13 ピクルス、ハンバーガー抜き

 朝起きたドロシーは、低血圧となんとなくの気分のせいで既に疲れている。重い足取りで安アパートの錆び付いた階段を降りて、徒歩十分ほどの駅に行く。通勤ラッシュの満員電車にうんざりしながらもみくちゃにされて、終点を更に越えた世界の接合点の先、〈爪痕の世界〉の警察署前駅で降りる。支部に入って、朝飯を食べている先輩や仮眠を取っているそのまま永眠しそうなタンホイザー、後輩の朝永君、ナギ支部長、〈何でも屋〉のメルゲン、ほぼ完全に竜と貸した古参ミザノールなどに挨拶し、タイムカードを押す。

 ロッカーから外套と竜眼のメダル、ローギルの剣、ピースモンガーと弾薬、塗布用の殺竜剤の缶、補給食の竜油ドロップなどを出し、装備する。

 支部長から〈設定資料〉ハンドアウトを手渡され、その日の仕事を確認する。この日はかなり起伏の緩い仕事ばかりで、ちょっとした運動が必要なものもあるが、竜も大したことない相手ばかりだ。もっともこの仕事の本質は竜の潜んでいる状況を特定し、そこに潜むことであり、その条件を満たし対峙すれば、竜を自動的に抹消できる。どんな強大な竜でも、手乗りサイズの竜でもそれは変わらない。太古の昔、ドロシーの祖先を含む竜狩りたちがこの秘術を身につけ、極めて効率的に竜を屠り続けた結果、やつらはあらゆる世界に飛散し、状況に隠れ潜むようになってしまったのだ。それを竜狩りたちが執拗に追いかけた結果が現在の状況である。

 今日ドロシーが担当する最初の仕事は、ハンバーガーショップを訪れた学生が、「ハンバーガー、ピクルス抜きで」と言おうとしたが、「ピクルス、ハンバーガー抜きで」と言ってしまう、という他愛ないものだった。危険はないし、短期間で終わるだろう。

 秘術担当のウェスト司祭が来て、ローギルに対する感謝、祝福、幸福がどうとか言う祈りを捧げ、メダルや剣に不備がないかだるそうにチェックする。

 〈扉〉ポータルを出て憂鬱に歩いていると、そこは駅前の繁華街だ。時刻は指定されたとおり昼前、そろそろ食事にしようか、と学生のドロシーは思う。空腹で頭が回らない。目の前にあったハンバーガーショップでいいだろうとドロシーは思う。単品でハンバーガーを買い、自販機でコーラでも買って飲もう。

 レジへ行って注文。ハンバーガー、ピクルスはいらないな、と思っていると店員が店内でお召し上がりですか、と聞いてくる。予想外なので少し焦り、えっと、外、持ち帰りで、と言い、混乱が解ける前にドロシーはこう言ってしまう。

「ピクルス、ハンバーガー抜きで」

 今度温泉行かね? と話しているカップルのテーブルに小さい竜が乗っていた。竜を発見するなりそれは抹殺される、という、状況そのもので竜を狩る秘術がここで発動する。ドロシーはこの時点で学生の立場から竜狩りに戻り、全身全霊で竜の心臓に剣を突き立てていた。

 あとには気まずい思いで「いや、すいません、ハンバーガーピクルス抜きです」と言いなおす学生だけが残る。ドロシーはすでにいない。彼女は次の「古代兵器発動の鍵となる少女が、敵対組織に狙われて逃げており、地元の道に詳しい少年に導かれて市場と路地裏を走り敵を突破する」状況へ紛れ込んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る