第十二話;とてつもない秘密

 違う町から現われたヴァンパイアは、金目的で勇気を探していた。同じ町にいる、もう1人のヴァンパイアからの依頼だった。



 莉那は、尚人達が話を始めた頃から正気を取り戻していた。布団に包まって背中を向けながら、ずっと2人の会話を聞いていた。


 ---


 どうしよう……。まだ、体の震えが止まらない。


 尚人さんがドラキュラだって話は本当だった。目には見えない速さで、男の人の体を切り裂いた。

 そして、私を見る表情も変わっていた。


(公園で不良連中を相手した時、尚人さんはドラキュラに変身していたんだ。)



 2人は、私が知らない事も話していた。血の兄弟……同族……どう言う意味だろう?

 あの男の人も、私が処女だと知っていた。ドラキュラは処女の血が好きだと聞いた事があるけど、あの話も本当だったんだ。

 ドラキュラは、処女の匂いが分かるんだ……。だから尚人さんは、私が処女だと知っていた……。



「お前は、どうされたい?裕也って男は、俺が灰にした。奴はもういない。」

「!!そんな!」

(!!!)


 灰にした?もういない?あの大きな男の人は、やっぱり尚人さんが殺したの!?

 どうしよう……。怖い…。目が赤くなってからの、尚人さんが怖い。


「奴は人間を従え、悪さをしていた。俺を灰にした後、仲間の男を殺そうとした。そんな迷惑な奴に、町にいてもらっては困る。」


(………………。)


「それに、後ろで寝てる子にも手を出そうとした。もしお前も同じ考えなら、俺はお前を灰にする。」


(……尚人さん………。)


 こんな状況なのに…その言葉に私の胸は、またドキドキし始めた。


「何もしません!俺には、裕也ほどの血の気がない。自分の町で、のんびりと暮らしたいです!」

「血の気は……お前も裕也も同じに見えるが?さっきは何故、直ぐに姿を変えた?お陰で俺は、あの子の前で正体を曝け出してしまった。」


(……さっき自分で自分の事、ドラキュラだって言ってたじゃん……。)


「信じて下さい!本当です。俺の目的は金だけです!勇気ってガキの居場所を確認したら、男に伝えて報酬を貰うつもりでした。手を出そうなんて…考えてもいません!」

「………………。」


(………………。)


「俺はあのガキを、どうこうしようとは思ってません!ガキを自分の子供だと言い張って、逃げた女も一緒に探してるヴァンパイアの、手伝いをしてただけです!」

「…女?」

「勇気の母親です。女はガキを連れて逃げ、それから死にました。でも、勇気はまだ生きてるそうです。死んだ女の側に、ガキの死体はなかったそうです。」

「!!お姉ちゃんの事、何か知ってるんですか!?」


 私は、その声で立ち上がる事が出来た。


「!!」


 立ち上がって振り向くと、男の人が彫刻みたいに、胸と顔だけになっていた。

 もう1度、腰が抜けそうだった。


「気を取り戻したか?」


 ……尚人さんは、私が知ってる表情に戻っていた。


「怖がらせて済まん。君には、怖い目だけに遭わせている。」


 …そして優しさも…取り戻してくれている。


「気が確かなら、家に送ろう。もう深夜を過ぎた。」

「……私なら大丈夫です。それよりも、聞きたい事があります。」


 私は深呼吸を何度もして、気を確かに持とうとした。


 もう大丈夫だと思ったから、男の人に質問した。


「あっ………。私のお姉ちゃんの事、何か知ってるんですか?」

「………無理はするな。」

「お姉ちゃんは…誰かに殺されました。警察は事故だって言ってますけど、私は信じません!可愛い勇気を残して、死んでしまうなんてあり得ない!お姉ちゃんは…誰に殺されたんですか!?お願いします!教えて下さい!」


 私は結局、座り込んでしまった。話をする前に腰が抜けた。

 でも、聞きたい事は声に出来た。



「………この子の姉を、殺したのか?」

「滅相もない!俺は何も知りません。男からも、女は死んだとだけ聞かされています!」


 そんなはずがない。勇気を残して、お姉ちゃんが死ぬ訳がない。

 きっとこの人の仲間は、嘘をついているんだ。


「会わせて下さい!お姉ちゃんの彼氏に……勇気の父親って人に、会わせて下さい!」

「…その男の、居場所と名前は知ってるのか?」

「はい…。居場所は知ってます。同じ町に住んでいて、名前はアキって言います。」

「!!!!何!?」

(???)


 尚人さんが、その名前に驚いている。知ってる人なのかな?


「アキだと!?アキが、お前の町にいるのか!?」

「???はい…。アキと呼ばれるヴァンパイアが、5年ほど前から住み着いてます。」

「……………。」

「知ってる人ですか?尚人さん。」

「……俺が想像するアキで正解なら、知ってる事になる。……おい、今話した住所に、間違いはないんだな?」

「間違いありません。昼間の内は、いつもそこで寝てるはずです。」

「そうか……。それじゃ…消えろ。」

「えっ!??」


 尚人さんがそこまで言うと、男の人は消えていなくなった。

 机の上には灰が積もって、尚人さんが部屋の窓を開けると、その灰も飛んでなくなった。


 私は、もう1度放心状態になりそうだった。

 目の前で人が消えた。多分…尚人さんが殺したんだ。


「家に送ろう。今日は遅い。」

「………………。」

「?どうした?帰るぞ?」

「……どうして…殺しちゃったんですか?何故そんなに簡単に、人を殺せるんですか………?」

「…………………。」

「私を助けてくれるのは嬉しいです。感謝してます。でも、だからと言って殺す必要まではないじゃないですか!?」

「……済まない。君がさっき言ってたように、順番があったな。説明もしないままに、怖い思いだけをさせて……悪い。」

「………。」




 それから私は、尚人さんから色んな話を聞かされた。


 先ずは、ドラキュラとヴァンパイアの違いを教えられた。ドラキュラは、ヴァンパイアの1人らしい。………やっぱり実在したんだ。

 ヴァンパイアの歴史や性質、血の濃さがどうたらって話も聞かされた。尚人さんに殺された2人のヴァンパイアは、血が薄かったらしい。


 そして、2人を殺した理由も聞かされた。


『話し合いもせずに、暴力で訴えてきた。さっきの男は、君を爪で刺そうとした。君も見ただろ?』


 尚人さんの目が、赤くなった時だ……。


『経験上、そんな奴を許しても仕返しにやって来る。町の不良連中がそうだっただろ?』


(………………。)


 だからと言って、殺しても良いのかな?



 尚人さんは、600年生きて来たそうだ。さっきの日本刀は、その頃からの宝物らしい。

 私はまだ人の事をよく知らないし、ヴァンパイアの事なんてもっと知らない。そんなに長生きもしていないから、尚人さんが言う『経験上』って言葉に逆らえなかった。


 でも、ヴァンパイアを殺しても良いって考えには賛成出来ない。


 私はこれまで、吸血鬼は退治されるものだと思っていた。彼らは人の血を吸う、悪い存在だ。だから退治されるべきだと思っていた。

 でも尚人さんを見ると、どうやらヴァンパイアにも良い悪いがあるみたいだ。

 尚人さんは、ヴァンパイアも人と同じだと言ってた。遺伝子の突然変異がヴァンパイアらしい。だからそうなると……やっぱりヴァンパイアだからと言って、殺しても良いって言う事じゃなくなる。

 ヴァンパイアだって、私達と同じ人間なんだ。




 もう、時計は深夜の2時を過ぎていた。


「今日はもう遅い。明日また話そう。頼むから、今日の事は内緒にしてくれ。そうしないと、豚生姜定食が食えなくなる。」


 正体がばれたら、尚人さんは町を出なきゃいけない。それは私も困る。


「分かりました。」

「…ありがとう。さっ、もう遅い。送ってやるから、早く帰って寝ろ。お子ちゃまは寝る時間だ。」

「!私、お子ちゃまじゃありません!」

「………失礼がない言い方をしてやったのに…。処女は…早く帰って寝ろ。」

「!!!酷い!」



 今でも怖いけど……たまに尚人さんの顔を直視出来なくなるけど……それでも色んな話をする内に、普通に話せて、冗談も言えるようになっていた。


 あの人の秘密を知った。とてつもない秘密だ。それが私に、変な優越感を与えた。尚人さんと、親密になれた気がした。



 尚人さんには、色んな尚人さんがいる。

 黙々と豚生姜を食べる尚人さん、私を助けてくれる優しい尚人さん、目が赤くなると怖くなる尚人さん、赤い目のままでも…私には優しいままの尚人さん………。


 色んな尚人さんがいるけれど……私は…そんな尚人さん全部が好きだ。

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