第二話

 さてさて、暑い日々には欠かせないものとはなんでしょうか。答えはアイスです。

 アイスアイス。コンビニで買ったアイスが冷凍庫に入っているはずだ。期間限定の七味唐辛子味。わけわかんないけど買ってみたのでよく味わおう。

 体を冷やすために作られているはずのアイスにホットな辛味を混ぜ混んでくるあたりこの小笠原製菓はアホ丸出しだ。変なもの作っては世間に叩かれ、変なもの作っては世間に叩かれのループの中に、たまに大当たり商品があって売り上げをカバーしているという新人頼みの企業。

 冷凍庫に手をかける。氷点下の世界には人々をだめにするもので溢れている。冷凍食品とか。

 オープンザドア。

 …………。

「真希ー」

「んー?」

「七味唐辛子味のアイスモナカはー?」

「あー、食べちゃったよ?」

「ふざけんな!」

 リビングでいつも通りだらけている真希のもとへ急行。

「二回目だぞ二回目! この前の野沢菜といいこれといい! なんでいつもいつも‼」

「七味が私を呼んでいたッ……!」

 勘違いである。

「お兄ちゃんだって、自分のアイスくらい名前を書けばいいじゃん。それだったら仕方ないから私は暑い中一人で自然の不条理と闘うよ……」

 一体どこでそういうセリフを覚えてくるんだ。俺は一切口にしたことないぞそんなクサいセリフ。てかお前家でいつも冷房ガンガンに効かせてるじゃねえか何が暑さと闘うだよ。

「あっ、今日メンテじゃん。どうしよ、暇になるなー……」

「メンテ?」

「今日ゲームのメンテナンスなんだよ。という訳でお兄ちゃん、七味唐辛子買いに行こっか」

「暑い中闘うのが嫌なんじゃねえのかよ」

「七味が私を呼んでいるッ……!」

「バリエーション少ないな」

 過去形か現在形かの違いしかねえじゃねえか。

「メンテが終わるまで待てばいいじゃん。何時に終わんの?」

「四時…………でもこれは仮初めだなー。どうせ今日も二時間くらい延長する」

「そのメンテが終わると?」

「知らないの?」

 真希はこの世のすべてを悟りきったような表情で続ける。

「メンテが始まるよ」


「あっつ…………」

 どういう風の吹き回しかは知らないが、真希と一緒に外に出る。

 今日は一二三が用事があるとか言って練習がなしになったが、アイスがなくなったことにはそこそこ、いやかなり虚無感を感じたので、暑さをもろともせず外に出ることを決意した。

「ちなみにさ、七味美味しかった?」

「いや、全然」

「あっそ」

 小笠原製菓また失敗ですか。まああと二十回くらい試行すれば一個くらい当たるだろう。それは俺が悪い訳じゃない。

 家から一番近いコンビニに入る。夏場は避暑地としても有名なコンビニだが、寂しいことに今日はアイスコーナーに一人の学校帰りと思われる女の子一人しかいない。

 夏休みにも活発に動く部活はあるよね。野球部なんて今が旬だし、毎日のように練習試合に駆り出される部活もあるし、世の中大変である。

「あ、まだ置いてあった」

「ん? ああ、七味のやつか」

 アイスコーナーに一直線で向かった真希は、一瞬にしてその存在を確認すると、一瞬にしてディスりはじめる。

「やっぱりコールドにホットを混ぜる考えが理解できないよ。クリームシチュー味と同じ感じであり得ないね」

「あれは賛否両論あっただろ」

「少なくとも私は嫌いだったね」

 ちなみにそのクリームシチュー味というのも小笠原製菓の作品。俺的には結構ありだったんだけど、まあ確かにアイスにジャガイモをぶちこむ発想が国民の意見を二分したよね。

「普通にソーダ味とかバニラ味とかでいいのに」

「それを言ったらおしまいだろうよ」

「だって事実だし」

「まあそれもそうだけど」

 口を尖らせる真希はひとつのアイスを手に取る。バニラ味のアイスバー。

「お兄ちゃんは?」

「んー…………これでいいや」

 俺もチョコ味のアイスを選んで、レジに行く――


「――そこの二人!」


 背後から高い声が俺の背中を突き刺した。

「さっきから聞いていればやれ嫌いだの他の味でいいだの好き勝手に……!」

「な、なんだよ」

 黒髪のポニーテールをまっすぐ下ろす少女は、こちらの二人に怒りの視線を送ると、

「結局買うアイスも小笠原製菓の商品じゃないですか!」

 言われて、手元のアイスを見る。確かに袋にはその名前が記されていた。

「おう。だったらなんだって言うんだよ」

「なんだって…………そんだけわーわー言っておいて結局うちのアイス買うんだと思って」

「『うちの』?」

「そうですよ!」

 二歩ほど歩いて間合いを詰め、俺と真希の手からアイスを引ったくり、両手に持ってそれを突き出す。

「私の名前は小笠原架純。アイスの最大手、小笠原製菓の社長の娘です!」


 忘れてたけど、ここはコンビニの中。店員さんが俺の後ろ三メートルくらいのところに立っている。あんま騒ぐと迷惑だよ?

「社長の、娘?」

 たぶん一番悪いことした気分の真希は、その声に尋ねる。

「そうです。私はかの有名な小笠原製菓の社長の娘です!」

 叫ぶねえあんた。

「ここじゃあちょっとあれですし、外行きます?」

「え、なんでです?」

「ここ、コンビニだし」

「えっ? …………あ」

 きょろきょろ。ふと我に返って周囲を見渡す小笠原さん。そして顔を赤らめる。

「い、行きます…………」

 さっきまでの威勢はどこへやら。そそくさと自動ドアに向かう小笠原さん。

「いやいや、なんか買っていかないと店員さんに悪いよ」

「…………あ、はい」

 小笠原さんはポニーテールを大きく振り回して回れ右。照れ隠しがダイナミックすぎない?

 結局、居づらそうだった店員さんに三人でアイスを出す。

「98円が三点で294円でーす」

 財布と相談して304円を出す。もらった十円のお釣りは今年鋳造のもので、キラキラ光っていた。

「ん。これやるよ」

「え……?」

「俺らが悪かったから、とりあえずこれはもらってくれ。てか十円だし」

 お釣りの十円を小笠原に手渡す。

「あ、はい…………きれい…………」

「ん。行くぞ。なんかすみませんでした」

「うーっす」

 やる気のない声が耳に届いてきたので、まだ出禁は食らってないようだ。よかったよかった。


「で?」

「あ、はい、えと……」

 コンビニを出て二分ほど歩いたところに公園がある。ちょうどベンチが空いていたので、俺、小笠原さん、真希の順番で座る。

「い、いつもうちのアイス買ってくれてありがとです……」

 カップアイスを太ももの上に乗せたまま、まだ赤い顔をうつむかせてそう言った小笠原さん。

「…………さっきは悪く言ってごめんな。まさかそこに社長の娘がいるとは思わないし」

「私も、つい…………ごめんなさいです」

 と言いつつ、木のスプーンが入った袋を右手に持ったり左手に持ったりそわそわしている。

「溶けちゃうし食べるか」

「はい」

「え、まだ食べちゃダメだったの?」

「お前もう半分以上食ってんじゃねえか」

 ベンチは三人並んでもまだ余裕がある。俺も買ったアイスの袋を開けてがっつく。

「この春から高校に入ったんです。比較的有名なお嬢様学校なんですけど、本当のお嬢様しかいないんです。医者なんてぞろぞろいて、私みたいにそんなでもない会社の人はほんの一握り……」

「……世知辛いね」

「ええそれはもう」

 バニラの香りが飛んでくる。チョコをチョイスしたのは俺だけで、ついでに言うと七味唐辛子は誰も選ばなかった。

「さっきの七味唐辛子は、学校でも同じような反応でした。何がおいしいのかさっぱりだって」

「否定はしないですよ」

 真希は全く怯まないね。

「私もそう思うんです。正直試作品の段階でこれはあり得ないと思いました」

 水際で止めるのはあなたの役目でしょ。

「で、実際に世に出してみたら……案の定……」

 アイスはカップに八割残っている。酷暑にそれが耐えられるはずもなく、溶けだしている部分もある。

「でも、この夏、私たちは変わるんです」

「変わる?」

「そうです」

 言葉と共に小笠原さんはうつむいた顔を持ち上げてまっすぐな視線を前に送る。

「この夏、私たちは飲料業界に手を出すんです。アイスだけじゃ儲からない。時代は飲み物だ」

 時代は飲み物なのか。

「だから、この夏が終わったら、またコンビニにアイス買いに来てください」

「お、おう」

 はむはむ。溶けきる前にアイスを流し込むと、小笠原は立ち上がった。

「ありがとうございました。アイス」

「ああ、別にいいよ」

「お名前聞いてもいいですか?」

「俺? 別にいいよ。その辺にいたなーくらいの認識で」

「そうですか……」

 小笠原さんは少し困ったような顔をしたが、それもすぐに隠した。

「また会いましょうね」

 一歳年下の笑顔は、夏の暑さを吹き飛ばすくらいに明るくて、そして、輝いていた。

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