第四話

「実際は、この部屋のように20×20のコートにいくつかの障害物を置いたこんな感じのコートになります」

 用意されたのは、確かにそれくらいのサイズの部屋だった。そこに無差別に置かれた――生えてきた――人二人分くらいの幅と奥行きに人一人分くらいの高さの四角い壁が視界を埋める。

「まあ本番はもっと開けたところでやるから、こんなに窮屈な感じではないんだけどね。まあでもコートの広さはとれてるから練習にはなるでしょう」

「練習……」

 淡々と言ってのけた一二三。俺はそんな一二三と周りの状況を交互に見て、再認識する。

 ――やっぱこいつ、お嬢様だった。

「吉原くん、これ」

 渡されたのは、先程のとどめ用の銃。

「あくふれにはこれ」

 そう言って一二三があくふれに渡したのは、タンクの方。

「え、俺も戦うの?」

「あんたが戦ってどうするのよ。うちの商品として売り出されたいの?」

 絶対に嫌だね。

「あんたはあくふれの指揮官。具体的にはどこに相手がいるとか、ここで撃てーとか、そういうことじゃない?」

「無責任すぎるだろ」

「しょうがないじゃないのよ、私だってはじめての試みなのよ?」

「それはそうだけど……」

 でもいくらなんでもそれは……ねえ?

「とりあえず練習よ! と、その前に……すず、地面」

「はいはーい、ポチっと」

 すずちゃんがまた手元のボタンを押す。と同時に。


 目の前の地面が緑に染まった。


「実際のコートは人工芝なので、こっちも人工芝を用意しました。お金かかってるねー」

 コートの真ん中に一筋の切れ目が入ったかと思うと、その下から人工芝のコートが出現。それが、目の前を緑に染めていた原因だった。

「お金というより…………」

「才能の無駄遣い…………」

「何を兄妹で驚いてるのよ、これが大企業の力よ!」

 どうやら一二三は自分が大企業の令嬢であることを見せつけたかったようだ。確かにこれを見せつけられるとどうしようもない。一応無駄遣いって言ったんだけど。健気だなあ。

「じゃあ…………着替えますか。あくふれ、ちょっと来て」

「はい」

 一二三に呼ばれて、あくふれはだいぶ端っこの壁の裏まで行く。

「ユニフォームがあるんですよ」

「あ、そうなんだ」

 すずちゃんが横から説明を入れる。

「ちょっとワケありなんですけどね」

「へえー、どんな?」

「そのうちわかりますよ」

「よっし、おっけー!」

 声のする方を見ると、そこには、スクール水着を身にまとったあくふれの姿があった。

「そ、それがユニフォームなの?」

「そう。うちはね。企画の段階で、動きやすく、水に濡れてもいい格好ということで選ばれたの。発案は涌井さん」

「またあんたか!」

 忘れた頃に出てくるなあんた。

「どう?」

「すごく……フィットしてます」

「あくふれの製作段階で出来た体型についてのプロットをもとに、弊社の技術力と他社との連携で編み出された究極のスク水よ。ちなみに上下セパレートタイプの旧型スク水であるのは涌井さんの発案」

「涌井さん!」

 いや、でも確かにそこは大事だ。新旧スク水争い結構ある。俺は旧型派だからグッド。

「じゃあ早速練習に入っていくわけだけど、練習ということは相手が必要じゃん。そこで二台アンドロイドを作ることも考えたけど、経費の点からそれはやめたの。代わりにすずが相手役をやるわ」

「手加減なしですよー!」

 一二三姉妹が盛り上がっている。なるほど、生身の人間を撃ち抜けるようになれば確かに機械には勝てるはずだ。

「私はすずの司令塔、つまりあんたと同じ役割をして、司令塔はどう考え何をすべきかを私も考えるわ。参考にしてね」

 至れり尽くせりだな。本当に勝ちに来てるじゃん。

「うちは普通の銃を使うわ。じゃあ互いの陣に別れて」

 中央にラインが引かれていて、コートは半分に仕切られている。人工芝の独特の感触を感じながら、俺は一番相手陣地から遠い壁を選び隠れた。

「スタートのときはこんな風にお互いの陣地に別れるけど、あとは自由に相手陣に入れるわ。だからセンターラインはあくまでも印であるということ。分かった?」

「はいよ」

「真希ちゃん、審判やってくれる?」

「わかりましたー」

 ドア横に所在なげに立っていた真希が息を吸い込む。

「じゃあ、よーい…………スタート!」


 すずちゃんの動きは早かった。現役女子中学生には元気があり余っていて、二時間待たされた鬱憤も同時に晴らしながら突撃してくる。まっすぐに。

「ここは動くな」

 俺はその戦闘スタイルに対しディフェンスを選択。出てきたところで撃つ作戦に出た。

 相手の銃は見たところ百均にでも売ってそうなか弱い子供向けの水鉄砲。かたやこちらはタンクとマジの銃。

 しかしここで、さっきまで聞こえていた足音が消える。すずちゃんも様子を見てきたようだ。

 そのままお互いに牽制しあうこと十秒。

「吉永さん、行きましょう」

 いたたまれなくなったのかあくふれが切り出す。

「一撃で仕留めます。本命の銃ください」

「行けるのか?」

「相手は攻めるのをやめて防戦を選んでいます。ここはひとつ、一対一の接近戦に持ち込みます」

「わかった。やってみろ」

 あくふれは俺の声を聞いて外に飛び出す。それを見て俺も壁の後ろから顔を出す。

 が。


「あれ?」


 コートの真ん中まで走り出したあくふれは、前方を見渡すもすずちゃんの姿を捉えられない。

「あいつ……どこに相手がいるか把握しないで行ったろ」

「みいつけた」

 一枚の壁の裏からすずちゃんが現れ、きょろきょろしてあわてふためくあくふれの背後から攻撃。

「ひゃっ!」

 あくふれといえども後ろまで見られるわけではないようで、普通に背中に被弾した。

「はい、すずさんの勝ちー…………えっ」

 審判役の真希が宣言。最後の「えっ」の意味はよくわからなかったが、そんな疑問を対戦相手のお嬢様がかき消した。

「ちょっと、どういうことなのよ!」

 向こうの指揮官様が怒りながら出てくる。

「こんなんじゃ新宿製菓どころかその辺の中小企業にも勝てないわよ!」

「すみません一二三さん、私が悪いんです」

「俺も次はちゃんと周りを把握する。もう一回」

「当たり前よ!」

 全身に怒りを露にしながら自陣に帰る一二三。まあこれはそうなるわな。


「次はちゃんとやろっか」

「はい、そうですね」

 一二三が去ったあと、反対方向に向かう俺とあくふれ。あの人を怒らせるとなんだか自らの将来に関わってきそうで怖い。

 あくふれは俺の前を歩く。

「あれ? その水着背中は出すタイプだっけ?」

「え?」

 露になっている背中に手を当てて確かめると、あくふれは首をかしげる。

「まああんま気にしないので」

「少しは気にした方がいいと思うけどね」

 その辺、やはり一二三家の血なのだろうか。

 やはり一番奥の壁に隠れる俺とあくふれ。

「今度は先手必勝でいきます。すずさんと同じように、だーって突き進みます」

「よし、じゃあそれで……」

 いや待て、さっきあくふれはノープランで突っ込んでいったよな。もしこの「だーって突き進みます」がノープランでは、また同じような敗北を喫しかねない。

「あくふれ、一旦ちゃんと作戦を練ろう」

「……わかりました」

 俺とあくふれは小さめの声で話し合う。

「敵を知り、己を知れば、百戦危うべからず」

「? なんですかそれ?」

「どっかで聞いたやつだ。相手に勝つためにはまず相手を知ること。そして自分の弱点を知れば、どんな戦いにも理論上は勝てるという格言だ」

「はあ……」

 あくふれは深く頷く。

「まず、相手のすずちゃん。さっきの一戦で、彼女の戦闘スタイルがわかったはずだ。それは?」

「えっ? えっと…………」

「試合が始まった瞬間に、すずちゃんはどういう行動に出た?」

 あくふれは目をつぶって考える。

「……まっすぐ走り出した?」

「それだ。すずちゃんは先行逃げ切り型。持ち前の脚力と身軽さで一気に距離を詰める。そして……」

「……出てきたところを狙う、ですか」

「そういうこと」

 あくふれは「あーなるほど」といった表情で相手側の陣地を眺める。

「そして、お前の弱点は……ノープランで突っ込んでいくところだ」

「…………返す言葉もありません」

 やっぱりかお前。

「なんか行けそうだなーって感じで出ては行くんですが、出たところで何も案がなくなってしまいます……」

「じゃあ、しっかり状況を見て、どう攻めるのが最善か、よく考えてから行けよ」

「はい、吉永さん」

 決意に溢れた表情のあくふれは、家にいるときよりも何倍も頼もしく見えた。


「スタート!」

 またしても真希の声でスタート。と、同時に、やはり軽快な足音が聞こえる。それが近づいてきて――

「行きます」

 刹那、あくふれは立ち上がった。こちらも軽快なステップで壁をかわすと、すぐに一騎討ちになる。

 すずちゃんは一瞬驚いた顔を見せたが、両者の鉄砲がほぼ同時に放水。さっきあくふれに手渡して以降銃を取り替えていなかったので、性能のいいとどめ用のものを持っているあくふれの方が若干早めに相手をとらえる。遅れて、すずちゃんの水があくふれの胸の辺りに着弾する。

「あくふれの勝ちー」

 真希の声が届く。俺からはあくふれの背中しか見られないのだが、 真希の角度からは勝敗が見えたらしい。

「やられたー」

 わざとらしくすずちゃんが両手をあげると、あくふれはこちらを振り返る。

「あっ」

「えっ」

 そして、振り返ったあくふれに、俺と真希がほぼ同時に驚く。

 目をこする。頬をつねる。まばたきする。ありとあらゆる手を使ってここが夢の中であることを願ったが、残念、ここは現実だった。

「やりましたー!」

 歓呼の声高らかに。俺らと対照的にあくふれはその体の全面に喜びを露にしている。

 が、露になっているのはそれだけではなかった。

「あのさ…………透けてるよね…………?」

 真希が真っ先に声をかけた。

「なんのことです?」

「あくちゃん、前、前」

「前? 前見てますよ?」

「水着、水着の前」

「水着の前?」

 あくふれはようやくここで視線を自らの胸元に落とす。

 そして、気づく。

「…………えっ?」


 あくふれの胸元が、見事なまでに透けて見えていた。


「一二三さん、これどうなんですか? 破れちゃったんですか?」

 真希が一二三のいる方向に問う。

「んー?」

 ここで、一二三が奥から出てくる。あくふれもその露になってしまった胸元を一二三の方に向ける。

「あー、これ? これは大会規定で、水が触れた箇所がはっきりわかる構造にしなきゃいけないルールなの。審判が被弾したかどうかの判定で分かりやすくなるようにね」

「大会規定?」

「そ。で、うちはこの事で揉めに揉めたの。例えば洋服っぽいユニフォームにすると汚れた時萎えるし、かといってビキニにしてしまうと肌の部分に当たった時わかりにくい。で、スク水にするって決まった後も、どうするかいまいちいい案が出なかったの」

 洋服っぽいユニフォームを否定したの絶対涌井さんだろ。

「そこで、涌井さんが言ったんだけど」

「涌井さん以外も仕事しろよ!」

 全部涌井さんじゃん! 出てくる案全部涌井さんじゃん!

「だって他の人が案出せなかったんだからしょうがないじゃん。涌井さんの案はその都度名案だから採用されるのよ」

 確かに大企業の重役にはない柔軟な発想だけど方向性がおかしいだろ。

「涌井さんの『水に当たると透ける素材にすればいいじゃないですか』っていう鶴の一声で今に至ります」

「それが通っちゃう会議なの⁉」

 なんやそれ! 国民的企業の会議は変態が先頭なのかよ!

「吉永さん…………」

 両手で胸を押さえて上目遣いで助けを求めるあくふれ。機械のくせに表情ありすぎだろ。

 しかしまあ、完全に脱げているより一部分だけこう透けてるっていうのはなかなかあれですね。起伏に乏しい胸のラインが赤らんだ顔の下に見え隠れしてなんとも――

「…………お兄ちゃん?」

「はっ!」

 なにも考えずあくふれをただガン見するのみの俺の視界に真希が滑り込んできた。セミロングの髪が目の前で揺れる。

「お兄ちゃん今変なこと考えてなかった?」

「考えてない、考えてない……よ?」

「にゃー! なんでそっぽ向くの!」

「いやー、ちょっと」

「ちょっとなに!」

「すみません」

「にゃー‼」

 真希なりの全力でぽかぽか体を殴られる。痛い、地味に痛い。

「まあまあ、それくらいにしよう?」

 と、ここで相手役を務めてくれたすずちゃんが久々に前に出てくる。

 あっ。

「でもー……」

「もうこうなっちゃったのは仕方ないから、受け入れるしかないよ。私だって受け入れるのに時間かかったもん」

「そうですよね……」

「うん。だから頑張ろ?」

 何を頑張るんだろう。

「わかりました」

 何かを決意した表情の真希。ごめんや。俺のせいでお前の大切ななにかを動かしてしまったようだ。

 そんな真希の前で、すずちゃんのセーラー服も実は透けていたことなんて、言えるわけがなかった。そういえば相討ちだったね。

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