三本目 プルタブでけがをしないように
第一話
「まあ、今日はこれで終わりにしましょ。明日からはみっちりやるわよ」
「はいよ。会社のこれからがかかってると聞いちゃあやるしかないよな」
大まかな感じは掴めた。そして、何となく奥の深そうな競技であることもわかった。
地下の部屋を出て、おおよそ二時間ぶりに地上に出る。そこはやはり普通の一軒家の一室で、地下に基地みたいのが掘られていることは一切わからないし、そんなことをひとつも感じさせないような平和な部屋だった。
「じゃあ俺らは帰るわ。おつかれ」
「えっ、もう帰っちゃうの?」
「だって他にやること無いだろ」
「それはそうなんだけど……」
「んじゃあ」
俺の後に続いて出てきた一二三にそれだけ言って背を向ける。
それにしても、どこを見てもその辺の家と同じだ。キッチンもレストランみたいな感じじゃなく、トイレとか風呂が何ヵ所にもあるとかそういうんでもなく、普通の3LDK。
「た、確かにね! 残る理由もないし…………」
なんか後ろで言ってるけど、もう靴もはいてしまったし、後戻りできない。できないというか、めんどくさい。
「また来てくださいね」
すずちゃんが長い髪を揺らして玄関まで来る。さっき後ろにまとめていた茶髪を今は腰まで下ろしている。妹は茶髪なのに姉は金髪なのな。染めたら校則違反だから姉の方は地毛のはずなんだけど、よく金髪なんて生えてきたものだ。
「明日も迎えに行くから」
「へいへい」
二人から召集を受けて、消え行く俺の夏休みに思いを馳せながら、静かにドアを閉めた。
家に帰ると、真っ先に冷房をつけた。暑すぎて話にならない。
「暑いお兄ちゃん」
「今クーラーつけたから」
「お兄ちゃん熱気吸い込んでよ」
「アホか」
世界新記録でだらける妹に呆れながらツッコむと、俺も床に座り込んだ。
「あっついです吉永さーん」
「あくふれもか」
「もう嫌です帰りたいです」
「一応帰ってきてはいるけど」
「え、てっきり外かと思ってました。暑すぎて」
俺のせいかよ。
「だからエアコンつけっぱで行こうって言ったのに」
「言ってねえよ!」
「吉永さん使えないです」
「あくふれまで!」
二人に口を尖らされてはどうしようもない。俺はやるべきことをやったし、あとは文明の利器の力を信じるだけだ。
翌日。
「仕事よー!」
通常の倍くらいにはテンションが上がった一二三さんが家にいらっしゃった。ハイテンションだなー。ちなみに現在朝の八時半。
「朝早ぇよ……」
「何言ってるのよ! 今日は何の日だと思ってんの?」
思い当たるフシが無さすぎる。
「今日はね…………練習二日目よ!」
「キリがねえじゃねえか!」
「とにかく行くわよ! ……あれ? 真希ちゃんとあくふれは?」
「まだ寝てる」
「だらしなくなったわねあくふれ。うちにいるときは五時には起きてたのに」
「五時に起きてあくふれ何してたの?」
「宿題」
だらしないのはあんただろ。
まあせっかく来てもらって待たせるのもなんか悪いし、とりあえず上がってもらった。一二三は周囲をきょろきょろしていたが、とりわけすごいものもない。むしろあんたの家みたいに地下基地がある方が珍しいんだよ。
冷房を27度に設定した。今日は朝から暑かったし、ほんとは25度くらいにしてやりたかったんだけど、一二三がノースリーブ姿なのでちょっとだけ考慮した。
「起きないね……」
「まあ昨日疲れたんだろ」
充電の面では多分これまでで一番使ったはずだし、昨晩から十時間たった今も起きてきていない。
「…………二人きり、だね」
「…………なんだよ」
コップの半分に氷を入れた麦茶を二ヶ所に用意して、朝のワイドショーを意味もなく流す。
「結局どう? あれでやれそう?」
「なんとかな。ちょっとしたFPSとかの感覚でやればいいんだろ」
「FPS?」
「知らなくてもいいけど」
どうやらFPSという単語を知らないようで、首をかしげる一二三。麦茶を一口含むと、
「まあ、感覚をわかってくれたならそれでいいや」
テレビからは開会まであと数日に迫ったオリンピックについてのレポートが聞こえる。窓の外から絶えずセミが啼き続けて、夏真っ盛り。
で、十分は経った。お互い話すこともなくなって、ぼーっとテレビを眺めるのみ。
今話題の猫動画のコーナーでは一二三は目を輝かせていたが、政治の話題になるとすぐに興味をなくしたようにつまらなそうな表情に戻った。
麦茶のコップが空いたので、ピッチャーを取りに冷蔵庫まで歩いたところで。
台所に影を見つけた。
「あっ」
その影の正体は俺を見るなり小さく声をあげた。
「…………若気の至りです!」
「起きてたなら言えよ」
壁の後ろに隠れていた真希はすでに着替えも済ませて、セミロングの黒髪は丁寧に整えられていた。いつから起きてた。
「おーい一二三ー、行くぞー」
「あー、起きたー?」
一二三は席を立つと、足元の小さいバックを持って玄関に向かう。リビングから玄関に向かう途中にある台所に俺と真希がいたことに少し驚いたようだが、何も言わなかった。
「あくふれも、行くぞ」
「はい」
やはり準備万端なあくふれを呼び寄せて、玄関に四人で集まる。
「お兄ちゃんが何喋るのか気になっただけだし……」
「はいはい。わかったからもう行くぞ」
何やらボソボソと呟いている真希を最後に、俺はドアを閉めた。
「さて、今日は何をするんですかお嬢様」
「イラッと来る言い方ね……」
昨日と同じく地下室に詰め込まれた俺は、開口一番にそう言った。何をイラッとしているんだ。事実を言ってるだけだろ。
「大会には人数の制限がないわ。よって有力企業は二体や三体起用してくる可能性もなきにしもあらず。そこで、吉野くんとあくふれには複数人数との対戦の練習をしてもらうわ」
「なんでうちは一体だけなの?」
「……旧日本軍は、圧倒的な数で押してくるアメリカ軍に質で立ち向かおうと決意したわ。戦艦大和はその最たる例よ。一隻で駆逐艦何隻分もの」
「つまり?」
「お金がなかったのよ!」
なるほど。すごい納得した。
「で、ここに二人の新顔がいるわけね」
俺の目の前には、二つの知らない顔がが立っていた。
「そう。二人ともすずの友達」
「へえ。なんでお前の友達を呼ばなかったの?」
「呼ぶような友達がいないからね」
とりあえず謝っておこう。
「すず、彼氏いたなら言ってよー」
「だから彼氏じゃないって」
すずちゃんサイドはなんか楽しそう。
「うっそだー、ねえ?」
「ねえ?」
「二人ともやめて、ホントに違うからあー!」
「顔赤いですよ?」
「ですよですよ?」
「にゃー!」
なんかよく聞こえないけど楽しそうで何より。若いっていいね!
「ほら、挨拶して」
「ああ、えっと、この赤い髪が藤平彩ちゃん、その奥の黒髪三つ編みが高橋まなちゃんです」
「はじめまして、藤平彩です。全力ですずちゃんをサポートします!」
「サポート?」
「すずちゃんの未来の旦那さんだもんねー」
「だから違うっつってんじゃん!」
俺は中学生組の中でどういう立ち位置なの⁉
「私は高橋まなっていいます。よろしくお願いしまーす」
一番右の女の子の自己紹介は頭に入ってこなかった。俺の知らないところで俺が俺でなくなっている気がするけどどうなんだろう。彼女いない歴イコール年齢の俺に何の用かな?
「さて吉永くん。小さい女の子を前にデレデレしてないで、そろそろ始めるわよ」
「言い方あるよね?」
俺がまるでロリコンさんみたいじゃねえか。
「昨日みたいに透けると練習がそこで終わっちゃうので、あくふれには普通の水着に着替えてもらいます。三人は水着持ってるね?」
「持ってまーす」
「じゃああくふれこっち来て」
「はい」
昨日と同じく柱の影でお着替えタイムが始まったので、俺は気をそらす。
「お兄ちゃんなんかしたの?」
「してねえよ」
「じゃああの人たちの話は?」
「知らねえよ」
中学生三人組は服の下に水着をすでに着込んでここに来ているようで、Tシャツやら上に着ていた服を脱いで準備完了。俺と真希は脱ぐ意味がわからないので家から着ていたもののままだ。
「お待たせー」
と、ここでなぜか水着姿の一二三が帰ってきた。
「なんでお前も水着になってんの」
胸にフリルがついた水色の水着をなぜか身にまとっていた一二三に問う。
「何となく楽しそうだったからやった。後悔はしてない」
「まあ確かに楽しそうではあるけども」
指示を飛ばすより実際に戦場に出て撃ち合った方がそりゃ楽しいだろうよ。でもあんたがこれやれって言ったんだろ。
「さ、やるわよ!」
水着になっても前にフリルがついてても、自信ありげに張られた一二三の胸は起伏に乏しかった。
「さて」
昨日と同じ壁の後ろに隠れた俺とあくふれは、三人チームに立ち向かう術を考えていた。
「すずさんは昨日のように先頭を切っていくと思います。その後ろから藤平さんと高橋さんが追走して来るのかもしれません。来ないかもしれません」
「今度からは考えをまとめてから教えてね」
あくふれは「へへへ……」とかなんとか言ってるけどそれどころじゃないから。
「壁に追い込まれてもいけない、三人に囲まれてもいけない……どうしようか」
「一旦やってみましょう。ノープランで」
やっぱノープランかよ。でもまあやらないよりは一回やってサンプルとって作戦練った方が良さそうだしやってみるか。
「真希ー、始めてー」
「はーい。よーい、スタート!」
スタートの合図と共に勢いよく飛び出したのはすずちゃんだった。それを見たノープランあくふれも飛び出す。
今回はすずちゃんの一発目が外れ、あくふれが放った一発がすずちゃんに命中したのでこの対決はあくふれの完全勝利。
が、すずちゃんとの戦闘に夢中になるあまり、あくふれは他の二人の存在をすっかり忘れていた。
「後ろ!」
「えっ? わっ」
気づいたときにはもう遅かった。あくふれは振り向いた瞬間、彩ちゃんの弾にあたってゲームセット。
「吉永さん、これ無理ですよ」
「俺もそんな気がしてきた」
どうやってこれに勝つんだ? 一対一ならともかく、一対三はいくらなんでも袋叩き過ぎるだろ。
実はここからは戦況が見えていたのだが、すずちゃんが飛び出した直後、彩ちゃんとまなちゃんが同時に左右別れて挟み撃ちの態勢をとったのだ。仲良しトリオのコンビーネーションプレイにあくふれは完全にはまり、そのまま負けてしまったという。
うーん、正直どうしようもない気がするなあ……
「ここに…………こう…………」
あくふれは壁に向かって何やらイメージトレーニングしている。
「天井が低いし無理かな…………」
何やらひとつの結論に至ったみたいだけど正直プロセスがわからないので何とも言えない。
「えい」
「きゃっ!」
と、ここで前から声が。
「やったなー!」
どうやら彩ちゃんがすずちゃんに攻撃を仕掛けたようだ。
「つめた!」
「私も私もー!」
いつの間にか始まった第一次水鉄砲大戦。ほんわかするわー。
「ちょっとすず、何してんの!」
「あっ、ごめんねお姉ちゃん。練習なのに」
「私もやりたい!」
あんたもかよ。
「あくふれ、片方貸して」
「はい」
あくふれは言われた通り片方の水鉄砲、四リットルの方を手渡した。
「ちょ、重いんだけど。そっちにしてよ軽い方」
「それはできません」
いつになく冷えたトーンで言い放ったあくふれ。
「な、何よ。私はご主人よ。言うこと聞きなさつめた!」
みなまで聞かずにあくふれが放水。結構勢いが出る仕様の水鉄砲なので、そこそこダメージがあるはずだ。
「私もやりたいんで」
いつになく笑顔のあくふれがそう言うと、まず真希に攻撃。
「えっ⁉」
「真希さんも、こっちに」
あくふれに手を差し伸べられた真希は、一瞬の困惑の後にぱあっと笑顔になった。
「うんっ!」
真希は服を脱いで水着姿になる。それ二年前くらいに買ったやつじゃん。
「お前も水着着てたのかよ」
「もしものためだよ!」
そんなに準備する時間あったんだね。いつ起きたの今朝。
「じゃ、チーム戦にしよっか」
わいわいがやがや。中学生は元気有り余ってるなー。俺はもう疲れたよ。衰えが始まってるな。
「元気ねー」
「なんだよ、お前は行かないのかよ」
四リットルの銃を床に置いて、ごく自然に一二三が俺のとなりに来た。
「なんかもういいかなって。明らかに私場違いだし」
それはある。
「しかも、私よりすずの方が胸大きいし……」
自分の胸に手を当てて考える一二三。すずちゃんって中学一年生だよね。あなた高校二年生だよね。空白の四年間だね。
「でもすずだってBだかCよ。そんなにばかでかい訳じゃないのよ?」
「誰もそんなこと訊いてないぞ」
「独り言よ」
独り言負け犬だったぞ。
「どう? 勝てそう?」
黄色い声が飛び交う方を見ながら、一二三が問う。
「まあ、何とかするよ」
「何とかじゃなくて優勝」
その声は、常に本気。高みを目指すときの一二三はいつも本気で、その眼差しは常に先を見据えている。
「わかったよ。絶対な」
「本気でやってよね」
「俺はいつだって本気だっつの」
「いつ言ったのよそんなこと」
「いいじゃん別に」
今までだったら、一二三と休日に会って喋るなんてことは夢にも思わなかった。どんなに行動が庶民的でも、実際はすごく遠い存在なんだろうと、どこかで決めつけていたのかもしれない。
「来週、よろしくね」
握手を求めることもなければ、こっちを向くこともない一二三が言う。そういうのってまっすぐ言うやつだよね。高校野球とかのドラマチックなシーンあるある。
「まだあと何日かあるだろ」
でも、俺も屁理屈みたいなのでしか返せない。まっすぐ言えないのは結局俺もで、 人のことは言えない。そんな関係。それでいい。
結局、朝っぱらから召集を受けても練習なんてほとんどしなかった。乱発した水と黄色い声が、床と部屋を包み込んだ。
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