
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