第14話 模倣された魂の葬送-03
階層的な街を一望する灯台から祭りの人だかりが見えた。
意識してピンクを身につける者も多いのか色合いは全体的に華やかだ。
ピンクと金はマチルダが好んだ色だ。
海の上に作られた街だと特別意識はしないのに、こうして見ると海との境界が遠くに見える。
ぽっかりと、突然洋上に現れた巨大な誕生日ケーキみたいな島を想像する。
大陸の周囲には、その小さな面積を補って作られた沢山の人工島が連なっている。
そのうちの一つがこの街、クロステルだった。
ケーキには蝋燭が二本立っていて、一本がこの灯台だ。
もう一本は展望窓からよく見える。
ヘデラ・マカロワ葬礼堂だ。
「ご主人様とフランチェスカ嬢はここで良く気分転換をしていました」
螺旋状の階段を下っていく。
「外出のとき、きみはずっと顔を隠すのか?」
「いいえ、必要があれば外出用の身体に乗り換えます」
「今はその時じゃないのか」
「前準備は必要になりますので、時間短縮を優先しました」
灯台に他の客の姿はなく、エレシアは仮面のハンドルを降ろしている。
ジゼルと同じ顔を見上げて、その隣に姉がいるさまを想像してみるが、どうしてもうまく形作れない。
ここへ来るまで喫茶店や雑貨屋を案内された。
いずれの背景にも姉の姿を合成するのは難しかった。
アレックスにとって、姉はスノウリング邸の背景に浮かび上がる少女だ。
記憶の中の彼女は、いつだって見慣れた壁紙やカーテンと、あるいは庭先の景色と重なっている。彼はどこか他所へ家族と外出した経験を持たないのだ。
「ジゼルとは、どんな話をするの」
「私から意見を申し上げることは御座いません」
「違う。ジゼルが、フランチェスカと何を話すのかって質問」
「失礼致しました。大抵の場合、フランチェスカ嬢は聞き手に徹しています。ジゼルが話題を提供し、それに即した受け答えをなさいます。特別決まった話題はありませんでしたが、その時々の流行の曲や食事、衣類について、また俳優や作家の話も取り上げました」
「そう。……普通だな」
「ええ。彼女たちにとっては、それが普通の会話でした」
益々想像が追いつかない。
年頃の少女相応の雑談を、ジゼルと交わすフランチェスカ。
笑いあい、親しげに触れあい、楽しそうに時を過ごす。
友達と一緒に居る彼女の姿はアレックスにとっては現実味のないものだ。
知れば知るほど隔たりを感じる。今までどれほど無知でいたかを思い知らされる。
「ジゼルは、姉さんへも、僕にしたみたいな悪戯をするのか?」
「いいえ。一度、酷く叱られて、以降は彼女に対して
ジゼルを叱りつける姉の姿が想像できずに眉をひそめた。
それが、自分が彼女に叱られたことがないからだと思い当たる。
きっと気が置けない仲だったのだろう二人の姿を羨ましく感じた。
「僕も彼女を叱ればよかったかな」
「そうですね。効果は期待できると思います」
事もなげに言う不遜な態度が痛快だった。思わず笑ってしまう。
「君も身代わりが嫌ならそう言ってやればいいのに」
「必要とされるなら、不本意なことも引き受けます。それが自動人形の役目ですから」
エレシアの口元も緩んだ。
目じりが下がって、そうして笑うと、随分と印象が和らぐ。
ジゼルもこんなふうに笑うのだろうか。
そんなジゼルの隣になら、姉が居ても不自然はないように、不意に感じた。
まるで笑顔を恥じるようにエレシアが仮面を顔へ重ねる。
「アレックス。あなたは、私が自動人形だと確信を持っているのでしょうか」
「責任を持って答えろと言われると、その限りではないけれど。こうして一緒に歩いているのが自動人形なほうが、ジゼルよりはマシだと思えるから」
「あら。ご主人様も嫌われたものですね。でも少しだけ、得意な気分です」
エレシアがベンチを見つけ、二人で腰掛ける。
アレックスに端末の提示を求め、何かデータの通信を始めた。
「特別ですよ。ジゼルの秘蔵のデータを見せてあげます。ジゼルの所有する、唯一の、あなたのお姉様の肉声と姿が納められた、思い出の記録映像です」
「唯一?」
「関知する限りは。フランチェスカ嬢は自動人形に姿を記録されることを嫌がりましたので、バックアップから随時、データを削除していたのです。ジゼルがズルっこをして唯一手元に残したのが、私の目が記録したこのデータです」
エレシアの手から端末を受け取った。
端末から外したスピーカーを耳にかける。
一瞬躊躇った指は、しかし、ごく軽い動作で再生ボタンを押した。
暗い画面に映るアレックスの顔をノイズがかき消し、やがて不安定に像が揺らぎ、次第に輪郭を明らかにした。
『――だからね、私はいつも気に食わないのよ。あの村の男、本当に美しくないと思うの。何よりの邪魔ものだわ、あの男は』
途切れ途切れの音声だ。
若干、アレックスにかけられる声よりも高い。
それは、ジゼルの声だった。
間を置き、また喋りだす。
どうやらフランチェスカが隣に居るらしいと映像が鮮明になっていく。
唇は動くが声は聞こえない。
フランチェスカの言葉を受けてジゼルが言い募る。
『だめ、認められない。コッペリウスは確かに男から魂を奪おうとしたかもしれないわ、だけどね、だけどなのよ、フラン。まったく、不誠実な男なのよ。婚約者がいながら、別の女性に夢中になって。うん……ええ、確かにそうだわ、コッペリアに恋した見る目だけは認めてあげてもいいでしょう。でもそれ以外はダメ、情けないもの――あら、もう、なぁに。そんなに笑って、おかしいこと? 私はね、だって、小さい頃から納得がいかなかったんだもの、うふふっ、やめて頂戴、もう。そんなに笑わなくってもいいじゃない――』
*
ジゼルの肩に寄りかかって、フランチェスカが笑っていた。
もう自分の意図では止めようもなく、ただただ収まるのを待つしかない、発作的な笑いだった。
苦しくなって身体を折って、長い髪を乱しながら、それでも弾けんばかりの笑顔で笑っている。
「もう。そんなんじゃ、口から胃が逃げちゃうわよ。笑い止んでちょうだい。そんなに面白いことがあった?」
「だって。ジゼルが物語の登場人物に対して本気で腹を立てるなんて。普段のあなたと比べてあまりに可愛らしくて、意外だったから」
「もう。話を先に振ったのは、あなただったじゃないの」
「そうだけど。うふふっ」
「ああ、もう、恥ずかしい。顔から火が出そうよ」
話に夢中になっていた自分に気づいて、ジゼルは手で顔をあおいだ。
二人は寝室に篭もって、プロジェクターが投影する映画を眺めながら、日がな一日を過ごしている。
ソファがあるのにわざわざ床に座っていた。
食器も床に置き、乾燥果実や木の実をつまみ食いした指をお行儀悪く舐めたりしながら、祭りの日々が過ぎるのを待っているのだ。
「喉が渇いちゃった。エレシア、なにか飲み物を持ってきてちょうだい。冷たいやつが良いわ」
「かしこまりました。今、エレシアがここへ運びます」
「どのエレシア?」
「F‐07です」
ほどなく、ジゼルと同じ顔の、髪型だけが巻き毛になっている自動人形がピッチャーを運んでくる。ジゼルは肩にかけていたストールが床に落ちるのも構わず立ち上がって容器を受け取った。
「ありがと。下がって」
部屋に一体、連絡用の《エレシア》が常駐している。《エレシア》はジゼルの似姿を与えられた生活補佐用自動人形だ。
他の《エレシア》は仕事をしてもらうために部屋の外に待機させていた。
例えば簡単な食事を作る、急な客を追い払う、あるいは――仕事の催促の電話に適当な受け答えをするために。
フリーク・フェアは当日祭に向けてますます熱を帯びていくようだった。
締め切った窓の外は別世界のように賑やかで、陽気な音楽に満ちて、物売りの張り上げる声が飛び交っている。
フェアが終わるまでジゼルは働かないつもりだ。
一歩も外へ出ないで、フランチェスカと自堕落に過ごす。
もう、そう決めたのだ。
リラックスしているのか、彼女はいつもより隙のある表情を見せた。
実際のところ、こうして過ごす時間は仕事のための有益な準備期間であることも意識している。そんな自分に、ジゼルは時々疲れてしまう。
でも、それを抜きにしても、彼女とこうして過ごす時間をジゼルは気に入っている。だからこそ、彼女に『仕事のために付き合っている』なんて勘違いをされたくないと思うのだ。
「わたしにも頂戴」
ジゼルの手の中にあったグラスを奪って口をつける。
フランチェスカの淡い色の唇に注視してしまう。
あの唇はどんな具合に再現したらいいかしら、と分析する一方で決して模倣し得ない魅力も感じていた。
「美味しい」
グラスを返し、少女は屈託なく笑う。
「ねえ、もうムービーは飽きちゃった。ジゼル、良いアイディア、ない?」
「そうねぇ。エレシアたちにお芝居でもさせる?」
「あはは、そんなの、見てたら頭がこんがらがっちゃうよ。演目は何?」
「コッペリアよ!」
二人の間だけで積み重ねられてきた経験が、他愛のない一言をとびきりおかしい冗談にする。
他の誰もが共感せずとも、二人にはたまらない。
はじけるように笑い転げて、どちらともなくベッドに身を投げた。
手と手が触れ合い、自然に指をからめる。
体温は互いに少し高い。
部屋が充分に暖められていること、腹から笑い声をあげたことで身体が熱くなっていた。それでも、フランチェスカの手のひらはジゼルより温度が低い。
「気持ち良い」
目を細めて、フランチェスカが微笑む。
「私の手?」
ジゼルは重なる手を意識した。
それを悟られたくなくて、なるべくなんでもないような態度を取る。
「うん。暖かいから」
「そう。私、平熱高めなの」
「じゃ、足して割ったら丁度いいかもね」
フランチェスカは口の中だけでくすくすと笑みを噛む。
とっくにエンドロールが終わったムービープログラムがメインメニュー画面を投影して、二人の身体を青く染めた。
コンピューター・グラフィックの海が揺らいでいる。
それはあたかも、水面に反射した日の光を受けたように、ゆらゆらと、二人の身体を舐めていた。
青ざめたフランチェスカの腕が、ふいに、ジゼルの顔へ伸びる。
彼女は極めて真剣な顔をしてジゼルを見つめていた。
そういう瞬間が、彼女と共にいると、時々ある。
「フラン、あなたの手も。冷たくて良い気持ち」
頬に、フランチェスカの細い指先が触れる。
そっと、感触を確かめるみたいに動く。
「顔、熱いわ」
「言ったでしょう。平熱高いの、私」
「よかった」
離れていく手を惜しいと思う。
繋ぎとめようと手を伸ばして、互いの意思を確かめ合うように触れ合った。
ふたつの異なる手はシーツの上に重なって着地する。
「気を悪くしないでくれる?」
「もう、慣れっこだわ」
「ありがとう。今まで誰にも、こんなこと言えなかった」
「ご両親にも?」
「言えない。心配かけられないから。うん……。ジゼル、あなたにだけ打ち明けた」
内緒話のように顔を寄せて囁く。
「ばかげた話だと思う?」
「いいえ」
重なる指に力を込める。それをフランチェスカもこたえて握り返した。
「わたし……弟がいるって、以前、言ったでしょう」
「ええ。アレックスでしょう。甘えん坊の男の子」
「時々、あの子が本当に生きているのかどうか、疑っちゃうの」
「なぜ?」
「……あのね、あの子はわたしへのお誕生日プレゼントだったんだ。それまでもね、ずっと、両親にねだっていたの。弟か妹が欲しい、それが駄目ならお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しい、って」
「じゃあ、素晴らしいプレゼントになったわね」
「うん。それは、もう、勿論。七歳の時にその願いは叶えられたの。後で知ったのだけど、母はとても頑固な性質で、どうしても自然出産で子供が欲しからって、とても苦労してわたしを生んだって」
「そう。博士らしい決断ね」
「でも、おかげで二度と出産はできないってお医者に言われていて。だから、わたしのおねだりを叶えるなんて到底無理な話だったのに」
「あら。方法ならいくらでもあるじゃない」
フランチェスカは言葉なく頷いた。
「きっと、だから、あの子は生まれてきた。ある日突然、母が腕に抱いて帰って来て笑うの。、あなたの弟よ、って。なんにも知らされてなかった。わたし、その時はとっても喜んで、一日中大騒ぎだった。だって、それが当たり前で自然なことだと思ったから。赤ん坊の生まれ方なんかまるで知らなくて、気にもしなかった」
触れ合う指先が冷めていく。
ジゼルはその熱を保とうと、手のひらで彼女の指先を包んだ。
「――一生懸命大人ぶって、でも、お姉ちゃんになったんだってずっと興奮しちゃってた。ちっちゃなアレックスはとても可愛くて、本当に、ふしぎね、わたしは素直に、愛してるって言葉が浮かんできた気がした。愛して、守っていくのだって、自然と思えて……」
「素敵な体験ね。私にも兄弟がいたら、そんな気持ちになれたかしら」
フランチェスカはためらうように口をつぐむ。
ジゼルは彼女のかげりに気づいて、包んだ手を、重なる親指で撫でた。
「フラン?」
「こんなことを考えるようになったのは、ずっと後になってから。ほんの、ここ何年か……彼が、大きくなってから。わたし、いつだったか、不意に思ったの」
何を? 眼差しで続きを促す。頷いてフランチェスカは口を開く。
「弟は自動人形かもしれないって……そんな疑いに囚われてしまったの。この子は本当に生きている、血の通った、心ある、暖かな――人間なの?」
「フラン……、成長を見守ったのに?」
「そうだよ。でもね、毎年少しずつ、成長を模す度、新しく作り直した男の子を連れて来るのかも、って……。研究室には、幾体もの、何歳分もの《アレックス》の備蓄があるのかも……。そんな空想をしては眠れずに夜を明かした」
それからこうも思うの。フランチェスカは続けた。
「わたしのほうこそ、自動人形じゃないの? 生きていて、血の通った、心ある……そんなふりをしているだけの、人形かもしれない。人間だって思いこんでいるだけの、つくりものの記憶を信じているだけの……。でもどうやって、一体それを、確かめたらいいのかな」
「フラン、大丈夫」
ジゼルはフランチェスカの長い髪を手で避けて、彼女の頭を胸に抱いた。
小さな頭が細い首に支えられている。
彼女は目を閉じてジゼルの胸に頭を預けた。
「ほら。あなたも、意識して。あなたの心音。いち、に、さん……」
ちいさな子をあやすようにジゼルは彼女の髪を撫でた。
こんなに長いのに指に引っかからない、傷みのないきれいな髪だ。
胸に熱く、少女の吐息がかかる。
ジゼルは今更、心音を聞かれることが恥ずかしくなった。
だって、きっと、いつもより早く打っているから。
「ジゼル。わたし、何度もあの子を裏切っている。あの子の親愛へ、疑いを返しているの……」
何も言わず、ジゼルはただ聞き手に徹する。
「不意に傷つけたくなる衝動を何度も抑えた。傷つければ、人間か人形かはっきりするって短絡的に考えてしまう。だからね、代わりに抱きしめるの。そうすると、柔らかくて暖かくて、トクトク鳴る鼓動がわかって、ああ、大丈夫、この子は本物のわたしの弟なんだわと安心するの」
腕の中でフランチェスカがさらに身体を縮こまらせた。
「だけど、それだって信用に足るか、自信がない」
「フラン……――」
*
ジゼルが何かを囁く、その音声は次第に不明瞭に途切れて消えた。
映像だけが取り残されて揺れるが、エレシアの視覚カメラは一定の範囲しか撮影しておらず、終始ベッドに並ぶ二対の脚だけが見える。
親しげな距離感で、時折触れあい、身じろぐ。
それだけの動きしか分からない。
間もなく、再生は終わった。
何も映っていない画面に自分の顔が映るのをきらって、アレックスは端末をすぐポケットに押し込む。
見てはいけないものだったように感じて、しばらく、居心地の悪さの理由を探っていた。
エレシアの言葉を裏付けるような二人の振る舞い。
無防備に、互いに親密に触れ合う。
秘密を覗き込んだ罪悪感と、取り残されたような寂しさを抱く。
一番に感じたのはジゼルへの嫉妬だ。
こんなに心を開いた姉を見たことがなかった。
そんなことを言っても仕方がない。
ジゼルのような友人役を務めるには、歳の離れた弟では頼りない。
頭を振って、少しずつ沸き起こる懐かしさを意識した。
もはや懐かしむほどフランチェスカの存在は遠くにある。
「ありがとう、エレシア。姉の声を久しぶりに聞いた。色々、思い出すよ」
「ジゼルには内緒にしておいて下さい。罰を受けてしまいますから」
「そんなの無理な話だ。ログを辿ればすぐに分かる」
「大丈夫、彼女は多忙な人ですから。気まぐれでも起こさなければ、そんなところまで調べませんよ」
益々もって不遜な態度だ。アレックスは彼女を好ましく思った。
使われているようでいてそれだけでは済まさない。
支配下にあるようでいて、それだけには甘んじない。
よく育った自動人形だ。
「今、何時?」
「十六時になります」
「もう結構だ。戻ろう」
「承知致しました」
約束の三時間が迫っていた。日暮れも近い。
灯台を後にして、混雑を極める大通りを避けて路地を進んだ。
先刻通った道を引き返す。
路地には一足先に夜が訪れたように影が落ちていた。
案内の必要がなくなって、エレシアは隣を歩いている。
日が暮れると町のあちこちで明滅する赤い光が目立った。
それは視界の邪魔にならない程度の僅かな発光だったが、こうも数が多いと流石に目に付く。はじめに見せられた、自動人形の数を示した地図をようやく事実として実感した。
「エレシア、きみの瞳は光らないのか?」
「はい。発光式センサーの搭載は公用地で稼動する自動人形にのみ義務付けられるオプションですので」
「私有地だけで稼動するはずの複製人形には必要ないか」
「ジゼルは特にセンサー・アイの存在を嫌っています。彼女に言わせると、美意識を感じないのだそうです。合理的ゆえに不細工だとも言います」
否定はしない。アレックスも同感だ。
しかし、ジゼルに共感する自分を認めるのは癪だから言葉にしなかった。
またひとつ、エレシアを見極める手がかりを失ってしまう。
そう感じて、まだ、疑いを残して接していると気づいた。
「ご覧下さい、アレックス。街に蝋燭の灯りが」
エレシアが路地の合間を指差す。
人々は手にランタンを提げてひとつの場所へ向かっていた。
蝋燭の灯りが揺らいで、持ち主の影をでたらめに伸ばす。
誰もがその影を踏みぬいて、静かに、塔を目指していく。
彼らの目指すヘデラ・マカロワ葬礼堂には、自動人形の魂が眠るのだという。
「灯りを自動人形の魂に見立てて、その寝所まで運ぶのだそうです。この街の祭りは古くからありますが、葬礼堂が出来て以降、こうして多くの人が集まるようになりました」
「きみも死んだらあそこへ行くの?」
揶揄するように尋ねた。
自動人形が自分の口で魂なんて言ったのが滑稽に思えたのだ。
「まず私たちの生の定義から始めなければいけません。死についての質問はそれからです。扱いの難しい話題です」
影にまぎれ、仮面に隠れ、エレシアの表情は分からない。
見えたとて、彼女の表情はさして変わらなかっただろう。
《ボックス》の表現値を低く設定されているのだ。
フランほどではないが、エレシアの感情表現は平坦なものだった。
「意地の悪い質問をした。謝るよ」
「構いません、アレックス。あなたと言葉を交わすのは楽しいから」
そう言われて不思議と悪い気はしなかった。
それだけに軽率な発言を後悔する。
後悔してからふと気づく。
自動人形に対しての気遣いなんてハサミを労わるようなものだ。
ずっとそう思って来たはずなのに。
どうして今、謝罪を口にしたのか分からなかった。
どんなつもりで接したところで彼らには関係ない。
不快な胸を紛らわせようと路地の向こうに見えるの明かりを目で追った。
参列者たちの中に勿論自動人形も居る。
蝋燭の灯りの合間を、時折赤い光が鋭く明滅した。
魂の模倣品を手にして、いつか彼らが眠る場所へ向かって歩いていく。
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