第十五話;エミリー、本名は恵美
恵美は、アキが人間界に溶け込み始めた頃に現われた女性だ。アキから血を分けてもらい、エミリーとして生まれ変わった。
彼女はアキから血を授かった。つまり『祖の程度』が、相当に濃いヴァンパイアだ。
そして彼女は、処女の内にヴァンパイアになった。
…実は彼女は、アキに従順だ。アキを愛している。
しかしアキは知らない。それはエミリーの…………。
---
アキさんの家に入った男……。私が、彼を知る前に出会っていたヴァンパイア……。
態度が悪い。人相も悪く、頭も悪そうに見える。どうしてアキさんは、そんな男と知り合いなのだろう?
アキさんは寛大過ぎる。そして偉大過ぎる。彼ほど、私を認めさせた人はいない。
私は100年ほど前、20代半ばの頃にヴァンパイアになった。彼の血を分けてもらったのだ。
それまで私は、男を知らなかった。興味がなかった。男にも……。そして、人間にも……。
(……そうか……。あの男が、アキさんが言ってた男か……。)
『君のように賢明な女性は、見た事がない。ただ…その悪態は、僕が知ってる友人とよく似ている。』
アキさんが私の首筋に牙を立てた時、話してくれた事…。あの頃の私と今日の男は、似ているかも知れない。
(あの男もきっと、人間を嫌っている……。)
私は当時、誰を見ても腐っていると思っていた。
両親が離婚し、幼かった私は親戚の下で世話になった。……父親も母親も、私を引き取らなかった。捨てられたのだ。
行った先の待遇も悪かった。私を可哀想だと言うのは表面だけ。実際は私を蔑み、奴隷のように扱った。彼らの子供達は、私が泣き叫ぶ姿を見たくて暴力を振るった。そんな子供達を、彼らは止めもしなかった。
その時から私は、人を信じなくなった。
それは社会に出ても同じだった。寄って来る女達は、何処かで私を見下していた。男達は、私の体だけが目当てだった。
人間は……本当に腐った存在だ。
そんなある日、アキさんに出会った。彼を見た瞬間、他の人間とは違う何かを感じた。
だから彼を追いかけ、そして正体を知った。人知れない物影で、アキさんは人間の血を吸っていた。衝撃だった。
(愚かな人間共を、餌にしている……。)
彼が羨ましかった。
やがて彼に認めてもらい、ヴァンパイアとして生まれ変わった。
彼の血は濃い……。私は人間のものを、遥かに超越した力を手に入れた。
私は彼から授かった力で、人間を支配しようと考えた。
しかし叶わなかった。彼の血がそうさせた。処女だった私は、彼の影響を大きく受けた。彼の血が、私を支配したのだ。
人間だった頃に、彼に聞いた事がある。処女の内にヴァンパイアになった者は、血を吸ったヴァンパイアに対して従順になると……。
しかしそれはつまり、血を吸ったヴァンパイアが望んだ通りの性格になると言う事だ。
ヴァンパイアが誰かを気に入り、その人を支配したいと思って血を吸うと、吸われた者はそのヴァンパイアを愛してしまう。…吸った者が、自分を愛せと望んだからだ。
でもアキさんは、私にそれを望まなかった。彼は、自分と同じように『寛大であれ』と願った。だから私の、人間に対する憎しみは消えないものの、殺そうとする行為は抑制された。
また、彼はその寛大な性格の為、感情を上手くコントロール出来る。その血と願いを授かった私もそうだ。血が濃い者は、少しの興奮でも変身してしまう。本来なら私もアキさんも、昼間から外に出てはいけない危険な身だ。いつ何処で姿を変えてしまうか分からない。
だけどアキさんと私の場合、滅多な事がない限り変身しない。だから昼間でも太陽の光の下で暮らせる。
それでも今日は危なかった。あの男が来てアキさんの名前を言った時、姿を変えてしまった。アキさんの濃さを知りながらも、私はあの男を警戒した。
アキさんを少しでも危険な目に遭わせる者に、私は容赦をしない。
どうやら私は、アキさんほど感情をコントロール出来ないようだ。それは多分、アキさんよりも血が薄いから。
そして……
(アキさんはまだ知らない……。私が、アキさんを愛している事を………。)
処女の内に血を吸われたせいなのか、それとも、私自らがあの人を愛しているのか……あの時まで分からなかった。
あの女が現れた時、初めて自分の心の内を知った。
だから私は…あの女が許せなかった。
(瑠那…。貴方は私から、アキさんを奪った…!)
瑠那を殺そうとした。でも出来なかった。行動に移せなかった。アキさんが私に、『寛大であれ』と願ったからだ。あの女を恨む事は出来ても、傷1つつける事が出来なかった。殺したくても私の中の何かが、その感情を押し殺した。
アキさんが植え付けたものは、寛大さではない。
……呪縛だ。
あの人は良かれと思って植え付けたけど、私にとっては不必要なものだ。
百歩譲って愚かな人間を、私を蔑んだ人間を殺せなくとも良い。だけど彼は私に、私が彼を愛する事も、彼を独り占めしようとする事も禁じた。
瑠那さえ消えれば、アキさんは私を見てくれると信じた。しかし私の爪はあの女の皮一枚、貫く事が出来なかった。
だから私は、他の方法で瑠那の命を奪おうとした。
あの女には秘密があった。数千年も続くヴァンパイアの歴史を、覆すかも知れない秘密だ。その秘密は、アキさんと私だけが知っていた。私はそれを利用し、瑠那の命を奪おうとした。
だけど……それが私を苦しめる事になった。
結果、瑠那は死んだ。私の計画は達成された。アキさんが振り向いてくれると思った。
でも、瑠那の死で確認出来た事は……アキさんの、瑠那に対する絶対的な愛だった。そこに私が入り込める隙間はなかった。
アキさんは瑠那の死を悲しみ、もう誰も愛せないと言った。ただ1人を残して……。
でも、それは親子の愛だ。男女間の感情ではない。
そして私は、瑠那の死を悲しむアキさんを見て知った……。彼は血を吸う時、自分を愛せと願わなかった。求めなかった。
アキさんに植え付けられたと思っていた愛は、瑠那の死に因って否定された。ショックだった。
でも、それと同時に分かった事もある。私は、自らの意思で彼を愛していると言う事だ。決してヴァンパイアとしての性から、処女の内に血を吸われた女だから愛したのではない。
何故なら…彼は私を求めなかったのだから……。
自分の意思で彼を愛していると分かった時、私は自由を得た気がした。生まれて初めて誰かを愛したのだ。それがアキさんであった事が幸せだった。
でも、彼はまだ知らない。彼は私の事を、ヴァンパイアの性から開放された者だと、進化を遂げた者だと褒めてくれる。
(…本当は……あの人が求めなかったからそうなった……。)
でも、それが私の魅力であるなら、私は最大限に利用するつもりだ。
私に残された方法はただ1つ……。私があの人を愛するのではなく、あの人が私を愛するように仕向ける事だ。
愛していると打ち明ければ、きっと彼は失望するだろう。私の事を、ヴァンパイアの性から抜け出せなかった者だと、平凡なヴァンパイアだと見下すだろう。
だから私は、常に感情を押し殺す。あの人を、愛していない素振りを見せる。……それが彼の関心を引き寄せられる、唯一の方法だ。
私は諦めない。例え何百年掛かっても、必ず彼を私のものにする………。
……必ず…………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます