第九話;告白、失敗

 莉那は勘違いをしていた。尚人はヤクザでない。彼女を家に呼んだ理由も、やましい事が目的ではなかった。


 彼はまだ莉那に、女性としての魅力を感じていない。今は、違った理由で彼女が気になっていた。


 ---


 紫時雨を人に見せたのは久し振りだ。

 でも何故、この子に見せたのだろう?まぁ…誰の目にも留まる場所に置いてはいたが……。


 …部屋に呼んだ理由もよく分からない。思うに多分……この子が処女だからだ。この子を守ったのも、きっと同じ理由だ。


 男のヴァンパイアは、人間の処女に執着する本能がある。いとも容易くヴァンパイアに変える事が出来、忠誠を誓うようになるからだ。


 俺にはそんなつもりはない。ヴァンパイアとしての本能がそうさせた。

 だから、これから話そうとしている事も……


 俺は多分…唾を付けようとしているんだ。秘密を打ち明け…いつでもヴァンパイアに変えられる事を教えて怯えさせ、若しくは、この子がその気になるまでキープしようとしているんだ。


(…………。)


 違うのか?自分が分からない。違った理由で彼女を守り、告白しようとしている気がする……。




「その刀は俺が人間だった頃の、最後の思い出の品だ。」

「………?」

「今から君に教える事は、決して他言しないで欲しい。俺も、君の秘密を握っている。……君は処女だ。」

「!!」


 この子が少し、警戒した姿勢を取る。

 どうやら、また失言をしたようだ。人の歳を把握し辛い俺は、若いこの子を辱しめているんだろう……。


「あぁ、済まない。そう言う事を話すつもりじゃなかった。」

「………尚人さん。その刀、ちょっと触っても良いですか?」

「………?構わないが、落とすなよ?刃が欠ける。思った以上に重いから注意しろ。」


 話の途中なのに、この子は紫時雨を触りたがった。


(集中力がないな…。)


 歳も若い……。しかし確かに、今の人間には物珍しい品だ。

 俺は刀を鞘に納め、この子に手渡した。この子は慎重に受け取り、そして鞘を抜いた。


「気をつけろ。刃は、いつも手入れしてあるから鋭い。触っただけでも怪我をするぞ?」


 この子は珍しそうに刀を眺め、遂には素振りを始めたが…扱い方が余りにも悪い。

 俺は近づき、持ち方を教えてやろうとした。


「そこまでです!これ以上近づかないで下さい!!」

「??」


 するとこの子は両手で刀を握り閉め、刃先を向けてきた。

 構え方も、ズブの素人だ。


「近寄らないで!それ以上近寄ると、この刀で刺しますよ!?」

「………?どうした、急に?穏やかじゃないな?」

「お願いです!近寄らないで下さい!!私はこんなやり方、望んでません!もっと時間を掛けて、お互いを知ってからでお願いします!」

「??だから、今からそれを教えてやるって。時間を掛けて教えてやらないと、上達なんかしないだろ?」

「その時間の掛け方じゃありません!それは、大人のやり方でしょ!?私はまだ子供です!子供には…子供なりの順番があるんです!体からってのは、私には無理です!」

「………一体、何の話をしている?」


(……教本や型の事を言ってるのか?剣術には何よりも、体を使って覚える訓練と実践が重要だ。)


「遠回りなやり方だ。体で覚えるのが一番だ。俺が優しく、じっくりと教えてやるから、黙って従えって。」

「!!きゃ~~~!!来ないで!こっちに来ないで!」

「!!危ないって!」


 せっかく教えてやると言うのに、この子は向けた刃先振り回した。

 しかし、振り方もなっていない。


「私もそりゃ、尚人さんの事……嫌いじゃありません。暴力的ですけど、私には優しい。何度も助けてもらいました。」

「…………?」

「でも、私には勇気がいます。あの子の為に私は結婚もしないし、恋愛もしない。そう誓ったんです!」

「……………?何の話だ?……俺は、君の刀の持ち方が悪いから、それを教えてやろうとしただけだ……。」

「…………えっ?」


 状況も把握出来ないまま……とりあえず俺は後ろに下がり、壁に掛けていたホウキを手に取って、刀の扱い方を教えてやった。


「こうやって持つんだ。そんな持ち方じゃ、振る際に刃先がぶれる。腰ももっと、こう落として……。」

「えっ……!?」


 俺がホウキを降り始めると、この子は刀を鞘に納めた。


「……………………。」

「?どうした?続けないのか?」


 そして何故か、顔を真っ赤にして下に向けた。


(……。)


 何か…やり辛い子だ。剣術には、もう関心がなくなったらしい。

 それとも自信を失ったか?


「刀が済んだなら、俺の話をして良いか?」

「…………はい。」

「その前に…どうして顔を赤くする?剣の道は険しく長い。持ち方が悪いからと言って諦める必要はないし、自分を恥じる必要もない。誰でも、最初はそんなものだ。」

「………………。」


 俺の助言にも反応がない。……調子が狂う。

 時間も遅い。早く帰してやらなければいけない。さっさと用件を言おう。


「さっき話したかった事……。それは、俺の正体だ。」

「………ヤクザ………って事ですか?」

「…………は?」

「…………その日本刀……家紋が入ってるじゃないですか?何処の組の人ですか?私は、例え尚人さんがヤクザでも、優しい人だって知ってます!」

「??………君は何か勘違いをしてい…」

「誰かに追われてるんだったら、私は秘密を守ります!誰にも言いません!」

「?俺はそう…」

「豚生姜定食も、必要だったら私が出前します!捕まりそうになって部屋から出られなくなったら、いつでも呼んで下さい!ご飯も特盛で…お味噌汁も3杯準備します!部屋に入る時も、周りに誰もいない事を確認してからお邪魔します!」

「だから…俺が言いたいこ…」

「私、口だけは堅いです!信じて下さい!」

「!俺はヴァンパイアだ!それを言いたかっただけだ!!」

「……………へっ?」

「…………………。」


(とことん調子が狂う。今の人間の子供は、皆こんな感じか?俺の時代には、こんなに落ち着きがない子供はいなかったぞ?)


 俺は耐えるに耐えかね、用件だけを話した。


「………えっ?」

「………だから、俺はヴァンパイアなんだ。吸血鬼。それが、君に教えたかった秘密だ。」

「……………はぁ!?」

「信じられないかも知れないが、君も見たはずだ。俺が喧嘩に強い姿…。一瞬で、4人の骨を折った……。あれはヴァンパイアの力だ。」

「……………はい!?」

「…………………。」


(……だから、出来るだけシリアスな状況で告白したかったんだ。こんな順番じゃ、信憑性も何もない。自分は『子供なりの順番がある』と訳が分からない事を言ってたのに…俺には、それもさせてくれないのか………?)


 人に正体を打ち明けたのは、今日が初めてだ。

 この子に告白した理由もはっきりと分からないまま、それでも素直に教えたのに、この子はどうやら信じてくれない。俺に対して、疑いの眼差しを送るどころか、呆れた顔を向けている。


「冷静になって聞け。俺は…ヴァンパイアだ。俺に喧嘩を売ったあの男もヴァンパイアだった。俺達みたいな存在は、世界に1000人はいる。」

「……………。」

「俺はあいつを殺した。灰にしてやった。明日にはニュースになるかも知れない。少なくとも、不良連中は慌てる事だろう。その前に、君には教えておこうと思ったんだ……と思う。」

「……………………。」


 空気を換えても反応が悪い。

 俺は姿勢を変えて正座をし、この子の目を、真剣な眼差しで見た。もう1度、ゆっくり丁寧に、最初から説明しようとした。


「良いか?よく聞いてくれ。俺はヴァンパイアで…」

「馬鹿にしないで下さい!」

「??」


 するとこの子は突然立ち上がり、大声を出し始めた。


「こんな夜中に部屋に呼び込んで、何されるかと思ったら、ヴァンパイアだなんて…。嘘をついて人を騙すなら、まだヤクザの方がマシです!」

「だから、俺はヤクザじゃない!ヴァンパイアだ!紫時雨の家紋だって、由緒正しい家紋なんだぞ!?」

「吸血鬼なんて、この世には存在しません!」

「……………。」

「これ以上話す事がないなら、私、帰ります!緊張して損しちゃった!!」

「あっ!?おい!待てって!」


 何故か焦る俺を背中にこの子はそう叫び、怒って家から出て行った。



 ……………。

 どうした尚人?こんなはずじゃなかっただろ?

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