中古の走馬灯
もの書きさかな。
僕。
今年で30になる僕は、大学生の頃に知り合った妻と2人でひっそりと暮らしている。
2人では少し広いほどのマンションに住んでいる。子供は……、欲しくない。と言ったら嘘になるが、妻の体の構造上、子供ができないのだ。これは女性にとって一番辛いことなのかもしれないが、彼女は僕に対して涙1つも見せなかった。僕は本当に妻を愛しているし、彼女も僕を愛していると思う。
「行ってきます」と僕が言うと
「行ってらっしゃい」と妻が言う。
毎朝、なにかのしるしのような合図を終え、僕は家を出て行く。
僕は、世間が口を揃えて言う「いい」企業に勤めている。毎日営業に回って、真面目な働きアリがエサを運ぶように、真面目に契約を取って回る。
妻の仕事は家事。いわゆる専業主婦だ。子供がいない分、金には困らない。
妻がわざわざ働く必要がないのだ。
僕はいつも通り出社し、うまく仕事をこなして定時に退社する……つもりだった。
しかし、朝のなにかのしるしのような会話を終え、家から出て行ったあと、僕は突然、仕事をサボりたいという衝動に駆られた。そして誰も知らないような、「どこか」へ行ってしまいたくなった。
それは……、一種の虚無感を感じてしまっていたのだろうか。いや、同じ時間に起き、同じ時間に家を出、毎日同じような仕事内容をこなし、同じ時間に帰る。この形式化された僕の平日に対して、僕の身体が嫌気をさしたのだろう。
そうやって僕は、いつも乗るはずの通勤電車が出発するのを見届けたら、駅から出て、行き先を考えるために市が運営する図書館へ向かった。
コンビニで買い物をしている飼い主を待つ白い犬が、退屈そうな顔をしていた。
中古の走馬灯 もの書きさかな。 @Fish_sakana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。中古の走馬灯の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます