第1.5話〈保健室〉
カーテンの隙間から午後二時のか弱い春の日差しが流れこみ、空気に漂う無数の微塵が照らされて、レール如くの日差しにうごめく。この現実気味が足りない景色のかけらを、佳乃はいつもベットに横たわりながらじっと眺めていた。
いつものこの時間なら、国語と英語を教わる家庭教師が去り、日が暮れるまでいるお稽古の先生はまだ家に来てないので、佳乃にとっては唯一の休憩時間だったが、父が外に行かせてくれない以上、佳乃ができることは読書くらいだった。そして、読むことにしんどくなったら、彼女はたまにふてくれたかのように、ベットに身体を投げだせる。
その時、佳乃が顔を机の方向に向けると、机に落ちる日差しの束に、たくさんの塵々が集い、モゾモゾと居場所を定めずにふゆうするのが見える。
四六時中ちゃんと存在するのに、光に、しかも午後の強みを少しなくした光に照らされないと決して姿をみせることのない塵々の群れを見つめていて、佳乃はいつも、
この子たちはきっと誰よりも、私たちはちゃんとここにいる、と訴えたがっているでしょう。けれども、日差しを浴びないと永遠に見つかれることが出来ず、ただ悲しいくらいもどかしく漂うだけで。
と思い、すこし切なくなって、目もむなしくなってしまう。
(そういえば、同じよう子たちはここにもいるのに、同じ午後の日差しなのに、どうしてこの子たちが自分の部屋の子たちと比べたら、こんなにも自分と遠いかしら)
佳乃はベットから手を上げて、保健室のカーテンから漏れる光に密着する粉々に届けようとするが、それらを触れられるより先に、その手が柔らかくつかまれる。
暖かい手、と言いたいところだったが、佳乃の手を包んだその手は、汗ですこしひんやりしている。
佳乃の首に、七海の舌が悪戯めいた勢いで行き交い、舌先が佳乃の肌に弾けるたび、佳乃は太ももがびくっとする。
くすぐったい。
保健室の特有な消毒剤の匂いを混じったシャンプーの香りが、七海の髪から発し、佳乃はそれを嗅ぎ、吸い込む。
なんとも不思議な匂いだ。
と、佳乃は思いながら、その香りに酔いそうである。
「どうしたの、佳乃」
あげた手を掴むまま、七海は舐めるのをやめて聞く。
「わかりません。誰かを掴めようとしていた気がしますが」
「ふふん」
七海は失笑する、ちっちゃい鼻から出てくる息が感じる。
「あたしは、ちゃーんと、ここにいるよ」
濡れたくちびると乾いたくちびるとがそっと重なり、擦り合いはじめる。エロチックさを感じなかった。ただ、くちびるが擦り合いながら、佳乃は息が少しずつ七海の口に啜られて、意識が徐々に空白にかき消されそうだ。
伸ばした腕からだんだん力が吸い取られて、七海の手に軽く押される感じで、羽根のように物音を立てずにシーツに落ちる。
七海のくちびるがネバネバしてて熱い。近づけた七海のひたいに、自分のひたいが奇妙な吸引力を感じて敏感になり、そこに舞い落ちる前髪動くたび、佳乃はくすぐったさに耐えきれずに笑いだしそうだ。
手も足も動けない。動きたくかもしれない。
どちらにせよ、いまの自分はもう七海の思うままに翻弄されるだけだった。
くちびるがなんの前触れもなく離れる。ゲッカビジンが咲くような儚いキスだった。
「もっと、しちゃう」
そう聞く七海の顔に、妖精みたいな神秘的な可憐さがあった。
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