僕の周りはいつも通りに平和です。
僕は悪くない。一挙手一投足、そのすべてに対して何の悪びれもなく断ずることが出来る。僕は絶対に悪くないと。
しかし人は言うだろう。愚行だったと。考えの足らぬ幼稚な行いだったと。さも善人ぶって、私ならそんな馬鹿なことはしないと、そう、言うだろう。
確かに僕にも多少なりとも、本当に些細で極小ではあるのだが、非はある。昨日買って食べた弁当入っていたが食べ残したほうれん草には、鉄分が多く含まれていた。だが、そのこととこのことの因果関係を証明し得る者はいない。もしいたとしよう。だとしても、僕は揺るがない。ほうれん草を考慮に入れてなお僕の正当性は、何人にも崩しようのない、揺るぎようのない絶対なのである。なぜならば、僕が僕だからである。これ以上の何を提示することに、意味を見いだすことが出来ようと言うのか。
それでも僕は、僕が僕であるが故の絶対性を考慮から外してさえなお、僕が正当であるということの論理的な解釈を、僕の崇高な思惟を理解し得ぬ、愚かなる君たちへ贈ろう。
例えばの話だ。君が電車に乗っているとき、そこそこに込み合っていて立っていざるを得なかったとしよう。そこそこ込み合っているが故に、君の右隣に、微妙にぶつかりそうでぶつからなさそうな本当に微妙な位置に、サラリーマンなおっさんがいたとしよう。
そして君は電車がカーブに差し掛かったところで案の定バランスを崩し、左隣に立っていた
君はそこで、いや、そこに至るまでの道のりで、否、その瞬間に至るまでの13階段という人生の途上で、君は、一体何が出来た。僕が昨日ほうれん草を食べ残したことを難詰するように、足腰の強化とバランス感覚の鍛錬を怠ったことを、君は自分自身に向かって
無理だ。そんなことは、無理だ。無茶苦茶だ。
未来のことなど、誰にもわかりはしない。君はまず間違いなく、襟元を掴まれながら次の駅のトイレに向かうことになるが、それは、生きていく上で避けようの無い、些細で日常な事象のただ一つだ。
そう。ここまで言えば、流石の君でもわかるだろう。君が例えの中で頭突きをしたように、僕の行いは、何の悪意もなく、何の過失もなく、不可抗力の、避けようのない事象であったということが。
だからいいじゃないか。朝っぱら来た新聞勧誘のおっさんに正拳突き放ったって。
勢い良く吹き飛んで後頭部をアパートの手すりにしこたま打ったところで思いっっっっっきり
うまい具合に回転しながら手すりを越えて二階から落ちようとするところを踵落としで追撃したっていいじゃないか。
あれだけの攻撃を受けながらそれでもまだ動けることに感心して二階からのヒップドロップをお見舞いしたって良いじゃないか。
すでに虫の息のおっさんに「まだ生きてたのか、ふん、運のいい奴め」と言いながら止めを刺したっていいじゃないか。
仕方がなかったんだ。だって僕は低血圧だから。朝は機嫌が悪いのだもの。寝惚けてたんだもの。
太陽は随分高い位置にあったけれど、人類の朝は起きた瞬間であるはず。
だから僕は言おう。多少の哀れみを込めて僕は言おう。「おっさん、ドンマイ」と。誰にも聞こえないよう、そっと、呟こう。
そして僕は言おう。多少の悔いを込めて僕は言おう。「ワタシ、ニホンゴヨク分カラナイネ~。ソコニ倒レテルしと? サ~、シラナイネ。」と。偶々物音を聴き付けてやってきた官憲の予想外に早い到着にも慌てず、きっぱりと、述べよう。
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