第十八話;過去の瑠那、後編

 5年前の、瑠那を目の前にするアキは、今では考えられない姿をしていた。彼は恐らくこの事を、灰になるまで誰にも話さないだろう。



 2年ほどの交際を経て、アキは瑠那にプロポーズをした。

 瑠那には早過ぎるプロポーズだったようだが………。


 ---


「無理!」

「………えっ!?」

「私はまだ20歳にもなってないし、何よりも、莉那がまだ中学生なの…アキだって知ってるでしょ?」

「…………。」

「知ってるでしょ!!?」

「はいっ!知ってます………!」

「それじゃ、まだ結婚出来ない事も分かってるはずじゃない?莉那が独り立ちするまで、私は結婚しません!」

「……………。」

「だから…………。」

「…………………?」

「莉那が独り立ちしたら…今の言葉、もう1回言って!」

「……………?」

「………その時は、謹んでお受けします。」

「…………?………!!!」


 それから私達の関係は少し変わった。莉那も中学校に上がって、部活動を始めた。莉那が家に帰って来ない夕時には、アキの家に行く事が多くなった。


 彼は、本当にお金持ちだった。ビルの最上階に広い家を持っていて、会社も同じビルの中にあった。他の会社もビルの一室を借りていて、アキは誰からも一目置かれていた。


 …私は、ビルにいる人達の視線が気になった。私とアキは、不釣合いなようだ。特に受付のエミリーさんは(ところで、何故エミリー?)、私を冷たい目で見ていた。


 莉那には申し訳なかったけど、アキへの気持ちは止められなくなっていた。

 莉那には仲が良い友達が出来て、時としてお泊りをした。相手が女の子なので私はそれを許し、莉那がいない晩には、私は…アキの家で過ごした。


(………姉失格だ。でも!まだ一線を越えた訳じゃないからね!?)




 ある日…罪悪感を背負いながらも、私は家を出て行く事にした。莉那には遠い所で就職が決まったと嘘をつき、アキの家で暮らす事にしたのだ。

 週末だけ莉那に会いに行った。近所の人に世話を頼み、食事は、私が働いていた食堂で食べるようにさせた。

 アキは、莉那も一緒に住めば良いと言ってくれたけど、高校に進学するまでは両親が残した家で暮らさせる事にした。アキのところに引越しすると転校しなければならないし、何よりも莉那には、苦労を覚えて欲しかった。

 それでも、高校進学までは後1年だけだ。その間だけ、莉那に無理をさせた。



 そして……私とアキが一線を越える夜が来た。


「命ある限り、貴方を愛します。人間の命は短いけれど、その全てを貴方に捧げます。」


 結婚を約束した私達は、結ばれようとしていた。でも寝室で私の誓いを聞いた後、アキが悩んだ顔を見せた。

 結局その日、私達は結ばれなかった。


 彼の苦悩は数日続き、それに気づいていた私は尋ねた。そして……

 彼の正体を教えられた…。最初は信じなかった。彼が自分の腕を傷付け、それが数秒で治ったのを見て信じるしかなくなった。


 私は……それでも彼を愛する事を決めた。



 男を知らない人間の女性は、血を吸われると吸った者に対して従順になるらしい。彼は正直に話してくれた。そうでなくとも生まれる子供は、ドラキュラとして生まれるらしい。彼は、その事でずっと悩んでいた。

 私は、彼が居ればそれで良かった。財産にも興味がない。だから彼が貧乏であろうが、ドラキュラであろうが関係なかった。

 それに子供も欲しかった。子供が出来れば、家族が増える。ちょっと不思議な家族になっちゃうけど、莉那が喜んでくれそうだ。あの子が中学を卒業してここに来た時には、家族は4人になっているのだ。

 私は、莉那が大人になるまで人間として生きる事を条件に彼を受け入れ、そして子供を身篭った。


 血を吸われなくても、私は灰になるまで彼を愛し続ける。その自信があったし、アキも私が、自分の意思で愛する事を望んでいた。



 子供を身篭っても、アキは悩んだ顔を見せた。生まれる子供に選択権はない。子供は必ず、ドラキュラとして生を受けるのだ。

 だから私は子供に、勇気と名付けた。ドラキュラであろうが、この世に生を受けるのだ。太陽の光には弱くてもお日様の下、正々堂々と生きて欲しかった。




 勇気は、僅か数ヶ月で産声を上げた。ドラキュラとして生まれる子供は、時としてそうなるらしい。


 私とアキは勇気の誕生を喜んだ。でも勇気の目を見た時、アキは不思議そうな顔をした。彼曰く、勇気はドラキュラとして生まれて来なかったそうだ。

 ドラキュラになる事を心に決めていた私にとって、それはショックだった。その時だけは、ドラキュラになる事を拒否しようとした。ドラキュラになると、寿命が長くなる。歳も取らない。親よりも先に死ぬ子供は親不孝だ。私は勇気を、不孝者にしたくなかった。



「私は、ドラキュラになりたくない…。このまま勇気と、人間として生きて行きたい。」

「……何度言えば分かるんだい?僕らはドラキュラじゃない。ヴァンパイアだ。」

「あっ、ゴメン。」

「それに……君はなりたくても、ヴァンパイアになれない体だ。」

「えっ?」


 勇気を出産して体の疲労もまだ取れない頃、私は彼に嘆願した。返って来た返事は、嬉しくもあり、悲しくもあるものだった。

 私の遺伝子にはヴァンパイアへの耐性があって、ヴァンパイアになりたくても…なれないと言う。アキが色々と調べた結果、昔にそんな人が2人いたらしい。


 そして勇気は……特別な体を持つ子供として生まれた。ヴァンパイアに対しても、人間に対しても脅威となり得る体質の持ち主で、どっちに転ぶかは、成人になるまで分からないと言う。

 アキはそれでも、勇気は自分達の子供に変わりはないと話してくれた。勇気がドラキュ……いえ、ヴァンパイアとして覚醒したなら親不孝者にならないし、耐性を持つ人間として覚醒すれば、そのウィルスを受け入れれば良い事だと言ってくれた。

 彼は私と勇気の為に、人間に戻る事すらも約束してくれた。


「勇気の血は強い。『祖』と、同じ濃さを持ってるはずだ。ヴァンパイアとして覚醒すれば、同時に『親父越え』をする子だ。」


 そんな冗談も言ってくれたけど、勇気が耐性を持つ人間として成人を迎える事も望んでくれた。彼は、私達と共に生きて死ぬ事を望んでくれたのだ。


「そうなったら、私は40歳で勇気は20歳、貴方は……30歳ぐらい?そんなの不公平!」


 私もそんな冗談を返しながら、勇気の成長を見守る事にした。


 もう…この子が人間でもヴァンパイアでも良い。私とアキは、どう転んでも幸せで居られる事を確認したのだ。




 でも、その幸せも長くは続かなかった。勇気と私の存在が、老人達にばれたのだ。

 アキ曰く、老人達はヴァンパイアの中でも古い人達で、『祖』に近い濃い血と、目的に対して、比べ物にならない冷酷さを持っていると言う。


 老人達は、私達の下に何度も刺客を送って来た。私を殺し、勇気を奪って行く為だ。

 奪われた勇気は、成人になってヴァンパイアとして覚醒しなければ、その場で殺される。


 刺客は皆、血が濃い者ばかりだった。その度にアキは傷つき、何度も灰になりかけた。


 このままではアキが消されてしまう。そう思った私は、アキの下から去る事を決めた。

苦しい決断だったけど、アキが灰になるのはもっと苦しい事だ。


 幸いにも、私はアキにすら莉那の居場所を教えなかった。




「あっ、お姉ちゃん!久し振りだね?何ヶ月も戻って来ないと思ったら………。!!?誰の子?」

「……………。」


 お腹が大きくなってからは、莉那に会えなかった。


「私の子。名前は、勇気って言うの。」

「えっ!!!お姉ちゃんの子!?いつの間に!?」

「ゴメン、事情があるの。」


 アキの事も話せない私を、莉那は不浄者だと罵り怒った。


 それでも勇気を可愛がり、私をもう1度姉として迎え入れてくれた。

 少しの間だけ、幸せな時が戻った。4人になると思っていた家族は3人だけになった。アキに会えないのは寂しかったけど、それでも幸せだった。これまで辛い思いをさせた莉那に、少しでもその寂しさを返してあげたかった。



「瑠那って女、知らないか?」

「!?」


 アキからも隠れて生活していたある日、働いているスーパーで私を探す人が現われた。スーパーは、暮らしている町から遠く離れた場所だったのに……。


「さぁ……知らないね。誰だい?その子。何をしたのさ?」

「………。」


 パートのおばちゃんが、私を守ってくれた。


(…………………。)


 その晩、私は決心した。



「えっ?家を出る!?」

「お願いだから誰にも言わないで。私の事を聞かれても、知らないって言って。」

「何があったの?勇気はどうするの!?」

「莉那が面倒を見てあげて。1ヶ月もすれば戻って来るから。もし、戻って来なくても…。いえ、私はきっと戻って来るから……。その時まで勇気をお願い。ねっ!?」

「何があったか教えてよ!勇気のお父さんは!?」

「彼にも教えられないの。」

「悪い人なんでしょ!?勇気のお父さんが、お姉ちゃんを苛めてるんでしょ!?」

「………莉那。あの人は悪くない。誰よりも強く、そして優しい人よ。」

「…それじゃ…どうして……?」

「だから教えられない。教えたら、莉那にも迷惑掛けちゃう。」

「………………。」


 そうして私は莉那に勇気を預け、老人達がいる場所を探した。


 結局老人達には会えず、送られて来た刺客と出会った。



「お前が瑠那か?勇気は何処にいる?」

「勇気の居場所は誰にも教えません。老人達に会わせて下さい。お話があります。」

「人間の分際で、生意気な口を叩くな!」


 刺客は、先日スーパーに訪れた男だった。


「会わせてもらえないなら、勇気の居場所も教えません。」

「ふざけるな!吐かせる方法は、いくらでもあるんだ!」

「……覚悟は出来ています。勇気と……アキを守る為なら命も惜しくない。」

「!?」


 私は道路に飛び出し、走って来る大型トラックに身を任せた。


 私が死んだ事を知れば、老人達は勇気を諦めるかも知れない。アキにだって、莉那の居場所を教えていない。手掛かりもなくなるはず……。アキもこれ以上、刺客に狙われない。勇気は、莉那が必ず守ってくれる。


(莉那…ゴメンね。約束守れなかった。また2人きりにしちゃうけど…必ず勇気を、立派な大人に育ててね?)


 薄れて行く意識の中で、刺客が慌てふためく声が聞こえた。…誰かと電話をしているみたいだ。


「エミリー!瑠那が自殺しやがった。走って来るトラックに突っ込んだんだ!!アキは、本当に勇気の居場所を知らないのか!?畜生!こいつだけが頼りだったのに!」


(…………。そうか……エミリーさんが……。)


 何となく分かっていた。彼女がアキを愛している事を……。

 でも、私も譲れなかった。



 …彼女が黒幕だったなら、都合が良い。彼女は、アキが本当に私や勇気、莉那の居場所を知らない事を証明してくれる。

 アキは…もう無事だ。私が死ぬ事で、アキは灰にならずに済むんだ……。



 勇気……。莉那を、お母さんだと思って立派に育ってね?私の妹なら、きっと可愛がってくれるはずよ。


 莉那……。苦労だけ掛けて、本当にゴメンね?私が死んだ事を疑問に思ったなら、勇気を連れて何処かに逃げて………。


 そして気をつけて………。あなたの体だって…………。

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