12 異能者タンホイザー

 朝っぱらから憂鬱な表情で、顔色の悪い男が竜狩り公社に出勤して来た。二十代半ばで、髪は灰色、ドロシーよりもだいぶ疲れた顔をしてため息を吐きまくっている。この男、ドロシーの同僚タンホイザーは、異能が密かに存在する世界における竜狩りを担当している。身なりはよく、しかし青白い顔をしているため、吸血鬼のようだとドロシーは見るたびに思う。彼は先輩と同じく、ドロシーの出身世界からだいぶ離れた場所の出で、偶然〈爪痕の世界〉に流れ着き、漂着者保護プログラムによって竜狩り公社に就職した。

「おはようドロシー。俺は今朝もごきげんだぜ……今回は〈蒼炎の断罪者〉として〈騎士達〉、そして〈共犯者〉を〈堕天〉させ、〈カトレアの白刃〉を三本すべて〈暗夜の教会〉へ持ち帰らねばならないんだ」分厚い資料を読みながらタンホイザーは苦笑いする。

 つまり? とドロシーが聞くと、

「偉い人の依頼で、盗まれたお宝を取り返し、ワルどもをやっつけるんだ」

 秘術によって状況に紛れ込み、それを構成する人間に成り代わっても、一度に大量の記憶を流れ込ませるのは負担が大きく、後遺症が残る場合もある。だから、事前に状況の確認が必要不可欠だった。タンホイザーは無理なスケジュールでいくつもの世界、その関係者一同、彼らの持つ〈異能〉の情報を頭に叩き込むことが多く、稼ぎは良かったが体への負担も大きかった。彼の場合腕には鱗が形成され始め、尾てい骨が肥大化し始めていた。

「まあだいたい慣れたからもう平気だよ」とてもそうとは思えない疲れた顔でタンホイザーは言った。「昨日は〈一日一善〉グッド・ティクラー〈感情論〉マグニファイドを〈百のうちのひとつ〉に変えたことを逆に利用して、やつを原風景のひとつに帰してやったのさ。あいつの能力もほとんど反則みたいなもんだけど、〈代行者〉サブスティチュートに比べればまだやりやすいぜ。あの女に至っては物忘れの激しいラプラスの悪魔って感じだからな。あんなのでよく公的機関に所属できてるよ。一秒間に三十六回切り付けたのにやつときたら『どうしたのさ〈大立て者〉レインメーカー、そんなノロくちゃ刃が体に届く前に老衰で死んじまうぜ』ときたもんだ」

 タンホイザーが竜を狩るほとんどの世界では、すべての法則は巨大な、しかし秘匿された機関によって決定される。あらゆる陰謀論は正しく、バカげた力を持つ個人が裏路地に溢れ返り、それでいて巨大機関の隠蔽によって世間の誰もが彼らを知らない。なぜか裏稼業の異能者には年若い少年少女が多く、専門用語やコードネームを早口言葉みたいに口走りながら戦闘を繰り広げている。世界の運命すらが毎日、数人の手によって揺れ動く。警察も軍も巨大企業も、裏の世界の少数の人間に支配される傀儡だ。そんないびつな場所で働いているから、この吸血鬼じみた男は逆に、寿命を吸い上げられるはめになっているのだ。

 やめたいと思わないんですか。ドロシーがそう聞くと、タンホイザーは草臥れ、しかしどこか誇らしい顔で答えた。

「俺がいないと、この支部は回らないからね」

 そうしてまた、難解な専門用語と歪な世界の秘密を頭に叩き込んで、武器を手に彼は立ち上がる。良いか悪いかは別として、竜狩りのあるべき姿だとドロシーは思った。

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