第2話 揺れる肖像-02
幼児のように無邪気に懐く姿も同様だ。
製品が愛用されるため、メーカーが長く儲けるために予め準備された性質だった。
人間に媚びているようで辟易する。実際、そう作られているのだから仕方がない。
諦めようと自分へ言い聞かせても、アレックスは苛立ちを静められない。
「ご主人様、このお店、見てみたいです」
自動人形付属品専門店の自動ドアが、色鮮やかなポスターに覆われている。
今も男性型自動人形を連れた女性が、買い物袋を提げて店を出た。
「だめだ。老人を探すのが先だろ」
「でも、でも、さっきは我慢したんです」
「さっきって……」
列車に乗る前のことを指しているのか。
その時はまだ、フランはいつも通りの無表情で無感情の自動人形だった。
自己主張をしないよう制限され、アレックスに従順な道具でしかなかった。
「我慢していたのか?」
疑わしそうに呟く。フランは深く頷いて、眉根を寄せて、主人へと哀願した。
「見たいんです。知りたいです。このお店は全国展開のチェーン店ですが、ご主人様はこういうお店を好みませんね。だから、一度も入ったことがありません。いつも気になっていました。今日だけ、ほんの十分だけで良いんです」
フランが引き出したデータの通り、『キンドレット』はいわば自動人形初心者用の入門的なお店だ。
関連書籍や付属パーツの品揃えは使いやすいもの、易しいものに限る。
幼い頃から自動人形に慣れ親しんだアレックスにとってはおもちゃに等しいものしか取り扱っていない。
「お願いします!」
フランは一歩も動かない。大きくため息をついて、アレックスは店へ足を向けた。
フランの表情がたちまちはなやぐ。
「ありがとうございます、ご主人様!」
店の中は大荷物の客が多い。皆、長距離列車の利用客だろう。
客は旅支度のため重たい服装をしているから、比較的軽装で並ぶ自動人形との区別がつきやすい。誰もが一体は自動人形を連れ、商品を共に眺めていた。
「すごい、こんなに沢山、物がある……」
物量に圧倒されてフランが立ち止まる。
出口をふさがれた客が迷惑そうな顔をしたので、アレックスは咄嗟に店の奥へと歩を進めた。
「あ、ご主人様、これ何ですか?」
棚に並べられているのは自動人形用の眼鏡だ。
人形の顔面にマウントすることで何がしかの機能を強化・追加する。
わざわざ説明するのがばかばかしくて、アレックスは吐き捨てた。
「お前には必要ない」
「えーっ。あっ、あれは何ですか?」
次々に興味が移って行く。
その姿が店内の自動人形たちと挙動が似通っていることに気付く。
居心地の悪さに、アレックスは十分と経たずにフランを店から引っ張り出した。
「もっと見てみたかったです」
「充分だろう。お前に必要なものはあの店にはない」
「はい」
しょげかえって、肩を落として歩く。
「とにかく情報を集めなくちゃならない。あの老人がこの町の住人なら、まだ気は楽だ。列車の利用客だとすると厄介だ。捜索時間が限られる」
しかし、先刻の様子を顧みてその可能性は低いと考えた。
あの貧しい身なりからはとても旅費を捻出できるとは思えない。
「フラン。老人の顔を記憶しているだろう。画像データにして、僕の端末に送信してくれ」
「了承しました」
間もなく、携帯端末がデータを受信した。
フランの記憶した映像情報から切り抜いた画像ファイルだ。
「……何だ、これ」
画面に表示されたのは粗い粒子に埋め尽くされた画像だった。
列車内の様子だとは分かるが肝心の人物の姿が潰れている。
「他の箇所のデータもだ」
何かの拍子にノイズが混じったのだろう。
しかし、嫌な予感を禁じえない。
「了承いたしました」
二つ目のファイルも壊れていた。何度試しても同じだ。
予感は的中した。アレックスは徒労感を覚える。
「足で探すしかないのか」
絶望的だった。
ショッピングモールは子供の足では広すぎる。
老人がこの場に居るとも限らない。
彼が町へ出ているとすると、一日二日で見つかるとも思い難い。
「頑張りましょう、ご主人様」
事態を理解しているのか、フランがどこか楽しそうに拳を振り上げた。
*
「いらっしゃいませ。あっ、またお越しくださってありがとうございます!」
小柄な女性を模した自動人形が賑やかに迎え入れた。
自動人形アクセサリのセレクトショップ《リーズ》はモールの中央通り、駅から程近い優良な立地に位置する小さな個人店だ。
「ヨシュア、今朝のお客さんです!」
自動人形は燃えるような赤い髪をひるがえして、店主の元へ駆け戻る。
「あれ。今朝のきみ。昼の列車で帰るはずじゃなかったの? なにか気になるものがあったかな」
まだ年若い店主が清算台からフロアへ出て、少年と背の高さをあわせるように体をかがめた。子ども扱いに気分を害するのも子供じみた振る舞いだと思って、アレックスは眉をひそめるだけに留める。
「やっぱり、フランのおねだり聞いてあげる気になったんだよね? ね? フラン、さっきはああ言ってたけど、欲しいものあったんでしょ?」
「えっ、あ、わたしは……その」
勢い込んで尋ねる接客人形・リーズに気圧されて、フランがたじろいだ。
自動人形に関する商品を売る際に、人形自身に主人へ《おねだり》をするよう促すのは一般的な手法だ。
一般的なオーナーは、大抵自動人形と擬似的な人間関係を築きたがる。
自動人形の意見を尊重し、喜んで願いを叶えてやる。そのコミュニケーションを主人たちは喜ぶのだ。
そのためどの店でも積極的に自動人形から希望を引き出そうとする。
今朝この店を訪れた際、フランの答えは無機質なものだった。
「い、いいえ。わたしは、ご主人様に与えられたものだけで十分です……」
先刻とは全く異なる調子で同じ言葉を返す。いかにも物惜しげな、未練がましい声だ。
その様子にヨシュアが首をかしげた。
「さっきと様子が違うね? ああ、《ボックス》がオンになっているんだな」
《
現在市場に出回る全ての自動人形に予め搭載されている。
魂の再現と賞賛されるほどに、自動人形の表情のバリエーションを飛躍的に豊かにした。もっとも、ほとんどの自動人形が《ボックス》の高性能に見合う出力系を持たないため、その実力の六割も発揮できていないという。
「随分物静かな自動人形だったから印象に残っていたんだ。いまどき《ボックス》を搭載していないなんて、って。そうか、オフになっていただけだったんだな」
「そのことで困ったことが起きて、情報を集めたいんだ」
アレックスの声に、はじめて不安めいたものが表れた。
察して店主は椅子を勧める。
リーズにお茶淹れを言いつけて、彼は少年の言葉に耳を傾けた。
ショーケースの中に、何種類もの眼球が並んでいる。虹彩の形や色が豊富だ。
壁にはさまざまな色をした腕や脚が吊り下げられ、悪趣味な標本室のようである。
アレックスが事情を話すあいだ、フランはまあるい目をして商品を眺めてまわっていた。その後をついて、リーズがあれこれと説明を加えている。
「これはね、ほら、あたしの手と一緒。関節がむき出しでしょ? だからネイキッドパーツっていうんだ。関節まる見えってこと。昔のメイトみたいでしょ。レトロでかわいいよね! フランもつけてみればいいのに。似合うよ」
「ほんとだ、関節見えちゃってる……。へんなの~。ねえねえ、ご主人様、見てくださいこれ」
「あとにして、フラン」
遮って、アレックスは頭を抱えた。言葉に重たいため息が混じる。
「耐えられない。はやく《ボックス》をオフにしないと気が狂いそうだ」
「まあまあ。その老人はこの町でも有名だから。すぐに見つかるよ。それにしても、なぜ《ボックス》をオフに? 彼女、まるで別の自動人形かと思ったほどだよ。あんなに細かく表情を変える自動人形は見たことがない。勿体無いよ」
ヨシュアは清算台から首を伸ばしてフランを眺める。その顔から興奮が見て取れた。
しかしアレックスは嬉しくもなく、ただ重たい嘆息を落とす。
「ちょっと見たことない
興味深そうに機械の娘たちが語らう様子を見物する。
「もしかしてオーダーメイド品?」
ヨシュアの問いに無言で頷いた。
「羨ましいね、男の夢だ。理想の美人を生み出すのさ」
「そんなつもりじゃないけど。大体、僕が作らせたものじゃない」
「まあ、そうだろうね」
「親の所有物だ」
「じゃ、護身用のメイトか。親御さんは重度の自動人形
自動人形には精々数限られたパターンしかない。
顔、声、手足、目、等々――それぞれ市場に出回っているパーツは数百程度に過ぎない。それらを組み合わせることで、ユーザーは自分好みの自動人形を作り出す。
部品を自作する者もいるが、多くの技術や資金を要するため、ほとんどのユーザーは既製品で済ませてしまう。
この店の看板娘・リーズを構成するパーツも、アレックスでもおおよその見当がつく、見慣れたものだった。
華奢な少女趣味の身体と顔はヴィリエ社、燃える赤い髪はシェリー社、手足は店で扱っているような個人製作品だろう。声はエリシヤ・ワークスの純正品、一九二〇年の人気モデル〈
少女型自動人形のお手本を示すような組み合わせだった。
同じように、自動人形の性格も百程度の基礎パターンから選ぶ。その後の成長度合いによって差が生まれるのだ。
リーズは接客上手に育っているらしい。基礎パターンのうち、商用性格の『
「……本当に勿体無い」
ヨシュアが心底から呟いた。
「《ボックス》の機能を百パーセント引き出すことができれば、自動人形の感情表現は人間と見分けがつかない――と、一時期どの専門誌にも書かれていたけれど。彼女は八割くらい引き出しているんじゃないか?」
「今の法律じゃそんなことしたら捕まるよ」
リーズとの交流のなかでも、フランは目まぐるしく笑い、驚き、悩み、はしゃいで、また笑う。
「いっそ、このままでいいじゃないか」
「そういうわけにはいかない。困る」
「確かに。まあ、人それぞれか。――待っていて、地図を出すから。
あのお爺さん、名前はわからないからモールの皆はドワーフって呼んでいるんだ。
ドワーフさんを見かけないかと聞いてまわれば、目撃情報が集まるはずだよ。
店のほうでも探してみる」
「助かります」
「いや、いいって。地図、転送するよ。
大体この辺で見かけたっていうところに印が付いているから。
御礼なんて、いいんだ。だから、フランを作った職人を紹介してくれないか?」
「だから、僕も知らないんです。親が全部やったので」
「なんだ、きみ自身はあまり興味がないのかな。そのうち親御さんに聞いておいてくれないか」
「それなら出来ます。分かり次第メールで知らせますよ」
そんなつもりはまったくないのに、抜け抜けと答える。
「ヨシュア。フランたち、もう行っちゃうの?」
「また後で状況を知らせに戻って来るよ。リーズ、あんまりフランに押し売りしないこと。店の品格を疑われちゃうだろ?」
「はーい。じゃ、またあとでね、フラン」
「うん」
一足先に店のドアに手をかけて、アレックスが店内を振り返る。
「フラン、行くよ」
「あっ、待ってください、ご主人様……――ア――アレックス」
「……何?」
足を止め、フランを怪訝に見つめた。
思い切って名を呼んだ少女が、ありもしない心臓の高鳴りを抑えるかのように、胸に手を当てている。
「あの、ご主人様のことをアレックスと……名前で呼んでもいいですか? リーズみたいに……」
思いがけない言葉に声をなくし、呼吸まで忘れた。
思考も止まって、アレックスが棒立ちになる。
息を詰め、ヨシュアがリーズと肩を寄せ合って、ことの成り行きを見守った。
「アレックス……」
確認するように、フランの唇が名前を紡ぐ。
しかし主人は答えない。
僅かに肩が震えるのは、一体どんな感情によるものか。
「……アレ――」
もう一度、試みる。
その声を、少年の叫びにも似た言葉が遮った。
「――僕のことは、ご主人様と呼べっ!」
咄嗟に出た声に、アレックス本人も驚いた顔をしている。
瞬間に、しんと店内の空気が強張った。
失言に気づいて、少年が唇を引き結んだ。
「名前で呼ぶな。絶対にだ。これは、命令だ」
「……はい」
肩を怒らせて店を出て行く主を、少女が追う。
二人が去って、リーズとヨシュアが顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。
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