第3話

 ブブが亡くなった時、私と彬は二人で小さなお葬式を行った。小さく固くなった体をクッションを敷いた箱に入れ、隙間なく花を敷き詰めた。ブブの好きだったチーズやカニかまを箱に入れ、細い蝋燭を灯した。

 私は鼻をすすり続けていたが、彬は泣かなかった。膝の上で拳を固く握り締め俯いている。薄暗い部屋の中、蝋燭のほのおが揺らめいていた。壁に映る彬の影が細かく震えていて、泣いているように見えた。

 そこに、姉が入ってきた。そして箱に収まったブブの姿を見つけると、突然彬にしがみついてわあわあ大声で泣き叫び始めたのだ。私は唖然とした。ほんの時々、思い出したようにしかブブの様子を見に来なかった姉が、この世の終わりのように大げさに嘆き悲しんでいる。そして一番悲しんでいるはずの彬は、顔を真っ赤にして姉を抱き止めているのだ。

 この茶番を目にして、私は何だか全てが馬鹿馬鹿しくなって、部屋から出た。彬も姉も勝手にすればいい。ブブがいなくなった悲しみが汚されたような気がして、情けなくてキッチンで一人で泣いた。

 

 読経が終わった後、私たちは猫缶を持って寺の裏庭に向かった。深い緑に囲まれた中に大きな慰霊碑が建っている。その周りにはいつも何匹かの野良猫がいて、その子たちに猫缶をあげるのが毎年の恒例行事になっていた。

 缶詰の中身を持ってきていたプラスチックトレーに載せると、すぐに近くの草むらから白黒斑の猫が二匹やってきた。顔つきも体付きもとてもよく似ている。きっと兄弟猫だ。ここの猫たちは皆人慣れしていて、見知らぬ人間にも触らせてくれる。きっと同じようにペットの供養に来た人達から可愛がられているに違いない。

 私は猫の頭の柔らかい毛をゆっくりと撫でた。目を細め、喉をゴロゴロ鳴らしている。ブブの件以来私はすっかり猫好きになったのだが、母の再婚相手は猫アレルギーで、家では飼うことができない。それはアパート暮らしの彬も同じで、ここで猫と触れ合うのが私たちの楽しみの一つとなっていた。

 背後から彬の手が延び、もう一匹の猫の背中を撫で始める。振り向くと覆い被さりそうなくらい近い位置に彬の体があった。私は驚いて立ち上がった。その勢いで彬が後ろに倒れた。

「いってえ、何だよ急に」

「近すぎ!」

顔が赤くなっているのが自分でも分かった。それを見られるのが恥ずかしくて、私は振り向かずに裏門から出て、近くの河原に歩いて行った。


 いよいよ彬が家を出て行くという時になって、私は決定的な場面に遭遇した。

 夏休みも終盤に差し掛かった頃、母から近々離婚すると告げられた。彬の父親と母は猛烈な喧嘩期間を経た後、全く口をきかなくなっていた。彬の父親は真夜中しか帰ってこないし、母も毎晩遊び歩いている。離婚は当然と言えば当然の流れだったが、二人ともあまりにも無責任でうんざりした。

 ブブの埋葬が済んで以来、私と彬は互いの部屋を行き来することはなかった。日常会話を交わす程度で、以前のような親しさはなくなっていた。代わりに、夏休みに入ってから家に戻ってきた姉が、彬と一緒にいるようになった。二人で楽しそうに昼ご飯を作ったり、テレビを見たりしている。それを見たくなくて、今度は私が家に寄りつかなくなった。とはいうものの、姉のように遊び歩く訳でもなく、ほとんど図書館に行って時間を潰していた。

 ある日、鍵を忘れたことに気付き、私は家に戻った。玄関の扉には鍵が掛かっている。庭に面しているリビングから中に入ろうとして窓を開けたとき、突然それは目に入ってきた。

 床に寝転がっている彬と、その上に馬乗りになっている姉の姿。

 二人は驚いた顔をしてこちらを見ている。私は振り向かず、そこから駆け出して逃げた。姉の着ていたブラウスはボタンが全部外れていた。13才の私には、あまりにも刺激的な光景だった。 


「待てよ、悪かったって」

早足で歩く私を彬が追いかけてくる。周囲は草むらで、梅雨時の蒸した空気が立ち込めていた。

 ああ、失敗した。なんであんなに動揺してしまったんだろう。あれじゃまるで私が彬を意識しているみたいだ。

 私は自分でも思いがけない反応をしてしまったことに動揺していた。彬が私の腕を掴む。私は立ち止まって振り返った。

「もういいよ、離して」

できるだけ平静を装って私は言った。でも彬は手を離さなかった。

「ちょっと」

「ちゃんと話したいことがあるんだ」

「手、離してよ。痛いんだけど」

振り払おうとしたら、一層彬の手に力が入った。指が二の腕に食い込む。

「ねえ、マジで痛い」

私は焦った。彬の顔が今までに無く真剣だったからだ。

 彬が私との関係を進めたいと思っているのは薄々気付いていた。だからずっと深刻な話にならないようにはぐらかしてきたのに。

「美優」

「何よ」

「俺と付き合ってくれ」

「いや」

彬はしばらく無言で私の顔を見つめた後、手を離し、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「即答かよ‥」

私は腕をさすりながら背中を丸めた彬を見下ろしていた。

 










 


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