第十四話;アキ

 尚人とアキは、100年振りの再会を果たした。


 アキは、とある栄えた街の高層ビルに暮らしていた。代表とも呼ばれ、彼をそう呼ぶ受付の女性はヴァンパイアだった。

 アキが…彼女をそう変えた。



 アキは尚人の、突然の訪問を喜んだ。彼はまだ、尚人が訪れた理由を知らない。


 ---


 誰が訪れたのかと思えば、まさか新之助が現われるとは……!


(やっぱり彼とは、何かの縁を感じる…。)


「久し振りじゃないか!?さあ、再会を喜ぼう!」

「……相変わらずいけ好かないな?」


 再会を抱擁で喜ぼうとしたが、どうやら彼は嫌らしい。

 …この性格も懐かしい。彼は、相変わらずのひねくれ者だ。


「君は、あの頃から何も変わっていないな?」

「……………。」

「エミリー、もう大丈夫だ。僕の旧友だ。怪しい者じゃない。」

「エミリー??」


 僕は受付のエミリーを帰した。信頼を寄せてくれる女性だ。頭も良い。

 そうか…エミリーの事を新之助は知らない。彼と別れた後に出会った女性だ。

 

 彼女は勘が良かった。僕をヴァンパイアだと見抜き、自分もそれになりたいと願った。僕は同族を増やす性格ではないが、エミリーはヴァンパイアになるべき人だった。


(彼女は唯一、僕が血を分け与えた人間だ。)


「あの女は、お前がヴァンパイアにしたのか?」

「……そうだ。彼女がうら若き頃に変えてあげた。彼女がそれを望んだ。」

「変わったな…?お前はそんな奴じゃなかった。」

「……僕も、もう少し人間を知ろうと思ってね。馬鹿な旧型だと考えていたけど、興味を持ち始めると、色々と驚かされたよ。今では敬意も覚えたさ。」

「…………。」

「彼女は、処女の内に僕をヴァンパイアだと見抜いた。そして、自分も変わりたいと望んだ。僕は彼女を認め、初めて人をヴァンパイアに変えた。凄い事だと思わないか!?彼女は、若くして人間を悟っていたんだ!!」

「…この100年の間に、何があった?」

「……………。」


 僕は彼と別れてから、人間の世界に潜り込んでみた。

 その理由は彼だ。彼は何も知らないだろうけど…。


 新之助は人間を憎み、ヴァンパイアまでも憎んでいた。だから僕は、彼の側で色々と教えてあげる事にした。あの頃の彼は暗く塞ぎこみ、尖っていた。400年以上もヴァンパイアとして生きていたのに、その素晴らしさを知らずにいたのだ。


 彼が自分の存在を認め、少し丸くなった頃、僕は彼から離れた。一緒にいる内に、これまで関心を寄せなかった旧型に興味を持ち始めた。


 別れてからは、人として生きた。人間にもヴァンパイアにも正体を隠し続け、人間として成功を収めた。会社も設立し、莫大な財力も備わった。

 5年ほど前にこの町で住み始め、ヴァンパイアとしての姿も現し出した。


 150年振りにヴァンパイアとして生き始めたが、その間にヴァンパイアも落ちてしまった。人間よりも性質が悪い輩が増えた。僕達は、新型の人類だ。人間よりも劣っていては意味がない。

 むしろ人間の中には、素晴らしい可能性を持つ者もいた。エミリーと……瑠那だ。


 エミリーは素晴らしい女性だ。

 彼女は、元々の名前を恵美と言う。ヴァンパイアに生まれ変わった時、エミリーと名前を変えた。

 僕が『名前を変えても、何も変わらない。名前など意味を持たない』と教えたところ、『意味がないなら、拘る必要もないんじゃない?恵美でもエミリーでも一緒なら、エミリーって名乗るわ。人間にとっては大切な事よ』と返された。僕が言葉で負かされた。

 あの人は、本当に賢明な女性だ。


 そして瑠那は……。

 ヴァンパイアとしても、そして人間としても、僕が唯一愛した女性だった。




「あのエミリーって女、思いっきり日本人じゃねえか?どうしてエミリーなんだ?」


 ………そうだった。今は感傷に浸る時ではない。新之助との再会を喜ばなければ…。

 それに……


(どれだけ感傷に浸ったところで、彼女はもう、帰って来ない……。)


「彼女が望んだ名前だ。僕も馬鹿らしいと思ったよ。でも彼女は、自由な発想の持ち主だ。そこに敬意を払うべきだ。」

「処女の内にお前がヴァンパイアにしたなら、あの女に自由はないだろ?奴隷が欲しかったのか?」

「それだ!そこが素晴らしい!凄い事だと思わないか!?僕はエミリーを、処女の内にヴァンパイアに変えた。なのに彼女は自由なんだ。決して僕に支配されない。良いかい、新之助?これが人間の可能性だ!彼らは進化している。祖がこの世に誕生した時、進化の系図でヴァンパイアと人間は分かれた。僕らは、新世代の種として誕生したんだ。しかし数千年経った今、ヴァンパイアは劣る一方だ。分かれた進化の枝から前に進んでいるのは、僕達じゃない。人間の方だ。」


(瑠那もそうだ。あの人は……予言の人だった。)


「それに名前なら、君だって変えたじゃないか?尚人だって?案外、平凡な名前なんだね。それに、昔の君とは合わない。君もどうやら、落ち着いたって事かい?」

「五月蝿い。新之助って名前は、時代に合わないから変えたんだ。お前がそうしろと教えただろ?」

「あの時の君は、それも拒んでいた。」

「…………。」

「丸くなったって事だろ?僕のお陰かな?」

「……変わってないな、そのいけ好かなさ……。そう言うお前は、何故名前を変えない?」

「アキって名前は、今でも通用するだろ?君が変えなさ過ぎだ。150年前まで新之助だった。」



 どれだけ悪態をつこうが、僕は彼を気に入っている。

 彼は自身も、ヴァンパイアも、人間すらも嫌いだった。本当に手の付けようがない人だったが……そんな彼を好きになれた理由があった。彼の愛刀、紫時雨だ。彼はあの刀を大切に扱い、誰も傷つけなかった。人間だった頃を懐かしんでいたんだろう。

僕は、そこに彼の可能性を見た。そして見事に更生してくれた。彼がどう思おうが、今の彼がいるのは僕のお陰だ。


 そして、その人間への執着心が、僕に旧型への関心を沸かせた。



「ところで、どうやって僕の居場所を知った?僕も君を探していた。まさか、名前を変えたとは思っていなかった。そんな性格でもなかったし……。僕に探せなかったのに、どうして君が僕を見つけ出す事が出来た?」

「聞きたい事がある。別に、お前を探してた訳じゃない。むしろ、お前はもう名前を変えて、見つからないと思っていた。」

「???と言う事は、僕を探そうとしていたって事かい?」

「!!そんな訳ないだろ!?」


(相変わらず、素直じゃないな。)


「それじゃどうして?」

「………勇気って子供を、探しているのか?」

「!!!!君が何故それを!?」

「………………。」


 まさか彼の口から、あの子の名前が出るとは思わなかった。



 ああ、勇気………。僕らの大切な人。君は瑠那が残してくれた、僕の宝物だ。生きていてくれたのかい?新之助が、君の居場所を知っているのか……。何とも奇妙な巡り合わせだ。


 瑠那………。あの子が生きていたよ……。新之助が居場所を知っている。


 君に誓う。僕はもう2度と、勇気を手放したりはしない……。

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