幼なママとヴァンパイア

JUST A MAN

出会い、別れ編

第一話;幼なママと勇気

 とある小さな町のとある場所に、巷で有名な幼なママがいる。

 彼女の名前は莉那。齢16にして、既に一児の母である。息子の名前は勇気と言い、1歳にもならない、やっと離乳食が終わった赤子であった。


 莉那はある日突然、町に越して来た。1人で勇気を育てると、昼間はスーパーでレジを打ち、晩は食堂で働いた。

 町の人々は彼女を愛し、過去に何があったか知らないが、勇気を懸命に育てる姿を応援していた。


 ---


 私の名前は莉那。最近、この町に引っ越して来た。

 ここは住み易い。何処の馬の骨かも分からない私を雇ってくれて、部屋の手配もしてくれた。

 この町には感謝している。この町で、勇気を立派な大人に育てるのだ!



 今日も勇気を背負い、スーパーでレジ打ちの仕事をする。小さい町の個人経営スーパーだからこんな事が出来る。


「こんにちは、莉那ちゃん。勇気君は、今日も大人しいね?」

「おはようございます。勇気、今日も可愛いでしょ?」


 最初は勇気を背負って働く事を、渋々了解してくれたスーパーだったけど、今や勇気はスーパーの看板!可愛いこの子の姿を見る為に、わざわざ足を運んでくれるお客さんもいるのだ。

 勇気は私と違って人懐っこくて、見てくれる人全てに笑顔を返す。仕事をしている時も、滅多に泣かない。オムツを替えないといけない時も泣き声を上げずに、私の背中を叩いて教えてくれる。

 勇気は天才なのだ!



 昼の仕事が終わると、一旦家に戻って勇気を昼寝させて、夕方からは家の一階にある食堂で、皿洗いと接客のバイトが始まる。この時だって背中に背負った勇気は、お客さんの人気者だ。


 食堂の主人には、誰よりも感謝している。

 ……家族を失って、勇気と2人だけになってしまった私の世話を見てくれたのは、食堂の主人である高山のおばちゃんだ。食堂の2階にある自分の家の部屋を貸してくれて、仕事まで与えてくれた。


 おばちゃんにとっても、私が転がり込んで来たのはタイミングが良かったらしい。数年前まで働いていた娘さんが嫁いで、部屋も余っていて働き手も欲しかったみたいだ。

 旦那さんは既に亡くなったので、おばちゃんも1人で寂しかったのだろう。

 おばちゃんは私を応援してくれて、愛してもくれている。勇気の事もそうだ。


「おっ!?莉那ちゃん、やっと下りて来たかい?」

「あっ!おじさん、久し振りじゃないですか?私の顔、見に来てくれたんですか?」

「はははっ、莉那ちゃんじゃないよ。勇気君の顔が見たくてね。」

「なんだ…。私は勇気の次ですか?」


 店に降りると、お客さんは優しい声を掛けてくれる。ここのお客さんは、皆良い人だ。この町は小さくて田舎だけど、だから住んでいる人達は全て優しい。

 勇気が私よりも人気がある事も、正直嬉しい。


「それじゃ、お皿洗って来ま~す!」


 今日も勇気を背中に、晩のお仕事を始める。

 お皿を洗い終わると接客の仕事に戻って、それを何度も繰り返して1日が終わる。


 おばちゃんが作る料理は美味しい!愛想も良いからお客さんの足が絶えない。居酒屋でもない店だけど、晩の10時ぐらいまではお客さんがいる。


 6時から仕事を始めて8時に休憩を貰うと、勇気に遅い目の晩ご飯を食べさせて、寝かしつける。それが終わるともう1度お店に戻って仕事をする。

 勇気は、1度寝てしまうと夜鳴きもせずに朝を迎える。私に苦労を掛けない、可愛いだけの勇気には感謝さえ感じちゃう。



 そんな暮らしが、もう6ヶ月も続いている。勇気は既に、生後11ヵ月になった。

 平和な暮らしは続いていた。皆が、私みたいな子供を母親として認めて、応援してくれていた。


 そんなある日、おばちゃんの店に1人の男性客が入って来た。見た目で言うと20歳を過ぎたぐらいの…イケメンだった。頭から足の先までスラッとしたスタイルで、少し色白だけど、最初に見た時から、何か感じるものがあった。

 だからと言って、好きになった訳じゃない。カッコ良いとは思うけど……。


 私は勇気の母親だ。勇気が大人になるまでは、恋愛もしないと決めた。勇気のお母さんだけであり続ける事を、心に誓ったのだ。



「ところで莉那ちゃん。旦那は誰なんだい?」


 夜も遅くなるとお客さんにお酒が入って、聞きたくない質問をする人も現われる。


「それは内緒です。」


 それでも私は、笑って誤魔化していた。


「莉那ちゃんみたいに可愛い子に子供作らせて…羨ましいな。」


 …少し、心が痛い言葉も聞こえる。

 でも、いつもそれ以上の話は続かない。


「いい加減にしな!それ以上の事を聞くと、店、追い出すよ!?」


 聞かれたくない過去の話がエスカレートすると、必ずそこで、高山のおばちゃんが助けに来てくれる。


「ゴメンゴメン。こいつ、ちょっと酔っちまってんだ。黙らすから…ゴメン!」


 一緒に来たお客さんが謝って、酔ったお客さんの言葉を止める。

 けど、時にはそれが無理な時もある。


「だってそうだろうがよ!?まだ高校生にもならない女の子が妊娠したんだぜ?しかも、こんな可愛い子…。男はキチンと責任取って、一緒になるべきだったんだ。そうだろ!?莉那ちゃん?」


 酔ったお客さんは興奮して声を大きくした。この人は多分、私の事を可哀想と思ってくれているだけなのかも知れない。

 高山のおばちゃんが、手にしたフライパンを高く上げて、酔ったお客さんに振りかぶるマネをしたけど、私はそこに入ってお客さんに伝えた。


「勇気の父さんは…もう現われません。でも、私は幸せです。勇気と言う可愛い男の子を授かったんで……。勇気が立派な大人になってくれれば、私はそれだけで充分なんです。」


 多分、この話をしたのは初めてだったと思う。

 酔っ払ったお客さんだけじゃなくて、周りのお客さんも同じような事を考えていたと思う。


 …私の旦那、勇気の父親が誰なのか……。


 だから、今日のタイミングで話す事にした。

 私には旦那は必要ない。勇気がいればそれで良い。過去の事を考えたくないし、思い出したくもない。今幸せだから、それで良いのだ。


「…だからってよ……。」


 私の言葉に、さっきまで怒鳴っていたお客さんが静かになり、やがて泣き始めてしまった。


「こんな可愛い子に苦労させるなんて…。酷いじゃねぇか……?莉那ちゃん健気だから…可哀想過ぎるじゃねぇかよ……。」


 …やっぱりこのお客さんは、私に酷い事を言ったんじゃなくて、心配してくれただけだった。

 高山のおばちゃんも振り上げたフライパンを下げ、少し涙ぐんでくれていた。


「ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。この町で優しい人達に出会えて、お母さんみたいな人とも出会いました。」


 私は高山のおばちゃんを見た。

 おばちゃんはこっちを見て、涙目のまま笑ってくれた。


「勇気も、この町や店が大好きです。『災い転じて福と成す!』です。今の私があるから、皆さんと会えたんだと思います。」


 皆は私の話を聞いて悲しい顔をしてくれたけど、そんな雰囲気は嫌いだ。出来る事なら、毎日を明るく過ごしたい。勇気だってそうだ。いつも笑顔で私を見てくれる。

 それで良いんだ。




「あっ…綿棒…。忘れてた!」


 仕事が終わって2階に上がったけど、買い物を思い出した私は、1人で外に出た。勇気用の綿棒が切れたので、コンビニまで買いに行ったのだ。

 小さい町だけど、おばちゃんの家からコンビニまでは近い。歩いても、5分と掛からない場所にある。


「あっ…。俺、あいつ知ってる。莉那って言うんだぜ?」

「……。」


 このコンビニに、夜には滅多に訪れない。いつも店の前で、不良達が集会をしている。

 不思議な事に田舎に行けば行くほど、コンビニで集まる不良が多い気がする。


 店の前にいる5、6人の男の人を無視して店に入ったけど、出る時に道を塞がれた。


「何、無視してんだよ?お前最近、ここに越して来た女だろ?」

「……。」


 私は、それでも無視して家に帰ろうとした。

 根性がない奴らは、相手をするだけ無駄だ。返事をするとそれに安心して、ずっと声を掛けてくる。無視をするのが一番なのだ。

 でも、今日はちょっと状況が違った。不良達が、しつこく私に迫って来た。


「シカトすんなよ。お前に話してるだろ!?」

「……。」

「オイって!」


 余りにもしつこいので私は遂に振り向き、一番声が大きい男の人と正面で向き合った。


「だから何よ?私、あんた達なんか知らないから。」

「俺は知ってるよ?お前の事。子供いるんだろ?その歳で?」

「……。だったらどうなのよ!?悪い事じゃないでしょ!放っておいてよ!」


 私は、やっぱりこいつらと話すべきじゃなかった。


「待てったら!」


 男は遂に、私の手を掴んだ。


「何すんのよ!手、放してよ!」

「怒るなよ。俺達といい事しようぜ?お前、子供はいるけど旦那はいないんだろ?」

「……だから何なのよ!?」

「寂しいだろ?俺達が相手してやるって。」

「冗談止めてよ!どうして私があんたみたいな人、相手にしなきゃいけないのよ!?」


 つい、声が大きくなってしまった。


「!高飛車ぶんなよ!?男遊びが好きだから、その歳で子供を抱えてんじゃねぇのかよ!?」

「!!」


 多分…誰かはそんな視線で見てると思っていた。

 だけど、声にして聞いたのは、今日が初めてだった。


「ほら、何も言えねぇじゃねえか?我慢せずに、俺達と遊ぼうって!いい仕事するぜ?」


 男の人が、さっき以上に近寄って来た。


「止めて!」


 私は焦ってその手を振り解き、一目散に逃げようとした。


「オイ!待てよ!」


 逃げ切れるかどうか、分からないまま走り出した。

 結果的に、逃げる事は出来た。


「何だよ?お前!」


 振り向くと、不良達の前に1人の男性が立っていて、私をかばってくれていた。誰だかは直ぐに分かった。今日、初めて店に来てくれたイケメンのお客さんだった。

 彼は私の方を振り向くと、顎で逃げろと合図してくれた。無言で頭を下げ、一目散に走って帰った。



 家には無事に到着したけど、彼が無事かどうかは分からない。


 私は…怖いと言うより悔しかった。不良達の言葉が、胸に深く刺さっていた。さっきも言ったけど、多分誰かは、私をそんな目で見ている。大丈夫だと思っていたけど、声に出されて言われると、やっぱり心が折れそうになる。



 2階に上がると、高山のおばちゃんはもう寝ていた。いつものように、凄いイビキだ。

 勇気も…いつものように、笑顔を浮かべたような顔で眠っていた。この子は本当に無邪気に、そしてすくすく育ってくれている。


(あれっ…?)


 勇気の寝顔を見ていると、目から涙がこぼれた。やっぱり周りの目が気になっていて、ずっと我慢していたみたいだ。



 寝間着に着替えて、勇気の横で私も横になる。さっき止まった涙が、また出て来た。

 勇気の髪を撫でながら私はもう1度、昔に誓った事を言葉にした。


「ゴメンね、勇気…。私のせいで、勇気まで悪く見られるかも……。でも、あんだは私の息子だから……。血は繋がっていなくても……ずっとずっと、あんたは私の子供なんだからね……?」



 私はもう泣かない。誰に何を言われても泣かない。

 勇気が立派な大人になるまでは、絶対に泣かないんだ。

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