第24話 透明な足跡-07
エリックが車のご機嫌取りに苦心している間に、荷台の扉から抜け出す。
エドリスの防寒に不足はないと判断した。
彼女の足元が覚束ないのは、強く吹き付ける雪のせいだけではないだろう。
多少の物音は吹雪く風がかき消してくれる。
エドリスの手を引いて、その手の温かさに励まされた。
上着もないまま雪の中を歩むとアレックスのまだちいさな体はあっという間に冷え切って、繋ぐ手の温度さえも次第に心許なくなってしまう。
今にエリックに追いつかれるのではないかと振り返った背後の視界が薄暗い白に染まって、もう何も見えない。
足跡は雪が消す。
頼り無い視界のなか、正しい道を進んでいるかもわからない。
ただ、きっとエリックに任せるまま列車に乗れば、フランとは二度と再会は叶わない。そんな予感があった。
そもそも彼の言うことだって真実かどうか不確かだ。
このまま海岸まで連れられ、海に捨てられる可能性だってある。
それならば、少しでも町へ近づいたほうが良い。
頬に張り付く雪がすぐには溶けてくれず、余計に肌を凍えさせた。
真っ白な視界と、奪われゆく体温と、疲労に曇った思考状態で、己の体が現実にあるものかも疑わしく思う。
時折強く吹き付ける風によろめいて、ようやく身体を再認識した。
「エドリス。がんばって」
凍えた喉からは声が音にならずに消える。
だから代わりに、アレックスは強く手を握りなおした。
エドリスは大人しく後をついて来る。
アレックスの腕にすがるようにしがみ付いて、誘われるままに歩む。
エドリスは年上なのに、こうして頼られるとまるで妹が出来たみたいだった。
「ニネット。ニネット」
エドリスがしきりに口にするのは妹の名前だけだ。パパともママとも言わない。
それが、姉妹を遠ざけてはならない確たる根拠だと思った。
だから絶対にエドリスをニネットのもとへ送り届けたかった。
*
――姉の姿をした
フランチェスカは自動人形だったのか?
いつから自動人形だったのか?
フランチェスカという人間は、実在しないのか?――
境目が分からなかった。
次の『家族ごっこの食卓』の日までの一週間を怯えて過ごした。
また自動人形が姉になりすますのか。
あるいは、自動人形こそが姉だったのか。
そうでないのだとしたら、姉は一体どこにいるのか。何故姿を現さないのか。
今まで気にしたこともなかった。日常的に接する使用人のうち、一体誰が人間で、誰が自動人形なのか。
それを明確にすることにさしたる意味はないと思い込んでいた。
だというのに、フランチェスカが対象になった途端、ここまで嫌悪感にかられるのは何故だろう。
――何にしたって、壊されるのはもう嫌だ。
その頃、アレックスは突発性の《
極端に人との接触をきらって部屋に引きこもってばかりいた。
幸い誰かに外出を強制されることもなく、子供部屋で一人きり、毛布の中でうずくまっては、己の心音に耳を傾けて、そこから歯車の軋みが聞こえやしないかと震えたのだ。
食卓の日に、両親は、姉を連れて帰って来た。
その姉が何で出来ているのか、アレックスには見分けがつかなかった。
今日こそは『本当の姉』が帰ってきたかもしれない――いいや、元から『本当の姉』なんて存在しないのかもしれない。
だとしたら、自分が頼り慕ったものは、一体何だったのだろう。
真実を確かめることが怖くて、黙り込んだまま家族の食卓に並ぶ。
先日の恐慌的な態度が嘘のように母は穏やかだった。アレックスだけが見た悪夢だったように、何事も無い平和な食卓の風景が展開する。
「アレックス、どうしたの?」
心配そうな表情でフランチェスカは、あるいはフランチェスカの姿をした何ものかは、彼の顔を覗き込んだ。
食事に一切手をつけない弟を案じているかのようなそぶりをアレックスは注意深く窺って、良く知っている本物の姉との差異を見つけようとした。
疑ってみれば全てが疑わしい。
しかし姉かもしれないと思えばすべてが姉の本来の振る舞いに思えた。
「せっかくのご馳走なのに、どうしちゃったのかしら。何が気に入らないの」
もしかしたら体調が悪いのかもしれない――そんな可能性にまるで思い当たらないみたいに、アレックスを不躾者だと決め付けた口調で言うのは母親だ。
一度だって躾を施したこともないのに、彼女は心外そうに息子の挙動を眺めやる。
「食べなきゃ大きくなれないぞ。父さんは学生の頃、一日五食も食べたっけな」
彼はいつもありふれた父親の言葉を用いて場をやり過ごそうとする。
その実、眼鏡の奥の瞳はアレックスをまともに見もしない。
何か下手なことを言ってはいけない。
心配せずとも、緊張感のために声は喉を通ろうとしなかった。
アレックスを置いて家族の食卓は進行していく。
彼はずっと、自分の小さな膝と、そこに重ねたちっぽけな拳だけを見つめていた。
軽く食器がぶつかる、何かを飲み下して喉が鳴る。
歯が油の少ない肉料理を磨り潰して、舌がスープをすすって。
当たり前の食事の物音がやけに大きく聞こえた。
自分の心臓の音も、また。
――カチャン!
食器の上に何かが落下して、ソースが飛び散る音が立つ。
アレックスの心臓も同調したように一度大きく打った。しくじった――また。
以前の惨状が即座に目前に思い起こされ、少年は呼吸を忘れる。
心音が慌てている。噴出した汗が冷えて、震えるほどに寒い。
そうっと顔を上げた。
食卓の時間は停止していた。
姉の頬に赤いラズベリーソースが跳ねている。
言葉のない食卓で、動いたのはやはり母だった。
確たる意思を宿してパン切り包丁を掴む。
フランチェスカは、フランチェスカの容貌を持つなにものかは、己に差し迫る危機に気づかない。カトラリーを取り落とした瞬間から、己のすべき役目を全て忘れてしまったみたいに硬直して、皿を見つめている。
「クララ、勿体無いことはよすんだ。まだ調整を加えられる」
「エルンスト、あなたが任せてほしいって言ったのに。やっぱり、私の言った通りにしたほうが良かったでしょう」
「まだ可能性はあった。試してから次の手を打ちたかったんだよ。そのほうが無駄が出ない」
「でも、時間は無駄になるわ。時間だけ過ぎていく――」
まるでこの場には二人だけしか居ないような、お互いのほかには無関心な会話を交わす。アレックスは自分が壁か空気になったような居心地を、いつだって二人の前では感じていた。今も同じだ。
壁も空気も喋れない。でも、アレックスは喋ることができた。
「逃げて。お姉ちゃん、逃げて」
それをそう呼ぶべきかは分からない。
声が届いて、よく知った顔立ちをした彼女は、アレックスを見た。
初めてそれと目が合った。
直感的に姉ではないと理解した。
彼女の瞳は幼い子供のように見えたから。
姉が弟を見るときのそれとは違う。
しばらく夫と言い争っていた母は、「この議論こそ無駄よ」と会話を打ち切ってそれへ向き直る。前回の衝動的な所作とは違う。エルンストが未練を抱かぬように手を下すのだと使命感を抱いて、確実にそれを狙って動いた。
直前まで石のようだった体が気づけば動いていた。
咄嗟に姉の偽物をかばい立って、代わりにその刃を受けた。
思いきり振るわれたそれは、アレックスの細い肩をかすめてテーブルに衝突した。
白いシャツの肩に滲む血の色に、クララは動転したように後ずさる。
そうして開口一番に言った。
「私のせいじゃない」
安否を気にするでもなく、謝罪をするでもない。
それが何よりもアレックスには痛みになって、受けた傷のことを少しだけ忘れた。
手当てをしたのは使用人だった。
それが人間か自動人形かは確かめなかった。
混乱が収まらぬまま、昨日までと同じように毛布の中で時間をやり過ごす。
いつしか、屋敷がしんと静まり返ったことに気づいて、毛布を這い出した。
傷はもう痛まない。横になってばかりで頭がぼうっとしていた。
裸足のまま絨毯の上を歩む。
自分の部屋のドアをそうっと押し開くと、冷え切った空気が流れ込んできて震えた。暖房が切られている。ろくに働かない頭で考えて、アレックスは毛布を取りに戻ってそれを身にまとった。
いつもなら灯りのついた廊下は暗く、閉ざされた窓の隙間から差す光だけに照らされている。
少し歩けば使用人か自動人形に出会えるはずなのに、今日は誰ともすれ違わない。
アレックスが出入りを許された部屋は少ない。
自分の部屋。場合によっては姉の部屋。最低限生活に必要になるいくつかの部屋。
それらを除き、父や母や、使用人たち専用の部屋には立ち入りは許されていなかった。アレックスは屋敷の中を隅から隅まで彷徨って、誰も居ないようだと判断した。
そうっと、使用人たちの部屋の扉を開けると、人の姿がようやく見えて、咄嗟に声をかけようとして中途半端に開けた口からは結局言葉は出なかった。
その部屋に椅子以外の家具はひとつもない。
ただ、広い部屋に幾列も椅子が並べられ、それぞれが静かな燐光を放っていた。
充電中を示すマークを肌に浮かべ、いつも親しげに接してくれる使用人たちが頭を垂れている。
誰も彼も――
思っていたよりも多くの使用人が、どうやら自動人形だったらしい。
この屋敷に人間はもう居ない。
両親の姿を求めて、しかし期待はせずに、彼は食卓へ向かう。
そこでは食べ物の匂いがした。
あの日のまま、散らかったままの食卓が残されていて、アレックスが流した血もクロスに赤黒く乾いていた。
きっと、あのあとすぐ、彼らは荷物をまとめて研究所へ去ったのだ。
「……あ」
あの日のまま――彼女すらも、置き去りにされている。
何と呼ぶべきだろう。
迷ったまま、呼びかけることができなかった。
だから、しばらくのあいだ、それと見つめ合っていた。
頼りなさそうに見える顔をして、彼女もアレックスを見つめた。
二人はそのとき、多分お互いに同じ表情を浮かべていたのだ。
*
途方も無い雪道を行くことを、何かに似ていると思った。
手がかりもなく、何の道しるべも見えない。
存在さえも疑って、随分足踏みをしてしまった。
置き去りにされたと知ったあの日、すぐに屋敷を飛び出せば、もしかしたらまだ両親はそこに居たのかもしれない。
追いすがって、しがみ付いて、大声で聞いてやればよかったのだ。
フランチェスカはどこへ行ったの?
どうしてあの食卓に自動人形を座らせるの?
直接そう聞けなかったことを、今もまだ後悔している。
雪に足が埋もれて転倒した。
繋いだ手を支えにして立ち上がる。
もう二人の体は冷え切っていて、ほとんど雪を掴んでいるような感触だ。
思っていたより車は距離を進んでいたのか、まだ町らしい明かりはない。
死んだ工場たちに雪の覆いが重なり灰白色の空を支えている風景だけが、雪の合間からおぼろげに見えた。
「ニネット」
エドリスの囁く声ももうか細い。
聞こえたと思ったのも気のせいかもしれない。
「ニネット」
アレックスも囁いた。
会いたい人の名前をつむいで、くじけそうな気持ちを励ますつもりで。
そうして不意に、彼女たち姉妹の距離が心底から羨ましくなった。
まだ近くにいる。そう離れてはいない。
一日も歩かずたどり着ける距離のはずだ。
ニネットは、きっとじきにエドリスに再会するだろう。
なんて、羨ましいのだろう――。
ほとんど嫉妬に近い感情に焦がされる。
それも無事に町へたどり着かねば叶わぬ話だ。
「フラン」
気づけば自然と呼んでいる。
今、この瞬間にもっとも会いたい相手が、驚いたことに彼女だった。
フランチェスカではなく――まず真っ先に安否が心配なのはフランだ。
分解されていたらと思うと気が気じゃない。
他人のものにされても気分が悪い。
あれは僕の自動人形だ。他の誰のものでもない。だから取り戻さなくては。
ふいに体にエドリスが寄り添ってきた。
寒さを少しでも凌ごうとしているのか、疲れて足がもつれているのか、アレックスは背中に彼女の体重を感じながらもがくように前へ進む。
一歩、二歩、三歩――しばらく歩いて、突風に足元をすくわれた。
雪の上に折り重なって倒れる。二人の上に雪は休みなく降り積もって、今にも存在を塗りつぶしてしまいそうだった。
体に刺さる雪の冷たさに、下敷きになったのが自分で良かったと、アレックスはエドリスを案じてほっとした。
もう立ち上がれそうにない。
こうして重なっていると、エドリスの体の熱が少しずつ伝わって、それが何よりの励みになった。
もう立ち上がれない――でもあと一歩くらいは、前に進んでも良いように思う。
ニネットなら、多分そうやってがんばれるのだと思う。
ニネットみたいになりたかった。臆せず大声を上げて、みっともなくてもすぐに探しに出て行ける、その勇気を、あの日の自分も持っていれば良かったのに。
重たいエドリスの体から這い出て、彼女の体を抱き起こす。
「あと少しだけ。歩ける? ニネットのところへ行こう」
触れ合いそうなほど顔を近づけて囁いた。
エドリスの目はアレックスだけを見つめている。
まだ目に力があった。だから、アレックスも歩き出せた。
歩き出した彼らは雪に霞む景色の中で閃くものを見る。
その光をまともに瞳に受けてアレックスは咄嗟に手で顔をかばった。
*
――数時間前。
ケネスは店仕舞いの支度もそこそこに夕食を摂っていた。
店先に掛かる看板の表示が『営業中』でも『本日休業』でも客の入りはほとんど変わらない。実店舗に人が訪れる日は一年に両手で足りるほどしか訪れないのだ。
今日、記念すべき今年一人目の来客があったばかりで、次の来客はあと何ヶ月後になるか分からない。
だからと言ってウェブ販売での業績で暮らしに困ることはないので、今まで特に策を講じたことはなかった。
「ごめんください」
その声を、ケネスは自分とは無関係な場所で響くものだと気に留めなかった。
「ごめんください。ご主人は?」
どうやら店先に人がいる。そう気づいて、慌てて口元を拭って店舗へ出て行った。
「はい、お待たせしました。いらっしゃいませ」
一日に二度も客が訪れるなんて。記念日にしても良いほど珍しく思う。店舗にお客が訪れることの、何より嬉しいのは、いろんな自動人形が見られることだ。持ち主それぞれの特色を持ち、工夫を凝らした、世界でひとつだけの自動人形たち。
大量生産品の製品でも主人の手を経てフルオーダーメイドの特注品と代わらず唯一無二の自動人形になる。
だから彼はまず自動人形の姿を探した。
「おや……」
ケネスは連れられた自動人形を見て、驚きを隠せなかった。
それはまさしく、昼間店を訪れた自動人形と同一に見えたからだ。
「あの、下取りをお願いできない?」
この町では珍しくもない注文だ。
ビリー・ディックの事件直後、倉庫で眠らせたきりの自動人形が突如動き出して暴力を振るうと想像した人たちがこぞって訪れた。
冷静に考えれば、事件で暴力を振るったのは自動人形ではなく、人間のビリーただ一人だったのに。情報は伝達過程のどこかで歪んでしまったらしい。
「下取りですか。こちらは……失礼ですが、所有証明をお願いできますか」
「それが……」
自動人形をつれてき来たご婦人は困ったように語り始める。
ご婦人の家はホテルを経営していて、今日も客を一人迎えていたらしい。
一人旅だという不審な子供の客だ。
客は先ごろチェックアウトして町を出て行った。
清掃のために部屋に踏み入ると、驚いたことに端末ごと自動人形が置き去りにされている。おそらく子供が持て余して捨てたのだと思うが、家に置いておくのも気味が悪いし、売るか捨てるかしてしまいたのだが――
そう語って、嘆息で区切る。
「どうにかなりませんか?」
婦人は落ち着かない様子で自動人形を窺っていた。
自動人形もまた、事の成り行きを静かに見守っている様子に見えた。
《
「なるほど」
――とは言うものの、内心ではこの事態に戸惑っている。
彼女の主張はまるで現実味が無い。
実際に昼に出会った自動人形の主人は、子供だったけれど、フランを捨てるようには見えなかった。
「ええと、査定をしますので、少しの間お預かりして構いませんか?」
「ええ、お願いします。どれくらいかかります?」
「明日の昼頃、また来ていただければ」
「明日までかかりますか」
婦人は都合が悪そうに唸る。
一刻も早く始末してしまいたいようなそぶりにケネスは懸念を抱く。
もしかすると始末したい一心で、自動人形に関心の薄そうなこのご婦人は、乱暴に自動人形を壊すかもしれない。それはケネスとしても胸の痛む、避けたい事態だ。
「今日中を心がけてみますので、一時間ほど後にご連絡を差し上げます」
「だったら、お願いします。無理そうなら早めに連絡頂戴ね」
端末と自動人形を置いて婦人は店を出る。
ケネスは自動人形へ近寄って、その風貌をよく眺めた。
間違いなく、フランだ。
預けられた端末は普遍的なモバイルPCで、ボタンを押すと画面を表示させるための解除キーを求められる。
これで持ち主の関係者と連絡を取ることは期待できないようだ。
「フラン。昼にも会ったね。一体どうしたの。アレックスはどこへ?」
「……わかりません」
「彼女の話は本当? 何があったか説明できる?」
「説明は困難です」
性格設定のない《基礎人格》調の自動人形を相手にするのは慣れていない。
大抵の場合、自動人形は主人にそう求められるからお喋りになるものなのだが――何故って、大人しくて喋りもしない人形をわざわざ動かしておく理由のほうが分からない。
人形より人間に似ているから、自動人形なのに。
人間より人形に似ているそれは、実に中途半端だ。
ケネスは実に勿体ないことだと思う。
フランは性格設定と《ボックス》を用いればもっと魅力的な人形になるだろうに。
あるいは、無関心だからこそ、こうして非常識な形で自動人形を捨てたとも考えられる。自動人形が好きか、少なくとも関心がある者が、これだけの素材を得て無駄にしておくわけがないのに。
――ともかく、それは全て勝手な想像に過ぎない。
「フラン。……アレックスに会いたいよね?」
「アレックス。……」
フランの答えは漠としていた。
昼間、そういえばアレックスは充電をしたがっていたと思い当たる。
フランの残りのエネルギーが底をつきかけているのかもしれない。
最低限の受け答えだけしか返さないのも、省電力設定による制限とも考えられた。
つまり、フランに充分なエネルギーを蓄えれば、事態の説明を聞ける可能性もある。
「待ってて。今充電椅子を用意するから」
あいにく、昼間久々に来客があったおかげで刺激を受け、部屋で眠っていた自動人形のために店から居間へと運んでしまったのだ。ケネスは急いで居間へ戻る。
――それから数分後。
ロウェルから離れ、ネオンビスコの《人形工房・コッペリウス》で仕事をしていたメイベルの尻ポケットに収まった端末が不意に振動する。
メールの着信だと思ってしばらく放置するメイベルの尻の裏側で、ある警告表示が煌々と画面に浮かび上がっている。
その警告表示は、先日登録した自動人形と持ち主の距離が五〇〇メートル離れたことを告げていた。
盗難じゃないか、置き忘れではないか、問題なければパスワードを入力して警告を解除しろ。さもなければ盗難捜索願いの登録へ自動的に移行する――
そうしつこく問いかける文面が繰り返し表示される。
これは、メイベルがおせっかいを焼いて、フランに付け加えた防犯装置の正常動作だった。
自動人形と持ち主の距離が不自然に離れた場合、登録した五箇所の端末まで警告を表示することができる。
警告解除は自動人形に設定されたものと同一のパスワードで解除可能だ。
アレックスなら誤作動を起こしても容易に解除できる。
あまりにしつこい着信に、メイベルはようやくポケットからから震える端末を抜き取る。
そうして、やっと、画面に浮かびあがる警告文を目にする。
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