9 異世界に転生させるために主人公をトラックに轢かせる
「俺さあ今、小説書いてんのよ」
級友の堤が学校からの帰り道、川沿いの道でふとドロシーに言った。
どんな小説? とドロシーが聞く。
「主人公がトラックに轢かれて異世界に転生する話」
なんでトラックに轢かれるの? とドロシー。
「ストーリー的に異世界に飛ぶためには、何かこう、きっかけが必要だから、まあ車ならなんでもいいけどトラックで殺すことにした。タンクローリーとか戦車でもいいけど」
死んで異世界で復活する。
「そう」
復活したあとどうするの?
「いや、考えてねえんだ。トラックで轢かれるところまで書いた」
どういう風に轢かれる?
「主人公は遅刻しそうになって慌てて走ってて、曲がり角を曲がったらトラックが来て轢かれる」
なんかそれって間抜けじゃない?
「そうかな、そんなことないと思うけど」
轢かれそうな猫を助けて代わりに轢かれるっていうのは?
「それはなんか、いかにも善良な主人公だとアピールしているようでどうかな」
じゃあ、ただ轢かせるの?
「ただ轢かせる」
だったらトラックじゃなくていいんじゃないの?
「タクシーとかにしろってか?」
いや轢かせるんじゃなくて、朝起きると異世界だとか、穴に落ちたら異世界だとか、そういうので。
「でもその辺はトラックとあまり変わらないんじゃねえかな」
いきなり主人公が轢死するというショッキングな冒頭は抵抗がある人がいると思う。
「そうかな、現実だって事故に合うときはいきなりだぜ」
そのあとの本編でもある程度の暴力的描写は書く予定?
「いや、あんまし決めてないけど、そうでもないと思う」
じゃあトラックに轢かせなくていいんじゃないの。
「ドロシー、君はさっきから俺にトラックを出させることに対して難色を示してるが、何か嫌な思い出でもあるわけ?」
ないけど、異世界に転生するガジェットとしてトラックを出すのにちょっと抵抗がある気がしてきた。
「そうかな、むしろ現実世界を象徴していて、そこからの決別っていう意味もあるんじゃねえ?」
どうだろう? っていうか、トラックは逆に優等生すぎるかも。じゃあそうだ、もういっそ馬車に轢かせるとか。
「馬車はだめだろ」
なぜ?
「そこら辺を走ってるものに轢かせないとリアリティがねえだろ」
トラックに轢かれた主人公が異世界に行くのはリアリティがあるの?
「君は相変わらず屁理屈の好きなやつだな。そうだな、区切りをつけるとなると、『トラックに轢かれる』ってところまでは現実、リアリティの世界な。轢かれてから異世界に行くと非現実、ファンタジー。だから、馬車を異世界転生前に出すとなんていうかオフサイドっていうかフライングっていうか」
じゃあそうだ、馬車が異世界の神の使いなら矛盾はないのでは? 主人公を迎えに来た。
「ああ、馬車は非現実的存在? なるほど。ファンタジーの開始をちょっと前にするのか」
うん、馬車でいいんじゃない。
「だめだろ。馬車なんて見たことない。見たことないものを出すのはリアリティが」
それを言ったら異世界だって見たことないんじゃないの。
「また君は混ぜ返す気かよ。それを言ったらトラックに轢かれたこともねえだろ」
なのに書くの?
「よく、『殺人を犯さなくてもミステリは書ける』と言うけど、その手の話だな。まず大前提として『作者が自分の体験したことを書くと必ず面白くなる』っていうなら、経験は相当大事だよ。そして『面白い小説を書くことはなによりも優先される』なら、ミステリを書くときは殺人を犯し、ハイファンタジーを書くなら異世界へ行き、トラックに主人公が轢かれる描写を盛り込むなら道路に飛び出すべきだ。だが現実は別に、体験したことを書くと絶対面白くなるわけじゃないし、執筆のためといえどやっちゃいけないことがあるわけじゃねえか。もちろん、ミステリ作家の中に、自分のした殺人事件のことを書いてるやつがいて、そのためにものすごく面白くなってる作品があるのかも知れねえよ。だけど作品を面白くできるなら、別に自分で体験する必要はないし、下調べもなにもしないで適当に書いたために作品がつまらなくなるなら、それは体験とか関係ないだめな作者ってことだろ」
なるほど。
「おっと、霊柩車だ」堤は親指を隠した。
堤。ドロシーが言うが、相手は遮る。
「お前、トラックじゃなく霊柩車に轢かれれば、そのまま火葬場に運べて便利、とか言おうとしただろ」
よく分かったね。
「不謹慎なこと言うんじゃねえよ。俺の親父、先月それで死んだって知ってんだろ」
ああ、そうだった。
「俺も霊柩車に轢かれたって聞いたときは同じこと考えたけど。さすがにまず病院だよ」
じゃあ救急車に轢かれるのが一番早い。
「確かに。ってそんなこと言ってる場合じゃなくてさ。親父が死んで、働き手がいなくなって、お袋は泣いてるだけで飯も作らず何もしなくなったから、この先は俺が小説書いて印税で食ってくしかねえじゃん」
ああ、そのために書いてるの。
「そうだよ。それで、轢死する主人公を書くことが親父への供養にもなると思ってさ」
そう。親父さんはいい息子を持ったね。あ、また霊柩車だ。
二台目の霊柩車の上に寝そべる緋色の竜をドロシーは銃で撃った。
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