第四話

「どう? びっくりした?」

「びっくりしたどころの騒ぎじゃねえよ。危うく通報しそうになったわ 」

「なんで?」

「いや段ボールに人詰め込まれてたら誰だって事件性を感じるだろ」

 猟奇殺人に巻き込まれたかと思うじゃねえか。

「なにそれ。自意識過剰じゃん」

「意味分かって使ってる?」

「そんなことより」

 開け放たれた玄関の向こう、マンションの廊下に立つ一二三は家の中を覗く。

「……あ、上がっていい?」

「ああまあ…………」

 図々しいやつだなもう。でも段ボールに入った人が何なのかの説明がないと事故なのか事件なのかわからないし、通すことにする。

「いいよ」

「立ち話もなんだからね」

 普通それ俺のセリフ。


「こ、こんにちは…………」

 家に上がった俺と一二三を、この短時間で一応服を着た真希が出迎える。お客さんの前でさすがにだらしない格好はできないと見たようだ。でもそれが普通の格好だから。分かってるよね?

「あれ? 吉永くんこの子は?」

 横の一二三はもちろん真希と初対面。

「ああ、こいつは妹の真希。小学六年生」

「真希ちゃんね。よろしく」

「あ、よろしくお願いします。どうぞ座ってください」

「あ、いいのいいの。説明したらすぐ帰るから」

「じゃあお茶いれますね」

「おかまいなくー」

 よくできた妹だわ。相手は社長令嬢だって知ってたらもっと頑張ったのかな。

「かわいい妹さんじゃん」

「そうかい」

「そこは『お前ほどじゃねえよ』って言うとこでしょ」

 漫画の読みすぎだろ。

 そういう間にも段ボールの開封作業を進める一二三。その行動力は折り紙つきで、その辺がまたこいつの良さでもある。

 各辺に貼られたガムテープをベリベリ剥がすと、一旦髪を後ろでひとつに結ぶ。よくこれやる人がいるけど、こうすると女子は気合いが入るのだろうか。

 手際よく箱を開けると、そこにはやはり人が入っていた。人ですよ人。

「おっけ」

 何がOKなのかさっぱり分からないが今は従っておこう。死体見て頷く女子高生なんて存在を認めたくない。

「じゃあ、説明するね」

 一二三は、段ボールの横に正座すると切り出す。フローリングの床に血痕は特になく、この人は刺傷されたのではないようだ。

「まず、モニターを受けてくれてありがとう。や……ゆ…………えっと」

「吉永」

「そ、そう! 吉永くんがあくふれ好きと知ってから、この企画は吉永くんで行こうと思ったの」

 相変わらずこいつは名前を覚えないし、人についての説明がないからあまり話が入ってこない。

「これが、前に言ったあくふれの新作」

 全く普通に、挨拶でもするような感覚で一二三は言った。

「そうか。で、ペットボトルはどこよ」

「何言ってんの? 新作はペットボトルじゃないわ」

「そうかならば缶か。じゃあ缶はどこだ」

「缶でもないって」

 ん? なんだなんだ、話が噛み合ってないぞ。

「じゃあ新作ってどれ?」

「だーかーらー」

 一二三は全く――声色も表情も――変えずに言う。


「今度のあくふれは女の子だよ?」


 二回頬をつねった。二回まばたきして一二三の顔を見て、そしてまた頬をつねった。

 大変だ、ここは現実だった。

「頭おかしいんじゃねえの?」

 捻り出した言葉はそれ。率直な感想だった。

「起きて」

「俺が夢だと思いたいよ」

「違う、あくふれに言ってるの。起きてくださーい」

 段ボールの中にいる女の子に普通に話しかける一二三。夕方にこのカオス。

 金髪に指を通しながら、一二三は女の子の肩を三回叩く。

 すると。


「…………んあ?」


 段ボールの中から女の子は起き上がった。特に機械っぽさも最新鋭さもなく、普通に、人間臭く起きた。

「あっ、奈々さん、おはようございます」

「おはよー」

 特に何の感動もなく進められる会話に俺はどうすればいいのか。

 訳もわからずそこに座っているだけの俺。そこに一二三と女の子は向き直る。

 まず口を開いたのは女の子の方。

「新商品のあくふれです。よろしくです」

「お、おう…………よろしく」

 銀髪セミロング。銀というかあくふれの色に近い髪の色をしている。目の色も髪と同じで、その一挙手一投足がぬるぬる人間ぽい。セーラー服が似合っていて、外から見ただけでは普通の女子高生。

「じゃあ機能の説明をするね」

 一二三はいたって大真面目に言う。ここまで来たら後戻りはできないので素直に説明を聞くことにした。

「彼女は新作のあくふれ。名前はまだ無いけどあくふれって呼べば反応するの。機能としては歩く水筒と思ってもらっていいわ」

「歩く水筒……」

「彼女はうちが作ったアンドロイドで、動力源はあくふれ。あくふれの生成には充電が必要ね。充電プラグは腰横に挿せばいいわ」

「真希、頼む横に座ってくれ。俺一人じゃ覚えられない」

「わ、分かった」

 援軍を頼んで聞き取り再開。

「今度のあくふれのコンセプトは、全く新しい飲み物のかたち。社内会議でどういう新作にするか話し合ったときに、経理の涌井さんが『あくふれと歩きたい……』って言ったことにインスピレーションがあって」

 涌井さんに休みを与えてやれ。

「じゃあいっそ女の子にして一緒に歩いちゃえば? ってなって」

 重役たちに休みを与えてやれ。

「で、この子が生まれたの」

「分かった分かった。要するに水筒を女の子にしたわけね」

「そういうこと」

 どういうことだよ。

「あの……水筒ということは、あくふれを補充するんですか?」

「いい質問ね。この子は一度購入してしまえば、あとは電気であくふれを作ってしまうの。だから補充はしなくていいのよ!」

 いやすごいな。あくふれって電気でできるんだ。飲んで大丈夫なのかよ。

「今、飲んでも平気なのか疑問に思ったそこのあなた!」

 ビシィッ! 人差し指をつきだす一二三には謎のドヤ顔が見える。どこにドヤる要素があったのか甚だ疑問だが先に進もう。

「こちらをご覧ください」

 でん。一二三がどっかから取り出したパネルには円グラフが描かれていた。どこに入ってたの? 一二三は人間だよね?

「こちらは『新作あくふれを飲んだ人の三時間後生存率』のグラフです。なんと被験者五名の三時間後生存率は百パーセント!

素晴らしいですね」

「当たり前だろ!」

 三時間後に何かあったらたまったもんじゃないわ! てか被験者も五人しかいないし、むしろその五人には敬意を払いたい。よくやった。

「これだけではありません吉田さん」

「吉永な」

 惜しくなってきたけども。

「こちらは『従来のあくふれを飲んだ人の百五十年後生存率』です。ご覧ください。なんとゼロパーセント! 今まで飲んでいたあくふれは危険だったのです!」

「当たり前だろ!」

 百五十年生きてたらギネスだよね。逆にあくふれが百五十年前にあったのが意外だよ。

「なお、この検証はあくまで予想です。実際のあくふれは三十三周年。これからです」

「適当なやつ出さないで⁉」

 なんだよ予想って。顧客に予想の円グラフ出す会社があるかよ。

「とにかく安全なの! 大丈夫なの! 涌井さん飲んだけど何にもなかったし大丈夫なの!」

「涌井さんは休ませてやれよ!」

 大丈夫なのかよ涌井さん。疲れてるはずなのにこんな命に関わる実験させられて。

 ふう、と一つ息を吐いて一二三は続ける。

「さて、飲み物の説明は以上です。次に飲み物の出し方ですが、彼女は毛穴を除く穴という穴からあくふれを出せます。口、鼻、耳、その他もろもろ。頑張れば変なプレイみたいなのもできるけど、それは本人次第ね。吉岡くんはやるの?」

「情報量が多すぎてついていけないんだけど」

 穴という穴から出せるってどういうことやねん。あと吉永。

「通常、この子は背中にタンクを持っていて、三リットルまで持ち歩けるの。ただ、涌井さんの暑い要望で、体内にも五百ミリリットルの貯蔵を可能にして、体の穴から出せるようにしたの」

「涌井さん!」

 涌井さん何歳だよ。もう頭の中大体涌井さんが占めてるよ。誰なんだよ涌井さん。

「涌井さんは家で普通にディープキスしながらあくふれを飲んでるみたいよ。口から出せるようにして。たまに下半身からもあくふれを流してるみたいだけど」

「いや、もうそれ以上は聞かない」

 一二三もよく言ったな今の。

「まあ普通は背中のタンクから伸びるホースでコップや水筒に注いでもらえればいいわ。まあ吉本くんがいろいろしたいのならそれはそれで構わないけど」

「しねえよ! あと吉永な」

「お兄ちゃんまさか……」

「だからしないって!」

 そんな目で見ないで真希さんよ。さすがにしないと思うよ。相手は機械だぞ。さすがに…………うん。

「お兄ちゃん…………」

「しないしない!」

「説明は以上です。質問は?」

 できれば二日前に戻ってあの発言を撤回したかったけど、やってしまったものは仕方ない。とりあえず指定の期間こなしてさっとやめよう。変な気が起きる前にさっとやめよう。

「じゃあよろしくね。これからちょくちょく様子見に来るから」

「あいよ」

 立ち上がった一二三の後に続いて玄関まで行く。その後ろ姿はその辺の女子高生と何ら変わらないのに、中身はやり手の社長令嬢。俺という顧客が捕まってさぞ嬉しかろう。

「じゃあまた。お邪魔しました」

「はいはい」

「あ、そうだ」

 一二三は振り返って付け加える。

「あくふれって疲れると機嫌悪くなるからよろしく」

 疲れとか機嫌とかもあんのかよ。

「じゃ、お邪魔しました」

「はいはい」

 礼儀正しく部屋を出た一二三の姿が見えなくなってから戻る。

 何度目を擦ってもそこにはセーラー服の女の子がいた。どうしたって逃げられないのはもう覚悟したので、割りきって使ってやろう。

「よろしくな」

「はい、よろしくです。吉永さん」

 誰がプログラムしたのか、挨拶もしっかりできるあくふれ。記憶力はすでに人間を上回っているらしい。なあ一二三。俺の名前は吉永だっつーの。

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