第八話;尚人の告白

 この小さい町に住み着いていたヴァンパイアは、尚人の爪によって灰になった。


 ヴァンパイアの数は、人間のそれに比べると圧倒的に少ない。そして彼らは基本、孤独に生きている。従って、組織に所属しないヴァンパイアは特に、自分の『祖の程度』を知らない。

 裕也は、血を過信していた。



 店に戻った莉那は、ずっと心配していた。尚人を連れて行った男の側には、例の不良がいた。

 自分を守る為に彼が危ない目に遭っているのでは…?それが気になった。


 ---


 店が終わってから私は、ずっと外で待っていた。また怒られるかも知れないけれど、彼の事が心配だ。

 彼の家は、食堂の裏のアパートにある。何処の部屋までか聞いていない私は、玄関で彼を待ち続けた。


 彼は、悪い連中と何処かに行ってしまった。私は、店に戻れと言われて従った。

 正直怖かった。尚人さんを止めたかったけど、出来なかった。彼に気を寄せながらも、彼の凶暴さに怯えた。

 やられても心配だし、喧嘩に勝っても心配だ。




「……君は?何故ここにいる?」

「!!尚人さん!」


 1時間ほどアパートの前で待っていたら、怪我もしていない彼が帰って来た。


「ご免なさい!私のせいで怖い目に遭ったみたいで……。」

「君のせいじゃない。俺の問題だった。そして俺は無事だ。」

「………不良連中は、どうなったんですか?」


 質問をしたくせに、答えを聞くのが怖かった。


「安心しろ。あの腰抜けには何もしていない……。」

「体が大きかった人は………?」

「……少し痛めつけた。俺に怯えて、もう2度と手を出さない。」

「……………。」


 やっぱりこの人は、怒ったら怖い人になる。

 それでも無事で良かった。


「………?心配してくれたのか?」

「………………。」

「……だが晩は外に出るな。家まで送って行く。」



 彼はそう言って、私を家まで送ってくれた。

 たった2分の帰り道…それでも胸はドキドキしていた。


(ドキドキの理由は、彼を怖いと思うから?それとも…。)



「済まなかったな?心配をさせて……。」


 家に着くと、彼がお礼を言ってくれた。嬉しかった。

 でも、毎日のように尚人さんが危険な目に遭っているのは、全て私のせいだ。


「不良連中は、もう君には手を出さないだろう。町にまだ…変な輩がいても助けてやる。安心しろ。」

「………ありがとうございます。でも何故………。」

「?」

「……何故、尚人さんは私を助けてくれるんですか?私のせいで、危険な目にも遭ってます……。」

「………?何故だろうな?俺にも分からない。……君が、処女だからかな?」

「!!」


 またこの話だ……。いつも尚人さんは突然、この言葉を平然とした顔で話す。

 そしてその度に、私は顔を赤くしてしまう……。


 照れた顔で尚人さんを見ると、彼は申し訳なさそうな顔を作っていた。


「済まない。聞きたくない言葉だったな?」

「………もう慣れました。」


 本当は、慣れてなんかいない。でもそんな振りでもしないと、子供に見られてしまう。

 少しでも、大人の振りがしたかった。


「……………。」

「……どうかしましたか?」

「…………家、寄ってくか?何も出ないが……。」

「!!」


 びっくりした。尚人さんが、私を家に招待している。

 ……何が待っているんだろう?もう、私の家まで来てしまったのに……。


「君に話したい事がある。出来れば、俺の家で話したい。」

「…………。」


 彼はそれだけ言うと、背中を向けて自分の家に向かった。私は黙ってついて行った。

 私の家に帰る道よりも、彼の家に戻る道の方が数倍ドキドキした。


 私は、自分が分からなかった。勇気の事を考えながらも、変な想像もしていた。

 彼はそんな人じゃない。そして私は、誰も好きにならない。男の人も知らないし、手を繋いだ事もない。中学を卒業してから友達もいなくなった私は、同じ年の子が経験した恋愛話も聞かされた事がない。




「このアパートの、108号室が俺の部屋だ。少し狭いぞ?」

「…………。」


 膨らむ想像や不安を抱きながら、何の覚悟や決心も着かないままに家の前まで来た。私の家から、歩いて2分だ。気持ちの整理なんて出来る訳がない。


 今にも止まりそうな心臓をどうにか抑えて、私は家にお邪魔した。思った以上に小さかった。ちょうど高山のおばちゃんから間借りさせてもらっている私の部屋ぐらいの大きさだ。台所はなく、トイレやシャワーも共通だと言う。部屋も殺風景で、必要以上の家具や物以外は何もなかった。


「驚いたか?本当に何もないだろ?」


 台所がないのは嬉しい。だから毎日、食堂に足を運んでくれるのだ。


(……朝とお昼は、どうしてるんだろう?)



「あれは……何ですか?」


 食事の事が気になりながらも、殺風景な部屋に1つ、奇妙な物が飾られている事に気付いた。日本刀だ。部屋の奥で、大事そうに飾られていた。


(…………!!?尚人さんは……ひょっとしてヤクザ!?)


 普通の人が、家に日本刀を飾っているはずがない。

 尚人さんは、訳有りの人!?つまりヤクザな彼は誰かに追われていて、この町に身を隠している…?考えられる話だ。彼は強くてクールで……かなり惨忍だ。


 私はハッとして、少し身を構えて尚人さんの方を見た。

 尚人さんはその日本刀を、懐かしそうな表情で眺めていた。


「これは…思い入れがある品物だ。俺が人間だった頃の…」

「??」

「いや……順番が逆だったな。」

「…………?」

「君に話したい事とこの日本刀は、少し関係がある。」


 尚人さんはそう言って日本刀を手にし、鞘から抜いた。

 刀はキラッと冷たく光り、手入れが行き届いたものだった。刀の事はよく知らないけど、高山のおばちゃんが使う包丁を見ていれば刃物の良さ悪さが何となく分かる。

 でも、手入れがされた刃に比べて鞘や刀を握る部分は、かなり黒ずんでいる。年代物みたいだ。


「……これは、俺の愛刀だ。実際に使った事はないが父親が持たせてくれた……一流の鍛冶屋に打たせた、至高の日本刀だ。」

「…………。」


 尚人さんはどうやら、親の代からのヤクザらしい。よく見ると刀を握る部分には、何処かの家紋が描かれていた。

 二代目?三代目……?でもそんな人ならどうして、組から追われる立場にあるんだろう?



(!!!………あれっ!??)


 ヤバい!また失敗しちゃったかも!!

 昨日、優しい態度に出た不良連中に騙されて、私は危険な目に遭った。助けてくれた人は尚人さんだったけど………。


(今、その時と同じシチュエーションじゃん!?しかも目の前には奴らより強い人……そして、キラリと光る日本刀が!!)


 焦ったけど既に遅かった。頭の中とは違って、体が恐怖と緊張で動かない…。声も出ない。そしてここは、逃げられる場所でもない。



(ああ…。私は、こんな形で純情を失うんだ…。尚人さんは素敵だけど、こんな風に大切な日を迎えたくなかった……。)


 勇気の顔も頭に浮かぶ………。


 (………!?そうだ、勇気だ!)


 私はあの子の母親。弱いままではいられない!


(隙を見つけて、ここから逃げなければ………!!)

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