第十話;迫る影

 尚人の告白は失敗に終わった。正体を明かそうとした理由も分からないままに、甲斐も虚しく信じてもらえなかった。


 莉那は怒っていた。彼女もその理由が分からない。騙されたと思ってなのか、期待外れだったのが理由なのか…。




 その頃この小さな町に、もう1つの影が近づいていた。ヴァンパイアだ。

 彼は尚人が灰にした男の知り合いで、町に来た目的は…勇気だった。


 ---


 全く、馬鹿にしてんじゃないわよ!夜中に人を家に呼んでおいて、何をされるのかと思えば訳が分からない嘘を……。

 ヤクザならそう言えば良いものを、あんな嘘を付いて…。私が、そんなに子供に見える!?ドラキュラがこの世にいない事ぐらい知ってるわよ!


 ………でも、この胸のドキドキは何だろう……?


 彼の目的は私を騙す事だったけど、その前の私は勘違していて、純情を奪われると思っていた。求めてない事だったけど、勇気の事を考えると絶対に出来ない事だけど…少しだけ、残念がってる私がいるみたい……。



 それにしても…あの人は言ってた。店に来た大きな男の人を殺した……って。

 ……本当かな?彼ならあり得る話だ。やっぱり、ヤクザって話は本当なんだろうか?



「待てったら!」

「!!」


 尚人さんだ。私の後を追って来た。


「夜中に1人で歩くな!危険だと教えただろ!?」

「夜中に人を家に誘っておいて、何言ってるんですか?」

「…………???それは秘密を、君だけに伝えたかったからだろ?」

「…………もう良いです!」


 確かめてみた。やっぱり彼は、私に手を出そうとしたんじゃない。からかおうとしただけだった。

 気持ちが落ち込み、胸のドキドキは止まった。


「どうして信じない?俺は、真剣に話したんだ。」

「信じれる訳ないでしょ!?そんなあり得ない話!貴方が、ドラキュラなはずがない!!」

「!大きい声を出すな!周りに聞こえるだろ?それに俺はドラキュラじゃない。ヴァンパイアだ!」

「だからドラキュラじゃないですか!?」

「俺達とドラキュラは違う。ドラキュラは人の名前だ。奴はヴァンパイアだったが、俺達はドラキュラじゃない。」

「言ってる事が全く分かりません!第一、今話してる事は全部嘘でしょ!?」


 私達は立ち止まって口論していた。私は大きな声で。そして彼は、私の声を抑えるように促しながら小さな声で。

 そこまでして、嘘を演じる必要がある?


「あっ!それならもう1度家に来い!紫時雨で証拠を見せてやる。俺達は、傷を負っても直ぐに治る。君に見せてやる!」

「また家に呼び込むつもりですか!?今度行ったら、その時は本当に何をされるか分かかりません!」


 ……私の胸は、またドキドキし始めた。


「君こそ言ってる事が分からない!剣術も直ぐに関心を失うし、俺をヤクザだと思ってる。もうちょっと冷静になって、人の話を聞け!」

「……………。」


(あの時は、冷静になれる状況じゃなかったじゃない…?)


「とにかく!今日は帰ります!出前が必要になったら電話下さい!」

「…………?だから俺はヤクザじゃないって!」


 彼は必死になってるけど、もう相手にしたくない。

 何よ!人の気持ちも知らないで!


 私は、早歩きで家へと向った。




「………。どうして付いて来るんですか?」

「心配だからだろ?家までは送る。」

「あの角曲がったら直ぐです。もう大丈夫です。」

「…君は、何故そこまで腹を立ててる?話が信じられないとしても、怒る事はないだろ?」


(……鈍感!)


 私は尚人さんを無視して、目の前の角を曲がった。


 このまま15歩ぐらい歩いたら店の入り口があって、その側に2階に上がる玄関がある。

 家に入らずにこのまままっすぐ行けば、例のコンビニがある。


「?」


 その道の方から、男の人が歩いて来た。こんな時間に、ちょっと怪しい人だ。

 私が人に気付くと尚人さんは前に立って、背中で私の姿を隠した。


(………さっきの嘘を、許してしまいたくなる……。)


「俺が居て良かっただろ?この町には、意外に危ない連中が多いのかもな。」


(………尚人さんは、危ない人じゃないの??)


 尚人さんの背中で見えなくなったけど、男の人は私達に近づき、尚人さんに声を掛けた。


「兄ちゃん、ちょっと良いかな?」

「誰だ?お前?……裕也の知り合いか?」

「………ほう、裕也を知ってるのか?あいつが俺を呼び出したのに、姿が見えない。お前、何か知ってるのか?」

「…………いや。」

「まぁ、良い。それよりもお前、この近所に住む勇気って子を知らないか?」


(!!?勇気?どうしてあの子の名前を??)


「…知らない。その子に何か用があるのか?」

「……ずっと探してるんだ。仲間の子供でな。半年近くも前から探しているのに見つからない。裕也がそのガキを見たと言って俺を呼び出したのに…。」

「お姉ちゃんの事、何か知ってるんですか!?」


 男の人の言葉に、私は思わず声を出して姿を見せた。


「??お嬢ちゃん、勇気の事知ってるのか?……お姉ちゃんだと?……そうか、お前……」


 私の話を聞いて、男の人の態度が変わった。

 そして……見た目も少し変わった。


(!??目が、赤くなった……?)


「あの女の妹か!?」

「!!」


 次の瞬間、目の前には男の人の指先があった。


(爪が……尖っている。)


 そして男の手首を、尚人さんが掴んでいた。


(………?何が起きたの!?)


 呆気に取られながらも、私は尚人さんを見た。


「!!尚人さん!?」


 彼の目も赤く光っていた。男の手首を掴んだ彼の手の爪も……同じように尖っていた。



「………お前も……ヴァンパイアか?」

「………お前も裕也と同じか?直ぐに変身する理由は……性分か?」



 2人が睨み合ってる……。尚人さんの顔は、あの時公園で不良連中を相手した時と、同じ表情になっていた。

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