第二話

 開会式なんてあってないようなものだった。知らないおじさんが軽く説明しただけで、その説明も大体一二三から聞いたものだったので特に聞く意味もなかった。炎天下に立たされた上に聞きたくもない話を聞かされた俺の気持ちにもなってくれ。

 あくふれもなんだか退屈そうにしていたが、汗とかが出てこない体質というか性質のため、暑そうには見えなかった。暑いとかあるのかな。

 二人で並んで歩いて外に出ると、真希が待っていた。

「おつかれー。暑かったでしょ」

「暑かったよ」

「お兄ちゃんも大変だね」

「お前だって外にいたんだろ?」

「いたけど、今日はペットボトルが飲み放題らしくて、片っ端から試してたところ」

「楽しそうだな」

 言われてみれば確かに真希は両手に袋を持っていて、ここからでも様々な飲み物が見える。

「……って、コーラ何本もらったんだよ」

「この際いろんなコーラを試したかったんだよ! ゼロとかそういうのってどれくらい違うんだろうって思うと全部試したくなっちゃって」

「なんだそれ」

 まあわからなくもないけども。

「疲れましたー」

 と、ここであくふれが弱音を吐く。見た目には一切現れていないが、あくふれも体力という概念はあるらしい。

「第一試合がすぐ始まるから、準備してって一二三さんが言ってたよ」

「ん」

「これあげる」

 真希はビニール袋からお茶を一本取り出すと俺に放り投るた。咄嗟に右手を出してキャッチ。

「ありがと」

 現在時刻は十時五分前。俺はもらったお茶を一口飲んで、会場に戻った。


 雲ひとつない快晴。日差しは一分一秒と過ぎるごとに強くなって、俺の体力を奪う。

 第二コートが初戦のコート。すでに相手は準備を進めており、開始を待っていた。

「ひふみの人?」

「あ、はい」

 審判っぽい人に声をかけられる。すごい緩い感じだけど大丈夫かな。

 相手はポカリエを持ってきたようだ。水着の胸元に社名がローマ字で入っている。期せずしてスポーツドリンク対決となった。

 あくふれはいつもと変わらない表情に見えるが、内心ではどうなんだろうか。緊張してたりするのかな。

「じゃあそろそろ始めますねー」

 審判っぽい人は実際に審判だった。その一言で両者がセンターラインに集まる。

「あ、そうだ、あくふれ、それ脱がないと」

「え? ああ」

 忘れてたけど、あくふれは被弾すると透けるスク水をユニフォームとして着るのだ。さすがに電車をその服装で乗るわけにはいかなかったので真希の服を使ったが、その下には水着が仕込まれている。

 あくふれは上に着ていたTシャツを脱いで俺に投げ渡す。

「頑張りましょう」

 その声は、どこまでもまっすぐで。

「おう」

 俺はもう、こう応えるしかない。

 渡されたTシャツは、ほんのり温かかった。


「いいか、まずは相手の出方を見て、そこから臨機応変に立ち向かえ。大した作戦もないけどこんなもんだ」

「わかってます。練習通りですね」

 練習っていうほど練習してないけどね。

「初戦だし、気楽に行け」

「はい」

 一番奥の、一番幅の広い壁を選んで身を隠す。ここに来ると一二三の家にあったのと全く同じ配置で障害物が置かれているのが分かる。なんという財力。

「行きますよー、位置について、よーい…………スタート!」


 号砲は四試合同時だった。その音がまだなりやまないうちに、相手のポカエリはすぐさま飛び出してきた。

 あ、これ練習で見たパターンだ。

 某通信教育さながらの既視感を覚えた俺とあくふれは視線で一秒やり取りする。

『行きます』

 あくふれは視線でそう訴えると、サイドステップで壁をかわし、すぐさま一対一。右横に壁がもうひとつあることを練習で確認していたので、相手に二発撃った後にその壁に引っ込む。

 この流れは、すずちゃんとの練習で確立させていた。

 練習通りの動きをしっかりと見せたあくふれは、二発のうち一発を練習通り相手に命中させる。

 審判の右腕が上がる。

「ひふみさんの勝ちー」

 やる気のない声が耳に届く。

「やりました!」

 そんな審判とは対照的なぐらいやりきった表情のあくふれが帰ってきた。

「すずさんには感謝ですねー。ほんとに全く同じスタイルでしたから」

「そうだな」

 スタートの合図と共にまっすぐ飛び出して一撃にかける。その戦闘スタイルはすずちゃんのものと何一つ変わらなく、もはや偶然の一致とは思えない。

「とりあえず初戦突破ですね」

「そうだな、一番難しい初戦を突破できたのは大きいぞ。あと三つ、この調子でな」

 右手をあくふれの頭にかける。いつも真希にやる感じで頭をなでなでした。お前の頭すごい熱いけど大丈夫? 直射日光は避けないといけないのかな。

「はい、頑張りましょう!」

 手の下から俺を見上げてあくふれが言う。その瞳は元気に溢れていた。


「準々決勝は十時半からでーす」

 会場内に次の試合の時間がアナウンスされる。

「おつかれ」

「よくやったわ!」

 バックネット裏に帰ると、真希と一二三がまずねぎらってくれた。

「はいお兄ちゃん」

 席に座ると、真希がまずコーラを渡してきた。分かってるなお前。疲れた体にはまずコーラ。炭酸がしみわたる! これ新宿さんの商品だけどね。

「完全勝利だったじゃん」

 きょう初めて笑顔を見せた一二三が隣に来る。声もテンション高め。両サイドに結われたツインテールがぴょんぴょんしてるような気がしなくもない。

「見たことあるものばかりだったからな」

「見たことあるもの?」

「障害物の配置、相手の戦法共にお前んちでやったやつばっかりだった。練習をここでもやってるような感じ」

「そうね。確かに相手の戦法はよく見たことがあるやつだったわ」

「そうでしょ!」

「わっ!」

 俺の下からぴょこんと飛び出してきたのは、勝利に大きく貢献したすずちゃん。いつからそこにいた。

「へへー、私が先手必勝型の戦法じゃなかったら負けてましたよ? 感謝ですよ吉永さん⁉」

「おう、ありがとな」

「きゃー! 誉められちゃったよお姉ちゃん‼ お姉ちゃんどうするの? 私がもらっちゃうよ? お? お?」

「すずうるさい」

 すっごいテンションが上がったすずちゃん。まあ確かに自分のおかげで勝ったのは事実だし、嬉しいことではあると思う。

 ここから遠く離れた外野では、準々決勝の準備が進められている。

「なあ、なんでお前こんなところにしたの?」

「え? 水道橋ドームがよかった?」

「いや会場の話じゃなくて」

 てかドーム借りられるのかよ。どんな財力だよ。てかそんな金あったらもう二体くらいあくふれ作れよ。

「ライトスタンドとかレフトスタンドの方が試合のコート近いのに、なんでこんな一番離れたところにしてんの?」

「ああ、席の話ね」

 一二三はあくふれを一口含む。あ、これはあれね、ペットボトルのほうね。

「こっちからだといつも私が練習の時に見てる景色なの。あんたにはいつも同じ側の陣地を使ってもらったけど、あれはあっちで慣れてもらって試合で有利になってほしかったから」

 言われてみれば確かに俺は無意識にいつも同じ陣地を使ってきた。その点いつもの側で試合になれば有利ではある。実際俺は一回戦で慣れ親しんだ陣地を選んだので、あくふれの作戦も型にはまったのだ。

「で、こっちから見てれば、これは逆に私が見続けてきた景色なの。ということは、相手の動きとかよく見えるし、何より分かるの」

「なるほど……」

「しかも、双眼鏡も持ってきたしね」

 毎度のことながら用意周到なお嬢様だ。そこまで考えているとは、勝敗に強く関わっている俺も脱帽だ。

「すごい…………」

 すずちゃんも唸っている。

「お姉ちゃんここに来てすぐに『あっ、やっぱあっちにした方がよかったかも』って言ってたのに言い訳が完成している……」

「すず余計なこと言わない」

 人差し指を口の前に立てる一二三。なるほどそういうことね。嘘も方便。

「と、とにかく、ここにいるのには理由があるの! あ、ほら二回戦始まるよ! 行ってきて!」

「はいはい」

 ここまで狼狽が目に見えた人を見たことがない。顔は若干赤くなってるし、意味もなく手をわちゃわちゃ振ったり、慌てているジェスチャーの玉手箱。

「行くぞあくふれ」

「…………はい」

 なんか疲れの溜まったような表情のあくふれ。そういえば何かここですることなかったっけ…………いや、ないか。

 暑いんだろうな、機械だからもしかしたら温度を感知する器官はないかもしれないけど、携帯を炎天下で使ってると熱くなったりするし、気温に反応することはあるのだろう。

 一旦球場の外に出る。徐々にその力を見せてきた太陽が、地上の全てのものを日差しで突き刺す。


 二回戦は圧勝だった。

 お互いに相手が攻めるのを待っていたのか、一分ほど両者が隠れたまま出てこなかったが、相手がしびれを切らして出てきたところを叩いた。

 全然手応えがなく、相手も負けたあとヘラヘラしていたので、ただ大会に遊びに来ただけのチームだったようだ。

 あくふれは今度も軽快なステップを見せた。練習通りの、ツーステップで相手の前に出る攻撃はさすがだったし、俺も特に指示することもなく準決勝に勝ち上がった。

「いやー、おしかったおしかった」

 相手のなんとかって会社は全然悔しがることなく、

「さすが、大企業は違いますわ。お金のかけ方が」

 むしろ悪口を言われてしまった。まあ別に俺はその大企業さんとは何ら関わりのない普通の高校生ですので、そのような小言はコールセンターの方に言っていただきたいのですがよろしいでしょうか?

「吉永さーん、疲れましたー」

 試合終了後、あくふれが俺の横にやって来た。

「暑いですー。足疲れましたー」

 こいつにもやっぱり疲れるってあったんだ。長時間使ったスマホが熱くなるのと同様、機械にも疲れるというのはあるらしい。

「あと2試合だし、リラックスして行こう」

「はい!」

 その返事はやっぱり元気で、俺の心配はその声のせいで何もなくなった。


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