第1話 任命
首都中央。 色とりどりのレンガやコンクリートの住宅地、商業施設に囲まれた中に、それはそびえ立っている。
異質なまでに黒で固められたもの、これはコンクリートや合金、果ては魔法により精製された魔術鉱石などを惜しみなくつぎ込んだ、曰く『鉄壁』の要塞だ。 理論上は打ち破ることは不可能と建物の主、軍の司令部は住民にふれている。
バーンシュタインは、そこに居た。
最上階中央、木製の重厚な二枚扉の前に立つ。
一呼吸置いてから扉を四度、壊れないようにノックし、声を張る。
「キャリー・バーンシュタイン魔導一等陸佐出頭しましたー」
中からは「おぉ……良く来てくれた! 入ってくれ」という歓迎の声が聞こえ、扉が開く。
目に入ったのは、凝った彫刻の入った木製品で統一された部屋。 中央窓際に配置されたデスクにあるやはり豪奢な椅子には、しかしてアンバランスな、7歳ほどに映る少年が腰かけていた。
「相変わらず仕事が早いの!」
そう言ってデスクの上に跳び乗る。
「今度は何用ですか? ヤシロ魔導陸将」
ヤシロが立っているデスクに近寄りながら要件を聞く。
「また戦争だよ。次はペトログリモアとだな。東に隣接している国だ」
彼は椅子ではなく机に座り話し始める。
「またですか……」
「まだ報道はされてないが、先日魔術で国境線を超えて斥候の兵が侵入してな。まあ、返しはしなかったよ」
「はぁ……」
「いかんせん問い合わせても相手は『知らん』の一点張りでな? 超高々度偵察をさせたところなんと! 敵軍がえっちらおっちらと西に進軍しているではないか。という訳で緊急招集した」
「面倒ですね。相手は交渉のテーブルにはつかないのですか?」
「つかないな。というか我が国自体、あの国に座らせる気が無いらしいよ。勝てると分かっているからだろうな。というか金目当てだろ。他にも色んなモノをぶんどれる。現政権の支持率だって上がるだろうよ。まっ、勝てればの話だがね」
「で、閣下と話しは?」
「したよ! そりゃあ沢山したさ! でもね、もう、どの党の議員も老人会の連中もやる気満々なんだよ。行きはよいよいってやつさ」
「戦争すると?」
「わっしだって好き好んでやってる訳あるか! あほー! 後片付けをするのはわっしらなんぞ?! 誰が進んでやるか! だいたい……教会にホルマリン漬けか、軍に入るかの二択を問われれば、ほとんどの者は後者を選ぶだろうよ。それよかわっしはな、一日中ダラダラ過ごして暮らしたいんだ!」
ヤシロは子供のように駄々をこねる。が、そんな事には慣れているのか、彼女はやれやれといった表情を見せる。
「相変わらずのニート思考ですね……というか今度はショタの姿ですか?」
「イエァ。去年は……」
「渋いイケメンおじ様ですね」
「そうそれ! 歳を取ると……ね!」
バーンシュタイン 元おじ様に冷ややかな眼差しを向ける。
「いや! 待って待って! 実際には年老いてないし、比喩表現だけれどぉ!?」
「はいはい、本物は何処に?」
「この下に埋まってる」
「その冗談はもう飽きましたよ」
いつものやりとりに彼女はやれやれですね、と微笑む。
「ははは! はぁ……で、本題に移るが、貴官には前線で魔式特別作戦群の指揮を執ってもらいたい」
「えっ」
魔式特別作戦群、通称魔式はその構成員全てが魔術を使える者で構成されている特殊部隊だ。科学技術の発達した今日、一々修得に時間が費やされる魔術は自然と衰退。魔術師人口は全人類の半分を切っている。
「いやぁ、丁度そこで指揮していたロー郡長が有給取っちゃって指揮する適任な人いないんだ☆」
「いないんだ☆ じゃありませんよ!! 特殊部隊の指揮とれと!? そりゃあ、普通科は何回も指揮しましたけれども、特殊部隊は一回もないですよ!」
彼女は驚愕の表情を浮かべそんなのやってられっかとばかりに拒否する。
「ダイジョウブダイジョウブ。普通科を259回も指揮してるんだから! いけるいける!」
ヤシロは机の上で立ち上がって、ガッツポーズした。
「全っ然大丈夫に聞こえないんですけれどぉ……」
「ほら! それにわっしと同じで不死身なんだからさ!」
「不死身ではありますけれど、全盛期と比べるとそうでもありませんからね……あなたはそれをよく知っているはずで……」
「良いじゃん良いじゃん。それに、そこらへんにいる神でも二割だしていない貴官を殺せないだろ!」
どんどん指揮官の任から逃れられなくなっていく。
「それは……」
「しかも全盛期よりも今の方が修得している魔法の数も質も違うだろ? 今、あの力が弱くてもそれらで簡単にカバーできるよ。まだ23歳なんだからチャレンジしようぞ?」
「し、しかしっ……」
「天秤の繰者が弱気になってどうするー!」
「あ、あんなのは……軍学校が勝手に付けた二つ名じゃないですか……」
「なんだっけ、どんなに劣勢な戦局も覆すことのできることから付けられたんだっけ?」
「その二つ名、結構恥ずいんですからね……」
顔を真っ赤にして軍帽をぐいと押しかぶる。
「まぁ、どうせ魔式の指揮執らないし、暇なんだからプロパガンダ用ポスターの撮影にでも行こうかー?」
「わ、分かりました……やりますよ……」
結局、必死のできませんアピールも虚しく、バーンシュタインは指揮官を引き受ける事になった。
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