第三話
「圧勝だったわね」
陣地に戻るなり、一二三に迎え入れられる。
「まあ慣れ親しんだ形だし……」
「その中でしっかり勝っていくのがまたすごいわ。練習の成果ね」
一回戦を突破した後よりもテンションが高めの一二三。一勝ごとに目標の百二十万台が近づいてくることに嬉しさが隠せないのだろう。
「準決勝の相手だけど……」
一二三はまた横の若い男の人から紙を受けとる。一瞬その人と目が合い、会釈。
「えーっと……これか。ベスト4に残ったのが、うち、新宿、これなんて読むのか知らない、あと……」
読み方知らないってあんのかよ。お前社長令嬢だろ。
「あと…………小笠原製菓…………? 聞いたことないわね。まあ大丈夫でしょう」
「小笠原製菓?」
一瞬、聞いたことのある名前に反応する。
「何よあんた。何か知ってるの?」
「いや、知ってるというか…………最近会ったんだよ。その小笠原製薬の娘って人に」
「え、そうなの?」
「まあね。と言っても会ったというよりは宣戦布告をされたというか…………でも、アイスについてしか喋らなかったな」
「そうなんだ。まあ大丈夫じゃない?」
「大丈夫なのかなあ…………」
一二三と同じように、小笠原さんも結構その会社のことに詳しくて、その会社への愛も感じられた。
「まあ確かにあそこはアイスに関してはよくやってる方よね。たまーに当たりを出す感じの」
お嬢様界にもそれは共通の認識だったらしい。たまーに当たりを出すっていうか稀に当たりを出すというか、もうその辺は気分次第だよね。
「この前も、コーラのような味のポテチとか作ってたみたいよ。アイスだけじゃなくスナック菓子にも手を出してきたのね」
「お前詳しいな」
「だって社長の娘ですから」
普通に聞いたらムカつく発言のはずなのに、こいつから聞くと何も変に感じない。むしろ、こいつは頑張ってるから許せる感じ。自分は何もしてないのに、肩書きだけで権力を振りかざすような人ははっきり言ってムカつくだけだ。
「まあ、美味しいかそうでないかと言われたらもちろん美味しくはなかったわ。コーラのような味のポテチって何がコーラの『ような』なんだろうって思ったらコーラなんて語れないレベルで不味かったわ。コーラもどきじゃない、あれはもう新商品」
さんざん他社の製品をバカにした一二三は、その態度のまま、
「問題は逆の山の準決勝よ」
と、話の矛先を変えた。その目付きは早くも決勝戦へと向けられている。
「新宿製菓はまだ手の内を明かしきっていないわ。初戦はじっと壁の後ろに身を隠して出るといううちみたいな作戦、二回戦はダーッて突撃して先行逃げきりの戦い。戦い方を変えてきているから、どの形があそこの本命の形なのかはわからない。準決勝は私がその辺を見ておくから、あんたはあんたの準決勝、目の前の勝ちにこだわって」
「はいよ」
時計を見ると、試合まで残り5分。そろそろ行く時間だ。「準決勝」と映し出されたバックスクリーンを背に、俺は一二三の方を向く。
「じゃ、行ってくるよ」
夏の日差しは、延々と、淡々と差し込む。
「行ってらっしゃい」
一二三はそう言って俺の背中を押す。その顔は笑顔。ここ最近は見せてこなかったその表情に、俺は何もかも吹き飛ばされて、前を向いた。
「勝ってくるからな」
二戦分の疲労が出てきたのだろうか。あくふれは椅子に座りっぱなしだったが、俺が一歩動き出すと後を追うようについて来た。
もう一度、外に出る。
「小笠原製菓……こんな偶然あります?」
木陰に座るあくふれが見上げてくる。試合まではまだ10分くらいあって、炎天下のグラウンドに出る気には全くもってならなかったのだ。入り口から100メートルほど離れたところの木の下に二人並んで座る。
「まあ、確かに偶然とは思えないよね。初対面をしてから何日も経ってないのに」
実際、向こうは確かに飲料業界に飛び込むとは言っていた。でも、そのきっかけをこれにしてくるなんて。これそんなに有名な大会なの?
汗こそかいていないが、あくふれの表情は、疲れが見えていた。眠そうに目をこする。
「暑い……」
木陰とはいえ暑いものは暑い。時々風が通り抜けるものの、それは本当に稀で、しかも熱風なもんだから気休めにもならない。一回くらい涼しい風が吹いてもいいじゃないの。
「この大会でもしあの方たちが優勝したら、多分この業界に入ってきますよね」
「自販機をそんなに大量にもらったらそりゃ進出するだろうな」
家においておくわけにもいかないし、自販機というのは飲み物だけじゃない。アイスとか、自転車の空気入れの自販機なんかもある。自販機としか書かれていなかった優勝賞品。どのように使うかは会社の方針なのだが。
「でもこの大会は、自分たちの商品を擬人化して戦うんですよね。実際に私はあくふれですし、水鉄砲から出てくるのもあくふれです。まさかポテチを出すわけにはいかないですし、どうするんでしょうか?」
「さあな」
試合を一切見てきていないのが悪いのだが、相手の戦闘スタイルは知らない。そもそも液体を出すのか否かも分からないところにすべてが表れている。まあ液体は出してるはずだよね。失格になっちゃうもんね。
「まあでも、出たとこ勝負でいいよ。元々そういうチームだろ。こう相手が来たらこう、ここに行ってどこを狙ってとかそういう戦術だってやろうと思えばやれたはずじゃん。でもやらなかった。すずちゃんはまっすぐ飛び込んでくるだけだった。それってつまりそういうことだろ」
「確かに…………そうかもしれないですね」
「そおい!」
「うわっ!」
刹那、後頭部に激痛。声のした方を見ると、そこにはポニーテールを楽しげに揺らすすずちゃんが腕を振り抜いていた。
「さっきから聞いていればまるで私が悪いみたいな言いぐさですね!」
「どっから聞いてたの?」
「『暑い……』から」
言い過ぎててわかんねえよ。
「最初の2つ勝ったのは私のお陰でしょ!」
「そうだけど」
「じゃあなんで私はまっすぐ攻めてくるからつまりそういうことなんですか! つまりそういうことってどういうことなんですか‼」
すずちゃんはぴょんぴょんしながらこちらに迫ってくる。中学一年のありあまる元気さが目の前で踊る。
「吉永さんいわく、『もうこいつにはそれ以外の能がないからサンプルにもならない』と」
「そんなこと言ってないよね⁉」
「ひどい……」
「言ってないからね⁉」
なにこのスポーツドリンク。放っておいたら爆発するタイプのやつなの? あくふれの中のどの心境がこれを生んだの?
「じゃあどういうことなんです?」
図らずもディスられてしまったすずちゃんが問い返す。
「すずちゃんのおかげでこの二試合は勝てた。ありがとね」
「…………それ、本心ですか?」
「本心だよ」
「…………じゃあ…………信じますよ?」
怪訝そうな表情のすずちゃん。あくふれが余計なこと言うからだろ。
「じゃ、準決勝頑張ってください」
「おう」
それだけ言うと、すずちゃんはどこかに走っていった。
「ずるいですよ」
あくふれが木に寄りかかりながら呟く。その表情は陰に隠れて確認できないが、声のトーンからしてふてくされてるんだろう。機械がふてくされてどうする。
「何がずるいんだよ」
「別にいいです」
「なんだよ」
「ずるいです」
あくふれは木の幹から体を起こすと、ひとつ伸びをした。
「いきますか」
時計は11時5分前を差す。あくふれは有無を言わさず先頭に立ってずんずん進む。
「あっちょっ」
何が気にくわなかったんだろう。あくふれはこちらを振り返りもせず、グラウンドに戻っていった。
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