10 紛れ込まれた側視点

 六月。大学生活にもようやく慣れてきて余裕ができたのと、一人暮らしを始めてから自炊もせずコンビニ弁当ばかりで、不健康さが気になったために、オレはジョギングを始めることにした。あまりハードなのは無理なので、朝方、アパートの近くのバス通りを軽く走るだけにした。

 最初は長続きするか不安だったが、早朝の静かな街を走るのは気分が良く、無理なく続けられる気がした。十五分くらい走ると広めの公園があって、そこで一休みしてから帰ることにしている。ジョギングを始めてすぐに、犬の散歩をしているおっさん「桜庭さん」と顔見知りになった。最初は挨拶する程度だったが、毎朝会うし、オレが犬好きなので、「ジャッキー」というその柴犬を褒めたのが切欠で、少し雑談するようになった。天気の話とか近所で起こった出来事とか、大抵他愛のないものだったが、知り合いも少ない一人暮らしの生活では悪くない経験だった。

 六月の終わりごろ、夏みたいに蒸し暑い日が何日も続いていたある朝、いつものようにオレが公園まで来ると、桜庭さんがジャッキーとともに歩いているのが見えた。

 挨拶しようと近づき、オレは一瞬違和感を覚えた。その正体が分からないまま、おはようございます、と会釈する。桜庭さんはなんだか疲れているようだ。工務店をやってるはずだったが、仕事が忙しいのだろうか。そう思ったがなぜか聞く気にはならなかった。

 最近の暑さと、奥さんとエアコンの設定温度で揉めたって話をして、桜庭さんと別れ、オレは公園を出た。いつも通りの静かな朝だった。

 再び走り出したころ、どこかで爆竹みたいな音、銃声? って感じの音がして一瞬足を止めたが、こんなところで誰かが発砲するはずもないと思い直してオレはバス通りを走った。

 桜庭さんとはなんだかんだで大学を卒業するまで会い続けた。最後に会ったのは就職で引っ越す前で、そのときもそれまでと変わらず朝の公園で、近所で新しく開店した居酒屋の話かなんかして、以来会うことはなかった。

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