第二話;尚人、元の名は新之助
とある小さな町のとある場所に、1人の男が引越しをして来た。
彼は数年に1度は引越しをして、常に新しい土地に移っていた。
彼には秘密があった。
彼の名前は尚人。そして、大昔の名前は新之助。次の名前は…もっと今風な名前に変えようと考えている。
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初めて来た町では、なるべく静かに暮らすべきなのに…。
引越し当日に、要らない事をしてしまった。
(あの子は、無事に家に戻ったのか?)
それも気になるが、あの子の嘘がもっと気になる。
俺の名は尚人。最初の名は新之助だ。今から600年程前…室町の時代にヴァンパイアとして生まれ変わった。
20歳を迎える前に血を吸われ、生き方を変えられた…。最初は恨んだが、今は、ヴァンパイアとして生きて行くのも悪くないと考えている。
多分…俺の血を吸ったヴァンパイアの、『祖の程度』がそう思わせた。
ヴァンパイアは、キリストの時代よりも昔から存在している。
人間の突然変異……それがヴァンパイアだ。
俺達は、不老不死ではない。不老長寿の種族だ。命に限りがある俺達は種族を残す為に人の血を吸い、空になった体に血を与える事でヴァンパイアに変えて来た。
これは繁殖と違う。俺達は突然変異だ。人間の枠を越えた存在ではない。繁殖したい時はヴァンパイアなり人間なりと結ばれ、子孫を残す。
但し生まれる子供は、例え片方が人間だとしても、必ずヴァンパイアとして生を受ける。
しかしヴァンパイアと人の間に生まれた子供の、『祖の程度』は薄くなる。人をヴァンパイアに変えた時も、された側の血は変えた側の血よりも薄い。
その内に俺達の血は薄くなって行き、太古のヴァンパイアほどの濃さを持った者は少なくなった。
俺は『祖の程度』が薄い。それに満足している。『祖の程度』が薄いと、人としての時間が長くなる。
逆に言えば、『祖の程度』が濃い者は、人としての姿を維持する事が難しい。少しの興奮でも変身してしまう。
ただ、程度が薄い者は変身した時、力を存分に発揮出来ないと言う弱点がある。
ヴァンパイア同士で争った時、勝負は基本的に『祖の程度』で決まる。
俺は、弱い側のヴァンパイアだ。血が濃いヴァンパイアとの争いは避けなければならない。
それでも満足しているのは、余りにも血が濃いと、弱点に対する反応も強いからだ。
血が濃い者は人の姿を維持するのも難しいから、昼間に外を歩き辛い。少しの興奮で変身してしまい、太陽の光に強く反応する。そしてニンニクや銀にも、過剰な反応を示す…。
十字架に弱いってのは…あれは嘘だ。キリストより以前から存在している俺達だ。十字架に弱いってのは、キリスト教徒が作り出した迷信だ。
勿論、聖水に弱いってのも嘘だ。あれもキリスト教徒が、金儲けの為に作った。大体、聖水なんて代物…そんな都合が良い物が、この世に存在するはずがない。
更に言えば、ドラキュラは作り話ではない。奴は、自らヴァンパイアに変わる事を望んだ。
理由は領地を守る為だ。領地の民を守る為に血を授かり、人としての寿命を向かえる頃に、ヴァンパイアとしての種族や子孫は残さないまま、自ら太陽の光を浴びて死んでしまった。
人間や…ひょっとしたら神や天使も、奴はヴァンパイアではなかったと勘違いしているが…奴はヴァンパイアだった。
とにかく俺は『祖の程度』が適度に薄い、人間寄りのヴァンパイアだ。
その為、変に人としての正義感が強い俺は昨日の晩にヘマをした。新しい生活を始めようとした矢先に、つい力を発揮してしまった。
俺の場合は力を発揮しても、犬歯と爪が少し鋭くなり、瞳が少し赤くなる程度なのだが…男達がそれに気付いてしまったかどうかだ…。
町に広がる噂が怖い。
ところで、どうしてあの子は嘘をついた…?
昨日、行きつけの店にしようとした食堂で見かけた時、あの子は、背負っていた子供を自分の息子だと言った……。
でも、あの子は間違いなく処女だ。
男のヴァンパイアは、処女の匂いを嗅ぎ分ける。
匂いと嘘に気付いた俺は気になってあの子を観察していたんだが…不良に絡まれた姿までも見てしまい、姿を変えた。
男のヴァンパイアが処女の匂いを嗅ぎ分けられる理由は、種族を残す為の能力だ。
普通、人をヴァンパイアに変える時は血を完全に吸い取った後、自分の血を与えれば良い。それでヴァンパイアの完成だ。ちなみに、その時生まれるヴァンパイアは、人間との『繁殖』によって産まれるヴァンパイアよりも、少し『祖の程度』が濃い者が生まれる。
しかし処女の場合は、つまり異性と体液を交わらせた事がない女は他への免疫力が弱い為に、血を吸す際に微量に逆流する血を敏感に受け取り、いとも簡単にヴァンパイアになってしまう。
男のヴァンパイアから見て処女の血を吸う事は、種族を容易く増やせる事を意味するのだ。
他にも理由がある。血を吸われた処女は、吸った男を愛してしまうのだ。それが理由なのか、男のヴァンパイアは処女かそうでないのかを知る事が出来る。
俺は昨日、あの食堂の裏にあるアパートに越して来た。
金はある。室町の頃から、それに困った事はなかった。金を盗んだ事もない。
人としての食事を必要としない俺達ヴァンパイアは、日雇いの仕事をしながら貯金ばかりしている者が多い。俺もその1人だ。
組織を組んで悪さをするヴァンパイアもいるが、そこまでする気はない。毎日を何気なく暮らし、世界の動きをこの目で確かめるだけで、結構楽しかったりもする。
ヴァンパイアとしての食事に関しては……俺は、無闇に種族を増やしはしない。つまり誰かの血を、空になるまで吸った事がない。健康そうな相手から、少しだけ血を分けてもらう。
血を吸われた人間は、吸われた分の記憶を失うだけで済む。ヴァンパイアになってしまったり、死んでしまったりはしない。
誰にでも心当たりがあるはずだ。家にいる時、眠たくもないのに数十分だけ寝てしまったり、思い出せない記憶があったり…。
あれはヴァンパイアの仕業だ。
噛んだ傷痕は残らない。あれも人間が勝手に作り出した嘘だ。
忠告として言えば、酒付き合いがない知り合いや、酒場で偶然出会った人間と一緒に酒を飲み、気付けば眠っていたとする。
多分…相手はヴァンパイアだ。眠っている間に血を吸われたはずだ。
俺は、血を吸って種族を増やした事もなければ、人間や同族と交わってヴァンパイアを増やした事も…ない。
(………………。)
俺は、ヴァンパイアとしての人生をそれなりに楽しんでいるが……だからと言って他人に押し付ける気はない。
やはり人は、人のまま人生を送った方が幸せだ。
俺がヴァンパイアになった理由は…当時荒くれたヴァンパイアがいて、多くの種族を作り出していた。その内の1人が俺だ。
そいつは周りの人間やヴァンパイアに殺されたと聞いているが、俺の『祖の程度』を考えると…俺の、ヴァンパイアとしての親は、それ程の者ではなかったのだろう。
世界中のヴァンパイアは、1000人にも満たないと聞いた事がある。昔、いけ好かないヴァンパイアと出会った事があり、そいつから教わった。
奴の血は濃い。勝負を挑んだ事が何度もあったが、1度も勝てなかった。
50年近く付き合ったが、ちょっとした拍子に何処かに消え、それ以来、100年近く会っていない。
不老長寿だが老化はする。しかし、なかなか歳を取らない俺達は人目を忍ぶ為に、常に住む場所を変える必要がある。周りの人間が俺達よりも歳を取り始める前に、姿を消さなければならないのだ。
奴は多分、時が来たと思ったのだろう。
俺は、5年に1回ほど住む場所を変えている。今回に関しては…直ぐにでも違う町へ越した方が良いのかも知れない。
寿命に関して言えば、生まれた時からヴァンパイアだった者の寿命は、大体2000年と聞いている。そしてヴァンパイアの歴史はキリストの誕生よりも、ずっと前から始まっていた。
つまりヴァンパイアの『祖』は、既にこの世に存在しない。
老化も人とは違い、20歳ぐらいまでは人間と同様に成長するが、20歳を過ぎた頃から、人間の1年が俺達にとっては200年以上だ。
俺は19歳にヴァンパイアにされ、600年少しが経っているので、人間の見た目で言うと22歳ぐらいの若さを保っている。
寿命で死ぬ時には、見た目が30代、40代の姿で死ぬ。勿論、個人差はあると聞いているが……。
……。いつになく口が過ぎた。
長くなったが…とにかく俺はヴァンパイアで、ヴァンパイアとは、今説明したような存在だ。
今日も、あの食堂に行こうと思う。あの子が気になる訳じゃない。……少しは気にはなるが、それよりも料理が美味い。
1度血を吸えば1ヵ月は空腹を感じない俺達だが、だからと言って満腹な訳ではない。満腹を感じたいなら、人と同じ食事を取る必要がある。舌を喜ばせたい時にも、人の食事を取る必要がある。
新しい町では、いつも以上に食費が掛かってしまいそうだ。
「いらっしゃいませ~!」
店に入ると元気な声が聞こえた。昨日のあの子だ。今日も背中に、自分の子ではない子供を背負って仕事をしている。
俺の顔に気付くと、あの子がいそいそとやって来た。
「あの…昨日は、本当にありがとうございました。あの後…大丈夫でしたか?」
「…変な輩に絡まれた時は、何もせずに無視する事だ。」
「……どうも、済みませんでした。」
昨日、やはりこの子は俺の顔を見ていた。
目が赤くなったのは、家に向って走り出した後だ。正体はばれてはいないと思うが……少し気になる。
「あの…私、莉那と言います。お名前は…何と言うんですか?」
「……尚人。」
「尚人さん、昨日は、本当にありがとうございました。本当に助かりました。」
「……。」
礼を無視して、空いている席に着く。しかしこの子は追って来て、もう1度お礼を言い始めた。歳の割には、律儀な子のようだ。
「あの…昨日は、本当にありがとうございました。本当に助かりました。」
「ああ、もう良いよ。俺は無事だ。それよりも注文…。昨日食べた豚生姜定食が忘れられない。もう1度食べたい。」
「あっ、ありがとうございます!あれは、うちのおばちゃんの得意料理なんです!それじゃ、直ぐに準備しますんで!」
注文を聞くとあの子は急いでカウンターに戻り、店主に注文を渡した。
この店は2回目だが居心地が良い。木目が目立つ、古めの造りが俺を安らげた。
これまでも、大きな街に移り住んだ事はない。なるべく人を避け、落ち着いた土地でこそこそと生きて来た。
食事を終えて店を出ようとすると、あの子と一緒に店主も来て、お代は要らないと言う。
「昨日、莉那ちゃんを、悪い奴らから助けてくれたんだって?ありがとうね。私からもお礼を言うよ。それと、今日のお代は良いから。昨日のお礼だと思ってね。良かったらまた食べに来てね。」
「………。」
別に、ただ飯を食いたくて助けた訳じゃないんだが……余りにも店主が五月蝿く言うので、仕方なく勘定を甘える事にした。
「あの……。」
店を出ると、あの子がついて来た。
「?」
「あの…本当にありがとうございました。定食1つでお礼になるとは思いませんけど…他に出来る事がなくて…。」
どうやらお代は、この子の給料から引かれるみたいだ。多分、この子がそうして欲しいと言ったのだろう。
ただあの店主を見ていると、それもしないと思うのだが…。
「この町は、少し危険なのか?」
この子の安全よりも、俺の安全が気になる。特別な事がない限り勝手に姿は変わらないが、下手な正義感で興奮するとコントロールを失い、変身してしまう事があったりもする。
周りに変な輩が多いと、正体がばれる危険があるのだ。
「いえ…。ここに住んでまだ半年ですけど…。今まであんな連中は、見た事ないです。……けど…。」
「?けど…何だ?」
「私の事を知っていたので…地元の連中に間違いなさそうです……。」
昨日の話は俺も聞いていた。この子は…辛い思いをしたはずだ。
「そうか…。遅い時間には、1人で外に出ない事だ。一応、昨日の輩にはたっぷりと教えてやったから…。」
「……。」
昨日の輩達は、2度とこの子に手は出さないだろう。男の首を片手で持ち上げ、吊るした状態でレディーに対する態度を教えてやった。
奴らが、怪力だけに驚いてくれる事を願った。姿を変えると赤くなる瞳は発光してしまうので、それに気付かれていない事も願った。
「それに君は、男遊びが好きな訳じゃないだろ?」
余りにも気を使うこの子を、少しからかってしまった。多分、気分を解いてやりたかったのだろう。
(それとも……本当の事を確認したかったか?)
「君はまだ、男を知らない処女だ。そうだろ?」
「!!」
今も漂う匂いで既に分かっているが、俺は言葉で確認した。
答えは当然、的中していた。この子は驚いた表情を浮かべ、顔を赤くして下を向いた。
その態度が答えだ。
「俺は、君が普通の女の子だって知ってるから…。あんな輩達の言葉は、気にしなくて良い。頑張って、その子を育てれば良いさ。」
顔を赤らめるこの子の背中で、無邪気に笑う子供がこっちを見ていた。
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