魔法使い(プログラマ)のお仕事

精力善用国民体育の型

第1話 美しい魔法陣(ソースコード)を書け

 時計の魔道具から、終業時刻である十九時を知らせる音が響く。

 当然のごとく、今日もまた誰も気にした様子を見せない。

 五十人ほどが詰めているこの職場で、誰も帰る素振りを見せないのだ。


 三十歳を目前にした俺は、己の顎や頬をさする。ジョリっとした感触。剃り残した所以外はそこまで伸びていない。「俺は昨日、ちゃんと自宅に帰っているな。今日も帰ることができるはずだ。大丈夫」そんな確認。


 これが日常。


 とは言え、定時過ぎに残っていても、仕事をせずに駄弁っていたり、自分の趣味に走っている奴らもいる。こいつらは会社にいるのが好きなだけだな。


 不意に、左斜め四十五度の後方に気配を感じた。


「先輩、国立第三騎士団から注文のあった中規模魔法なんですけど、ちょっと見てもらって良いですか?」


 数少ない女性社員である後輩ちゃんが声をかけてきたのだ。

 この後輩、新人で王国立魔法学校卒の女性だ。歳は……知らん。二十一か、二十二か、そんなもんだ。顔立ちもスタイルも良いのだから、別の仕事に就けば良かったのに……と思わずにはいられないが、言ったらセクハラになるから口には出さない。


「……はぁ。いつも言ってるよな? 定時を過ぎてから仕事を持ってくるなと」

「すみません、時間押しちゃって、今やっと形になったんです」

「仕方ねーな」


 俺はため息混じりに後輩ちゃんが持ってきた魔石を受け取ると、魔法陣を読み書きするための魔道具にセットした。

 時代は変わったもので、昔は手書きしか方法のなかった魔法陣ソースコードの組み方も、こうして魔道具で行うようになった。

 魔法陣を書く言語プログラミング言語も古代語しかほぼ選択肢がなかった頃とは違い、人の操る言葉に似た構造の言語もある。今はそちらが主流だ。


 後輩ちゃんが持ってきた記録用の魔石が光り、魔法陣ソースコードを目の前に映し出す。その量は膨大だ。技術が発達するにつれ、客の要望も際限なく高難度になり、昔は紙一枚で済んでいた魔法陣も、魔法陣の中に魔法陣を書いたり、またその魔法陣を重ねたり、魔法陣同士を物理的にではなく、魔法の処理で接合する、なんてこともする。


「ダメだ。もう一度練ってこい」


 俺は投げ捨てるようにして後輩ちゃんに記録用の魔石を返した。


「なんでですか! 具体的にどこがダメなんですか!?」

「まず最初、そして究極の話、魔法陣ソースコードが美しくない」

「そんな理由で!」

「そんな理由? お前のその『とりあえず動けば良い』と言わんばかりの汚物を誰が見ると思う?」

「納品さえしたら誰も見ませんよ! 動くならそれでいいじゃないですか」

「いいか? お前が無自覚に無遠慮に作ったそのゴミは、すでに俺が見ている。そして、これからデバッグのためにお前も見る。納品したあとで不具合が起きたら、お前の手がたまたま空いていればまたお前が、お前が空いていなければ別の人間がそれを見ることになる。ゴミに手を突っ込みたいヤツがいるか? ゴミ溜めを作りたいなら自分の家でやってろ」

「そんな……そこまで……」

「それとな、ざっと見ただけでその汚さに紛れてバグがある。第三、五、十一魔法陣の条件分岐、テストしきれていない。正常系は良いが、異常系で処理が落ちる。あと、第七、八、二十一、三十七魔法陣で使われている指定子が曖昧だ。これだと気温や高度の変化に対応できない。それと、七割ほどの魔法陣で使われているターゲット指定の表記方、今回に関しては影響はないと思うが、バグがあって、代替表記方が通達されている。書き直しておけ。他にもあるだろうが汚物の全てを見る気にはなれない。以上」


 後輩ちゃんの顔が青ざめていくのが分かった。確かにこのままだったら大変なことになっていただろう。

 まあそのために上位者による魔法陣の評価レビューがあるわけだから、それが機能したに過ぎないが。


 後輩ちゃんは深く頭を下げてから足早に自席に戻って行った。


 俺は時計を見る。既に定時を三十分過ぎている。

 定時を過ぎているからと言って、俺も帰れるわけもなく、自分の作業に戻った。


 結局、俺が会社である『マウンテン・ライスフィールド・コーポレーション』のオフィスを出たのは二十一時。今日の残業は二時間というところだ。

 「魔法使いプログラマは酷務だ」だの「ブラック企業だらけだ」など言われているが、そうでもないと俺は思っている。もちろん、そういった過酷な状況にいる人や、ブラックな会社もあるだろうが。


 どんな事情にあろうとも、魔法使いプログラマ歴が浅かろうが深かろうが、俺の知ったことではない。

 俺が、己を含めた全ての魔法使いプログラマに求めることは、ひとつ。


『美しい魔法陣ソースコードを書け』


 それだけだ。


 今日も小説を読んで現実逃避をしながら、エールを飲んで帰るか。

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