第十一話;取調べ

 裕也には、仲間のヴァンパイアがいた。勇気の顔に見覚えがある裕也は、灰にされる前に仲間に連絡を取った。


 仲間は勇気と母親の消息を探っていた。

 そして勇気は、自分の仲間の子供だとも言った。



 尚人の話を信じなかった莉那だが、陥った状況に、それが嘘ではなく本当の事だった事を知る。


 ---


 こいつ……裕也って男の仲間か?俺が知らないところで、ヴァンパイア同士は繋がっているんだな。

 それにしても、あの勇気って子供が仲間の子供だと?一体どう言う事だ?


 そして……こいつも薄い。力は俺よりも強いが、スピードが違う。



 ヴァンパイア同士の勝負では、『祖の程度』が絶対的な勝因を占める。知恵や経験が勝る事もあるが、筋力は勝負を左右する要素にならない。どれだけ鍛えても、スピードの違いは覆せないのだ。

 例えばこいつは、ゆっくりと転がって来るボーリングの玉に似ている。当たると痛いが、避けられない奴はいない。だが、150キロのスピードで飛んで来る野球の球を避ける事は難しく、充分な致命傷を与えれる。

 そしてヴァンパイアの爪は例え血が薄い者でも、相手の肉を切る事が出来る。


 勝負は一瞬だった。俺は先ず、辺りに誰もいない事を確認し、男の手足を切断した。

 動けないようにしたが、殺しはしない。聞きたい事がある。


「きゃ~~~!!」


 経過も分からずに、結果だけを見せられたあの子が悲鳴を上げる。ヴァンパイアの動きに、目が付いて行かないのだ。


「……少し、黙ってろ。」

「!!」


 俺がそう言うと、この子は腰を抜かして座り込んだ。体は、ガクガクと震えている。


(…………。)


 やはりここじゃマズい。俺は男の首を掴み、体と首だけを家に持って帰る事にした。


 しかし…こいつも五月蝿い。まるで女だな?裕也って奴もそうだったが、気性が荒い割には見っともない姿を曝しやがる。


「次に騒いだら、貫くぞ……?」


 男の体を放り投げ、今度は尖った爪を口の中に突っ込み、引っ掛けるようにして持ち上げ直した。

 指先に振動を感じる。男の体が震えているのが分かった。全く情けない……。


 切られた手足は灰になった。灰は、5分も放っておけば消滅して再生も出来なくなる。残った体は……恐らく1時間もすれば元に戻る。


(……ひょっとしたら、こいつはそれも知らないのか?もう、手足は生えてこないと思っているのか?)


 何も殺そうとしているんじゃない。

 まぁ、返事と態度次第だが……。


 おっと、あの子を忘れていた。姿を変えると、どうしても感情が欠ける。


「ここで待ってろ。動くなよ?」

「…………許して下さい。」

「…………とりあえず動くな。動くと灰にする。叫んでも灰にする。分かったな?」

「……………はい………。」


 全く情けない姿だ。

 とにかく変身は解こう。そうでもしないとあの子の相手もしてやれない。



「大丈夫か?」

「…………………。」


 駄目だ。完全に放心状態だ……。

 このまま家に帰しても後の対処をしてやれない。俺は、この子も家に連れて行く事にした。


 持ち上げると、体はカチカチになっていた。手足を失った男以上に震えていた。

 ………悪い事をした。しかし、これで俺の話を信じるだろう。



「騒ぐな?騒ぐと灰にする…。」

「うぐっ!!」

「やれば出来るじゃないか?このまま静かにしてろ。」


 この子を後ろ向きに座らせ、男の腰から下も切断した。

 男は泣かずに我慢した。……最初っからそうしろってんだ。


「安心しろ。お前は知らないようだが、体は1時間……いや、5時間もしたら元に戻る。」

「ほっ……本当ですか!?」

「多分な……。聞いた話だ。実は、俺もよく知らない。」

「!!」


 ……やっぱり何も知らないんだ。裕也と言う男みたいに、人間ばかりを相手にして来たんだ。自分の体に対する知識が足りない。


『君だって…そうだったじゃないか?』

(…………。)


 頭の中で声が聞こえた。100年も前に別れたあいつが、俺に説教をする。



 ヴァンパイアとして体を傷つけられても、そこから血は流れない。正確に言うと、血は出るが一瞬で灰に変わる。直ぐに風で飛ばされてしまう、細かい灰になる。

 ちなみに、人として傷ついた場合は普通に血が流れる。そこで防衛本能が働き、即座に姿を変える。傷が直ぐに治るからだ。

 ヴァンパイアとして傷ついた後、傷も癒さず人間に戻ると血が流れ出す。目の前の男で試してやっても良いが、こいつが頑なに嫌がるだろう。ここまでの重症を負うと、戻った瞬間にショックで死んでしまう。


『それも…全て僕が教えた事……だろ?』


 頭の中で、もう1度あいつの声が聞こえる。100年経っても耳から離れない、いけ好かない声だ。


(……アキ………。)


 ヴァンパイアに会い続けたからか、100年振りに奴の事を思い出した。

 ……ウザい奴だ。別れた後にも、俺を見下した台詞を吐きやがる……。


「ほら、行くぞ?」


 俺はこの子と、軽くなった男を持ち上げ家に帰った。



(多分………悪い事をしているんだろうな………。)


 家に帰って人間に戻った俺は、この子に布団を被せて横にさせた。この子は今でも、瞳孔を開いたままで震えている。


「…………悪かったな……。」


 人とヴァンパイアの間を行き来する俺だが……どうやら人間の感情は残っていないらしい。


(俺は…あの時もう……。)


 思い出したように考えると、この状況で放心状態にならない俺はもう…人間ではないのかも知れない。

 この子に言葉で謝りはしてみるものの、心の中には申し訳ないと言った感情がなかった気がした。



「さて、質問を始めようか?」


 俺は男を机の上に置き、幾つか尋ねる事にした。


「先ず……どうしてお前は勇気を探している?」

「………他のヴァンパイアが探しています。見つけたら、多額の報酬をくれると言ってました。」

「あぁ…。先ず、そっちから聞こうか?ヴァンパイアの多くは、ネットワークを持っているのか?」

「噂は聞きますが、特別なグループやネットワークの存在は俺も知りません。住んでる町にもう1人ヴァンパイアがいますが、そいつから勇気の話を聞きました。生まれた時の写真を貰っていたので、それを裕也に見せた事があります。」

「それじゃ、裕也とお前の関係は?」

「あいつは血の兄弟です。」


 …つまり、ヴァンパイアとしての親が同じって事か……。どうりで薄い訳だ。


「他に兄弟は?」

「いません。」

「…………分かった。それじゃ、さっきの話しに戻ろうか?」

「……………。」




 こいつが説明するには、同じ町に住むもう1人のヴァンパイアが勇気を探しているらしい。裕也とは1カ月に1度ほど会っており、その際に勇気の事を伝えた。

 こいつはただ、多額の報酬が貰えると言う理由で勇気を探していた。


(どうやら…勇気の親だと名乗るヴァンパイアに、会ってみる必要があるな……。)


 男があの子を襲おうとした理由は、姉と勇気の事を知っていると思ったからだそうだ。


「処女だと分からなかったのか?」

「??分かってましたが、俺には興味がありません。同族を作ろうとは思いません。裏切られる可能性を、俺と裕也は作りませんでした。」

「…………そうか……。」


 こいつは処女をヴァンパイアにした場合、自分に従順になる事も知らない様子だ。

 知っていたなら襲いはしない。噛んだ後でなら、いくらでも話を聞きだせるのだ。

 だが、知らないのは好都合だ。知られるとこいつは、あの子を狙うかも知れない。


(さて……後は、こいつをどうするかだ。)


 俺は今、人の姿に戻っている。男の下半身を灰にしたのもその為だ。人の姿の俺を前に、暴れられると面倒臭い。


 

 ……俺は殺した方が賢明だと思った。

 どうやら本当にもう、人間の感情が残っていないらしい……。



(人間が……俺をそう変えた。)

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