第十七話;過去の瑠那、前編
勇気はアキの子供であり、予言で伝えられた申し子であった。
瑠那はその申し子の母親であり、つまり、予言の人だった。彼女は体内に、ワクチンを所有していた。
それはつまり……。
瑠那は、事故に遭って亡くなったと警察は判断した。
しかし莉那はそれを信じず、誰かに殺されたと考えていた。
時は、5年前まで遡る。
瑠那はまだ、アキと出会う前だった。
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「ただいま~!」
今日も元気に、莉那が学校から帰って来た。
「お帰り~!」
私は、莉那よりも元気な声であの子を迎えた。
莉那はまだ小学生。活発なこの子に合わせるのは、体力が要る。
両親は、1年ほど前に交通事故で他界した。親戚は遠い場所にいるので、私は莉那と2人で暮らす事を決めた。高校を中退して、今は昼と晩に近所の食堂で働いている。
それでもこの子が学校に行く時と帰って来る時だけは、必ず家にいる事にしていた。
「お姉ちゃん、今日もお仕事?」
「2時間ぐらいしたらね。夕方からお客さんが増えるから、戻らなきゃいけないの。……莉那、寂しい?」
「ううん!大丈夫!私には、テンちゃんがいるから!」
「………そう。」
この子は強い。まだ小学生なのに、寂しいと言う言葉を言わない。私は今年で17歳になるけど、まだ両親の他界が信じられない。
でも!弱音は吐いていられない!莉那と一緒に毎日を、出来るだけ楽しく過ごすのだ!この子には私しかいない。たった2人の家族なんだ。私が悲しい顔をすると、この子も悲しくなる。
テンちゃんとは、私が莉那に与えた手作りのぬいぐるみだ。勿論、デザインも私が考えた。
「それじゃ、お姉ちゃん行くから。キチンと歯磨きしてから寝るんだよ?」
「は~い!行ってらっしゃい!」
私は昼と夜、同じ食堂で働かせてもらっている。莉那が学校に行く時はまだ開店前、帰って来る時は、ちょうどお店も暇だから休憩を貰えた。
あの子が学校から帰って来ると少しの時間だけ一緒にいて、早めの夕食を済ました後にもう1度食堂に戻る。
私が食堂から帰って来た時には、莉那はもう寝ている。寝顔は天使のように可愛くて、笑っているようにも見える。
テンちゃんは…この子の寝顔をデザインしたぬいぐるみだ。余り似ていないからかな?莉那は気付いていない。
そんな忙しい毎日を送っていたある日、私は彼と出会った。
「野菜炒め定食……お肉抜きで……。」
彼は、不健康なくらい肌が白いお客さんだった。いつもお昼の忙しい時に来るんだけど、日の光を浴びたら倒れちゃうんじゃないか?って思うくらいに白かった。
「またそのメニューですか?他にも美味しいメニューありますよ?」
1週間続けて同じものばかりを食べるこの人に、私は初めて声を掛けた。
(この肌の白さ、不健康さ……。お肉を食べさせなければならない!)
「あっ………いや………はい………。次からはそうします…………。」
「……………?」
不健康なだけじゃなくて、人との会話も上手くないみたい。緊張しているのか、ろれつも回っていない。
「あの!」
「……はい?」
「あっ、いえ………。その………何でもありません。」
(……………やっぱり変な人だ。)
彼との出会いは、そこから始まった。
結局、彼はそこから更に1週間、野菜炒め定食…お肉抜きを食べ続けた。
(今日こそは違うメニューを食べさせないと……。この人、本当に死んじゃう!)
そう思って、3週間目に突入した彼の来店日に、私はもう1度声を掛けた。
「お名前は??」
「………僕ですか!??ア、アキと言います。あの……あ、貴方のおなま………。」
「アキさん!いい加減に他のメニューも食べて下さい!少なくとも、お肉抜きは止めなさい!」
「えっ………!?あっ………。」
「毎日来てくれる事は嬉しいですけど……見ていて心配です!今日、他のメニュー食べなかったら……お肉食べなかったら、入店禁止にしますよ!」
「えっ!!?それは困ります!!ここの食事は美味しいし、それに……」
「それに……何ですか!?」
「あ…………貴方に会えなくなるのは嫌です!お肉食べます!いっぱい食べます!だから!!……明日も……お店に来て良いですか?」
「………………。」
付き合ってからの彼を考えると、あの頃の彼は不器用なだけの人だった。それを言うと、彼は照れながら否定する。
照れる顔も可愛い。私だけに見せる、無邪気な彼の素顔だった。
そう……私達は付き合う事にした。
お肉を食べたその日からの、彼の猛アタックは凄かった。人が変わったように積極的な態度を示してきた。
高校を中退して社会に出た私にとって、異性との会話は新鮮だった。それに正直彼は、私のタイプだ。白過ぎる肌は別として………。
あっ!不健康そうに見えたのは、ただ緊張していただけ。食堂に来る前に物凄く緊張して、時には吐いていたみたい。積極的になってからの彼は、健康そのものだったの。
最初は、彼のアタックを喜びながらも拒否していた。私には莉那がいる。彼と付き合ってしまうと、莉那が悲しむ。2人だけの家族だから……。
それでもいつの間にか、私は彼を拒む事が出来なくなっていた。直向なアピールに負けてしまった。
私も……彼の事を愛した。
お昼の仕事を終えて莉那が学校から戻って来るまでの間に、私達は毎日のようにお喋りをした。お金がない私にとっては、それがデートだった。
私は莉那の事、両親の事、家の事情を彼に伝えた。そして返って来た言葉にビックリした。彼は少し遠くの町で、有名な会社の社長をしていると言う。最初は信じなかった。若いあの人が、そんな大きな会社の社長だとは思えなかった。
彼は築き上げた財産で私達を助けてくれると言った。でも私は断った。自分で働けるなら、そのお金で生きて行くべきなのだ。
それからもお喋りだけのデートは続いた。私は彼の話を嘘だと思った。彼にもお金がない。大企業の社長でもない。そう思った。
でも違った。彼はお金を持っていた。お喋りだけのデートは、私の身の丈に合わせてくれた結果だった。それが嬉しかった。
だから私は…彼と付き合う事にした。但し条件付きで。
条件とは、2人の関係を莉那には教えない事。会っても駄目だし、お小遣いなんて以ての外!そして、私と莉那の時間を最優先する事。平日は勿論、休みの日は彼には会わず、莉那と一緒に時間を過ごさせる事。
厳しい条件だったけど、彼は守ってくれた。
お喋りデートは、それから2年近くも続いた。それでも私達は、お互いの気持ちを育む事が出来た。
「結婚して欲しい。」
私が成人を迎える前に、彼からのストレートなプロポーズ…。
頭に浮かんだのは莉那の事……。プロポーズは嬉しかった。私には彼しかいない。
でも、その告白は早過ぎた。
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