Episode03:模倣された魂の葬送
第12話 模倣された魂の葬送-01
マチルダ・マカロワについて――
その年のファースト・コレクションは、何と言っても彼女に注目が集まっていた。
彼女は生意気な小娘の十代を過ごし、実力派として二十代の前半を、それから三十歳の誕生日を迎えるまでの急激な不振期を耐え忍んだシンガー・ソングライターだ。
燃える赤い髪が大胆に顔を縁取っていた。
理想的な曲線を描く身体はどんなブランドの服も自然に着こなし、少女たちの憧れを集める。笑うと意外なほどに幼くチャーミングにほっぺたが盛り上がって、その落差に魅入られて熱を上げる男性も掃いて捨てるほどだ。
自信に満ちた言葉を用いて強い女の、繊細で瑞々しい言葉では脆い少女の気持ちを歌った。新譜ごとに売り上げの記録を更新して行き、彼女の歌声や姿に触れない日は無いほどに世間へ浸透し――やがて、いつからか、見かけなくなった。
彼女自身の態度の問題とも、周囲との軋轢とも、健康問題や人間関係、様々な推測が飛び交って、それさえもやがて萎んでいく。
忘れ去られた二十代後半を、しかし、彼女は生き抜いて、再びスポットライトの下に姿を現した。
三十歳を過ぎ、ようやく「復活」を遂げた彼女の傍にはいつも心強い相棒が居た。
それは彼女にとても良く似ていた。
まだ若かった頃の、一番鮮烈に印象を残していた時代の、二度と取り返しえない過去の彼女の姿に。
自動人形という物珍しい舞台装置を得て、いくつもの目新しいパフォーマンスに挑戦した。
いたずらを試して楽しむ子供のように、様々な場面に自動人形を置いて、周囲の反応を伺っているようだった。
次第に自動人形の存在は周知のものとなり、誰もが同じように相棒を連れたがった。あるいは、人の似姿を持つ物を嫌悪した。友人だと受け入れる者もいれば、冒涜的な侵略者だと拒絶する者もいた。
その年。
マチルダは、ファースト・コレクションに参加するブランド《ダニロウ》のアートディレクターに抜擢されていた。
ファッションブランドの新作をお披露目する、全国でも最大のイベントだ。
「モデルは全員クビよ。人気の女優もお断り。とっておきの優秀なモデルを揃えたのだから」
今もネットに残っている。
当時の報道を切り抜いた映像の中で、マチルダはファッションと呼ぶには程遠い地味な服を着ていた。裏方に徹する衣装だ。
しかし、その飾らない服さえもマチルダが着ると輝いて見える。
豊かな赤い髪をきつく結んでいた。
年を重ねてもまだ外見に衰えはない。
それを「自動人形と入れ替わったからだ」と揶揄する者も居た。
簡単には笑い飛ばせない冗談だ、と返すまでがおなじみのジョークになっていた。
「見て頂戴。あの子たち、堂々としたものでしょう」
マチルダが紹介したのは十二体の自動人形だった。
髪はなく、化粧もなく、ほとんど素体のままの、いかにも人間離れした雰囲気を漂わせる女性型ばかりがランウェイを歩いていく。
血の気のない真っ白な肌に鮮やかな《ダニロウ》の服を纏って、舞台袖へと去っていく。
最初に異を唱えたのはモデルたちだ。
自分の仕事を奪われる危機感にマチルダをバッシングした。
便乗するように、自動人形を拒絶する人々が沢山の否定の言葉をぶつけた。
人間の価値を説き、機械では代替できないと主張した。
デザイナーたちの否定的な意見はこうだ。
「我々は人間の着る服をデザインしているのだ。着せ替え人形のための服は作っていない」
肯定する意見も僅かにあった。
そのうちのひとつはまた別のデザイナーの言葉だ。
「服だけが際立ってむしろ良いじゃないか」
「血の通わないモデルのせいで《ダニロウ》の持つ躍動感・生命力が否定されてしまっている。今回のコレクションに今まで程の魅力を感じないのはそのせいだ。あのくだらない玩具が芸術を台無しにしている」
信頼のある記者はそう言った。
「自動人形のファッションショーがやりたきゃ、客も自動人形だけ呼べば良い」
コレクションに出資する制作会社の一人も言った。
どんなに抗議を受けてもマチルダは意を翻さない。
そして、当日が訪れた。
ショーは無事に終了した。
自動人形に対抗することを意識して、《ダニロウ》以外のブランドはライブ性を重視した演出を加えていた。
例えば「わざと行われる失敗」や、それを咄嗟に演出に変えるモデルの機転であったり、観客との応酬であったり、しかし人間であると証明する行為の難しさを再確認させただけだ。
《ダニロウ》はまるで例年通りの、飾り気のないウォーキングだけで作品を見せた。
「自動人形の意外な生々しさを感じた」と評価する者も居た。
観客はモデルを指して「まるで人間だ」と口々に囁きあう。
マチルダは何も語らず、満足そうに舞台を眺めていた。
――後日、真相は明かされた。
当日ランウェイを歩いたのは全て生身の人間である。
誰もが困惑して、マチルダの言葉を容易には信じなかった。
自動人形を好む者も嫌う者も、己の見た物の真実を慎重に検討した。
時は過ぎ、もはや当日の事実を検証する手がかりはほとんどなかった。
あらゆる画像処理を施し、音声を分析し、証言をかき集め、「マチルダの証言は真実である」と示したところで、意見は二つに割れたのだ。
十二年経った今も議論は絶えない。
舞台を歩いたのは人間だったのだろうか、自動人形だったのだろうか。
あの日、あの場所で、彼らは何を見ていたのだろう。
*
背後に聞こえるのは祭りの喧騒だ。
それも今は現実とは無関係に響く。
アレックスは白塗りの壁に挟まれた門に向かって、一度、吐息した。
彼が呼吸するたび、口元から白い呼気が生まれる。
傍らにもう一人、少年に比べれば背の高い少女が姿勢を正して立っていた。
冷たげな顔でまっすぐ門を見据える。その瞳が一度、ぴかっ――と、赤く光った。
日中の明かりの中でその明滅はごく淡い。彼女の視線の先で扉が開く。
「お待たせしてごめんなさい」
白い煉瓦の道を歩んで来るのは、均整のとれた体つきの女性だった。
高価そうなドレスを着ている。細い腰を皮のコルセットで締め上げて、マーメイドラインのスカートを揺らして歩く。裾は地面につきそうなほど長い。
清涼な水の流れを思わせる淡い色の髪が空気をはらんで柔らかくカールして胸元へ落ちている。
「アレックス。あなたね。はじめまして、ジゼル・コーロディよ」
「はじめまして、ジゼル。急な訪問を受け入れていただいて感謝します。お時間を取らせて申し訳ない」
「いいえ、とんでもない。レフから聞いた時の私の喜びようを、あなたに伝えるのは難しいと思うわ。歓迎します」
指先まで上品な所作で、腰を曲げて一礼をする。優雅なカーリー・ヘアが揺れた。
ジゼル・コーロディの工房へ立ち寄ると良いと勧めたのはレフ・クランコだった。
両者ともアレックスが捜索する家族と関わりのある人物だ。
行方知れずの彼らに繋がる手がかりがあればと訪問を決めた。
想像していたよりも若い。アレックスの伺うような目を受け止めて柔らかく笑う。
「最初にひとつ、尋ねてもいいですか」
「ええ、答えられることなら」
「あなたがフラン――この
「はい。間違いなく、この子は私が手がけた自動人形です」
ジゼルの端整な顔が呼気のない少女を見つめた。
「外装美術――造形の一切を任せていただきました。足のつま先から頭皮の設計まで、ぜんぶよ。もう二年も前になるけれど、大切に使って頂いているって、見てすぐ分かった。嬉しいわ! ありがとう、アレックス」
再びアレックスに視線を戻して、僅かに眉を寄せる。
「お姉様のこと、私も出来る限り協力させて頂戴ね。ちょっとでも有益な情報を提供できたら私も嬉しいわ。どうぞ自由に工房を見て回って」
「そうさせていただきます。ありがとう」
わずかに、ほっとしたようにジゼルが表情を和らげた。
暖かな印象を彼女の仕草の端々から感じる。
姉もきっと、すぐに打ち解け、好きになったに違いない。
自然とそう思える人柄を感じ取る。理解のある人で良かった、と安堵する。
「どうぞ中へ。上着を預からせてちょうだい」
言われるままに外套を脱ぐ。寒さに一瞬身をすくめた。
「外は寒かったでしょう。お屋敷は充分に暖めてありますから、快適だと思うわ」
客人の仕草を見て取って主が笑う。
言われた通り、屋敷の中は商業施設のように暖かかった。
エネルギー消費に躊躇がないのは富める者の特徴だ。
「こちらが客間です。今お茶を淹れますので、くつろいでいてください」
スカートの裾を翻し、足音を立てずに廊下の向こうへ去っていく。
取り残されて、防寒機能の高そうな分厚い扉を開けた。
壁に防音剤も含まれているのか、音の響かない閉塞感が身体にまとわりつく。
真っ白な部屋だった。
窓はシャッターで閉ざされ、蛍光灯の輝きが妙に潔癖に部屋を照らしている。
調度品はどれも神経質な四角形をしていた。
テーブルも、ソファも、数冊の雑誌が納まるマガジンラックも。
それから、女性が腰掛ける背もたれのないスツールも。
「……ジゼル?」
顔を合わせたばかりで人相の認識に自信が持てるとは言い切れないが、彼女はジゼルによく似ていると感じた。
ジゼルとは異なるまっすぐな長い髪は腰のあたりまで、これも几帳面に切りそろえられている。
スリットが大きく大胆に足の出るドレスも、ジゼルと対照的な印象だ。
来客があっても彼女は身動きをせず、背筋をまっすぐ伸ばしてメラミン樹脂製のスツールに座っている。
両手を膝の上に揃えて置き、まるで充電中の自動人形のような姿勢だ。ほとんど無意識に彼女の手首に《充電中》の点灯表示を探す。
アレックスは気づけば覗きこむように女性の顔をうかがっていた。
不意に、女性の唇の端が歪む。
はじけるように笑い声を上げて、口に手を重ねてそれを堪えようとした。
「うふふっ、ごめんなさい。可愛い顔で覗かれちゃったから、我慢の限界だったわ」
呼吸を整えるために深呼吸を置いて、彼女はスツールを立つ。
「はじめまして、アレックス。私がジゼル・コーロディです。あなたをここまで案内したのは私の
彼女の視線がフランを示す。
いまだ状況が飲み込めず、彼は傍らの少女の涼しげな顔を見た。
まるで何もなかったような顔をしている。
その冷静さが伝播したように、ようやく混乱を収める。
「驚いていただけた?」
落ち着いてしまえば理解は早かった。
「あれは、そうやって初対面の相手を歓迎するために作った人形?」
「いいえ。練習を兼ねた雑務用の自動人形なの。でも、こうして新鮮な反応を見るのは自分の仕事の腕を確かめるためにも効果的だわ。ありがとう、すこしだけ自信を取り戻せたみたい」
立つと背の高さが際立った。
ジゼルがフランに向き合うとつむじを覗き込む姿勢になる。
少し首を傾けて、フランは彼女の視線を受け止めた。
親密な距離感に戸惑いもしない。
ジゼルは自動人形の手を取って嘆息した。
「
「……試作品実機?」
聞きなれない呼称だ。
アレックスは遠慮なくフランに触れる彼女に良い印象を抱かない。
そもそも、彼女が制作に携わった自動人形だとしても、だからと言って好きにして良い権利はない。
しばしの間、ジゼルは点検するような目つきでフランを眺めていた。
耳を、首筋を覗き込み、鼻筋や唇に目を近づけて、人が身体を反らすような行為にも、フランはじっと受け入れて立っている。
「この子と再会できて嬉しい。ずっと、その後を気にしていたから……。ああ、ごめんなさい、どうぞ座ってちょうだい」
夢中な眼差しはフランへ向けられたまま、ジゼルは問いかけに答えもせずに椅子を勧める。フランの頬を撫で、髪に触れ、ふと気づいたようにアレックスを振り返る。
「ねえ、《
すぐにもフランに視線を戻して、顎に指先を沿わせていた。
彼女の繊細な指はそうして並ぶとフランよりも焼けた色をしている。
《ボックス》は自動人形に搭載されている基本機能だ。
これを有効にすることで、人工知能の成長と自動人形の表現範囲の拡張を促進するし、人間と遜色なく感じられる表情の変化を可能にする。
「《ボックス》は無効にしてあります。希望に添えなくて申し訳ないけど、その機能を使うつもりはないんだ」
「あら、そういう主義の方? 勿体ないけれど、仕方がないわね。さ、あなたも座って」
フランの肩を押して、アレックスの隣へと案内する。
一人と一体が並んださまを見てジゼルは微笑んだ。
しかし、笑みの理由を言葉には示さない。
あまり良くない心地だった。何より騙された事実を、アレックスは軽く流せない。
ようやく向き合うと、ジゼルはどこか探るような目を向けてくる。
探られる不快感に息苦しさを覚えた。
「お茶をお持ちしました」
ワゴンを押してジゼルの複製人形がやって来る。
アレックスたちを玄関で迎えてくれた彼女だ。
テーブルにステンレスのポットと素っ気無いティーセットを並べ、暖かな茶を注ぐ。湯の取り扱いを待って、彼女の主は己の複製人形を抱き寄せた。
「これはエレシア」
先ほど《ジゼル》を演じていたときに比べて表情が乏しく、自動人形はにこりとも笑わない。
「あのね、気に入らない来客だったら応対はこの子にさせるのよ。そうすると、私はとっても楽ができるの」
「一応は気に入って頂けたのなら安心しました」
「うふふ。ええ、勿論だわ。あの人の弟だもの。いつもお話を聞いていたわ。会えるのを楽しみにしていた。ああ、もう二年も前のことだけれど……」
カップに唇をつけて、人心地ついたように一息吐く。
「ねぇ、エレシア。寝室を用意して。お客様には今晩泊まって頂きましょう。あなたも、それくらいの時間はあるわね?」
咄嗟の問いかけに深く考えずに頷いた。
アレックスの反応を待ってエレシアは応える。
「承知致しました、ご主人様。他にご用命ございますでしょうか」
「アレックス。何か欲しいものはある?」
「いいえ。お構いなく」
二つ並んだ同じ顔に見つめられて、どちらを見ればいいのか分からない。
惑う様子を笑うのはジゼルだ。
気まずさを紛らわすように少年はカップを手に取る。
「謙虚なお客様ね。エレシア、いいわ、行って」
「失礼致します」
目礼をして自動人形は去っていく。
「それで、どこからお話したらいいかしら。お姉様に関することでしょう?」
「はい」
「私に情報を期待しているなら、ごめんなさいね。彼女について知ることは、夫妻の失踪以後、世間一般と同じ程度の認識しかないの」
本題を切り出す前から希望を絶たれた。
もっとも、最初から当てにはしていない。
失踪した家族の行方を求めて彷徨った日々を回顧する。
もぬけの殻になった実家、いまだ困惑を残した両親の職場、数少ない姉の友人たちの心配顔。痕跡はそのいずれにも見当たらず、唯一残ったと言えるのが姉の似姿を持つこの自動人形だった。
フラン。
見上げる横顔は平素と変わりない。
店頭に陳列される見本品の自動人形だってもっと愛想が良いだろう。
気づけばジゼルも、また探るような眼差しでフランを見つめている。
「あなたのことだって……」
俯いた顔を隠すように垂れた髪を耳にかけ、顔を上げる。
鋭く、視線が全身を舐めた。何かを点検する目つきだ。
「きっと家族と一緒に姿を消したのだと、ずっと、そう思いこんでいたのよ。でも、そうじゃなかったのね、アレックス。あなた、私に会いに来て正解よ。失踪以前について言えば、彼女の友人の誰よりも私が一番詳しいって自信はあるの」
意外な言葉に視線を向ける。
ジゼルの不遜な笑みを、アレックスは苦手に感じた。
その申告を頭から信じる気にはなれない。
彼女の強い思い込みか、勘違いか、あるいはジゼルが単純で素直な女性なだけなのか。少なくともこれまで、彼が知る姉の友人にジゼルの名は含まれていなかった。
「あら、そんなに見つめないで。嬉しくなっちゃうわ。あのね、嘘じゃないのよ。もしかしたらね――……ううん、言い切っても良いかしら。私のほうが、あなたより、フランチェスカ・スノウリングについて良く知っている」
手にしたカップの中で水面が荒立つ。
カップの中身の揺らぎが収まる頃、アレックスもまた平静を装う努力を実らせた。
「もし可能なら、僕にも教えてくれませんか。僕の理解が深まれば、何らかの手がかりに気づくかもしれない」
「勿論、そうしてちょうだい。私も一家の失踪にはひどく驚いたし、ずっと心配しているの。私だって彼女を探しに旅立ちたいくらい。でもそうも行かないの。私が働かないせいで迷惑を被る人が沢山居て……」
「人間、自由でいられるのは子供のうちだけですからね」
ジゼルの言葉の端々が気に障った。
姉を、実の弟よりも詳しいと自負する彼女を快く思えない。
ジゼルが人指し指を立てた。
それがどこか挑戦的な仕草に見えてアレックスは構える。
「子供も物事には対価を払う必要があるわね、アレックス。ひとつ要求があるの」
「条件によりますが、なるべく叶えます。僕に可能なことであれば」
「ええ。ほんの短い間で構わないの、試作品実機を私に貸していただけなくて?」
また、馴染みのない呼び名を用いる。
「試作品実機というのは? ……この自動人形のこと?」
「その子、製品化を前提として組み上げられた試験機の二番目なの。私が手がけたのはその子まで。ご存知なかった?」
「いや、個人用の自動人形だとばかり」
「その話もあとで詳しくしましょうか。まずは……そうね、三時間。この子と過ごす時間をいただける? その後、お話の場を設けましょう。あなたのお姉さんについて私が知っていること、なんでも答えてあげる。それでいかが?」
「構いません。現状維持のまま扱うと約束してもらえるなら」
「それは勿論。誰しも持ち物に勝手に変化を加えられるのは不愉快ですものね。人形愛好家ならなおさら」
頷いて、ようやくカップに口をつける。
紅茶にはあらかじめ砂糖が加えられていた。
「それからもうひとつ、検討をお願いしたいことがあるのだけれど」
「何?」
「まずは私の相棒を呼ぶわ――エレシア!」
間を置いて部屋の扉が開く。
「お呼びでしょうか」
「来て頂戴」
再び、同じ顔が並んだ。ジゼルはエレシアを隣へ座らせる。
「フランを借りる代わりにエレシアを貸し出しましょう。不便な思いはさせません。丁度、町もフリーク・フェアで賑やかだから、この子と見てまわったらどうかしら」
遠まわしに外へ出ろと指示しているのだ。アレックスはそう理解した。
使用許可登録をお互いに交わして、自動人形の使用権を与え合う。
「短い間ですが、あなたをお手伝いできるなら、それ以上の喜びはございません。よろしくお願いします」
ジゼルと同じ声で、しかし彼女とはまるで異なる調子で、エレシアが告げる。
「エレシアは気の利く子よ。それでね、アレックス。もし彼女を気に入ったら、フランと交換してもらえない?」
意外な申し出に眉をひそめる。
「勿論、外装はあなた好みに作り変えてもいいわ。まずは考えてみて欲しいの」
「せっかくの申し出ですが……、僕にはフランを連れる理由があります。彼女は姉の、いわば人相書きだ。人の目に触れるうちに手がかりを得るかもしれない」
「理屈は分かるけれど、どうか一考してみてちょうだい。私はどうしてもこの試作品実機に思い入れがあるの……。詳しいことはエレシアに教えてもらって構わないわ。前向きな検討を期待しているわね」
答えを待たず、ジゼルはフランを連れて部屋を去った。
彼女の似姿をもつ自動人形と取り残されて、中々行動のきっかけを掴めない。
「きみは……エレシア?」
「はい。フリーク・フェアへ参りますか? 上着をお持ちしますので、玄関でお待ち下さい」
やはり返事を待たずに去っていく。
似ているのは姿だけに留まらないと感じさせる行動だった。あるいは、聞かずとも実行する態度を指して「気が利く」と言ったのかもしれない。
言われた通りに玄関で待っていると、ほどなくして濃紺色の外套を羽織ったエレシアが戻ってきた。アレックスも受け取った上着に袖を通す。
「参りましょう」
案内されるままに町へ向かって歩を進め、ふいにジゼルの言葉を思い出す。
「君は、複製人形だ。私有地でしか動けない自動人形だろう。祭りになんて行けないじゃないか」
それは同じくフランについても言えることだが、己のことは棚に上げた。
あらゆる局面で、本人の身代わりが成り立つと困ることが多い。
騙りや詐欺の防止、もっと日常的な誤解を招かぬためにも、実在の人物の似姿を持つ自動人形の行動範囲は厳しく制限されている。
「問題ありません、アレックス。私にはこれがあります」
エレシアは外套のポケットから金属質の柄を引き抜いた。
それはぴかぴかに光るイミテーションダイヤと鴨の羽根で縁取られた仮面だ。
白地に曲線的な紋様が黒で描かれ、褪せた金色のハンドルがついている。
顔の上部だけを覆うアイ・マスクをつけると、元々涼しげな口元がいっそう冷たさを帯びた。眼窩にはレースが重なって、瞳の色を隠す。
「いかがでしょう。似合いますか?」
「派手だ。目立つよ。これもジゼルの趣味?」
「はい。この程度の演出を加えたほうが、むしろお祭りでは紛れます」
説得力は感じなかった。
「バレたら捕まるよ。違法行為だ」
フランのことを棚に上げて、アレックスはまっとうな指摘をする。
「ええ。違法ですので、隠しています」
仮面の奥の瞳はにこりともしない。
レースの奥に隠れていては、仮に暗所で目が光っても目立ちはしないだろう。
そうして人間と自動人形を区別する判断材料を隠せば少しは誤魔化しがきく。
「そうやって人間のふりをするんだな」
「私たちは元々そうしていますから」
彼女は少しだけ仮面と一緒に頭を傾けた。
もしかしたら、笑ったのかもしれない。
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