第三話

 ちなみに言うと、これが俺と一二三の初セッションでもある。普段自分から話しかけに行くことの少ない一二三は、こう言っちゃなんだけど友達が少ない。見たことない。

 だから、ここで俺に話しかけて商談もどきを成立させたのはいささか驚きというか意外だった。

 満足げに帰っていった一二三の後を追って屋上から出ると、階段には既にその姿はなかった。一応ちょっと首を動かしてみるも、やっぱり誰もいなかった。

「何なんだよ…………」

 一つ呟きがこぼれる。

 いかにせよ昼を食べてないし、昼休みも終わりそうだし、早く教室に帰ってあの卵焼きを食ってやらんといけない。待ってろ今行く。

 走りはしないけど気持ち速めに足を動かした。まあ人の弁当なんて食うやつはいないだろう。高校生にもなって。

 オープンザドア。

 教室に入ると、そこにはものすごい笑顔の桑田がいた。

「おお吉永帰ってきたか! あと五分しか昼休みなかったから俺が代わりに食ってやったぜ。感謝しろよな」

 留年してしまえ桑田。


 その後、一二三とはいつも通り一言もしゃべらなかった。しばらくの間はこうした放置プレイが続くのだろう。

 俺が高校に入った後、両親はアメリカやらフランスやらとにかく世界のありとあらゆるところに異動になり、半年前から家にいない。職場結婚の両親は同じ部署の同じチームなので、もれなくダブルで異動になるのだ。

 そのため、今も海外にいる両親は大分前に小6の妹と俺を家に残した。そんなこともあって、今は頑張ってふたり暮らし中。

 オープンザドア。

「ただいまー」

「あっお帰りお兄ちゃん」

 若々しい声が俺を出迎える。リビングに入るとそこには、半ケツで寝っころがってゲームに興じる妹の姿があった。

「……だらしねえぞ」

「だってお兄ちゃんしかいないしいいじゃんよ」

「そういう域を越えてきてるけどな」

「どういう域だし」

 てれれてってってー。お肉をゲットした妹は満足げな表情を浮かべてパンツを穿き直した。最初からそうしろよ。

 堕落した人間を具現化したようなのが、我が妹の真希。つい最近までは律儀で性格もよくて成績良好な完璧女子小学生だったのに、いまやこの有り様である。

 まあ小学生だし、こいつは中学受験とかもしないし、目一杯怠惰にしてもらっても構わないんだけどね。こいつの人生は俺のものじゃない。真希が決めたものは少なからず認めていかないと、とも思っている。

 ぼへーっと着替えて一息つこうと戸棚を開ける。たしかこの辺に前からとってあった…………あれ?

「真希さん?」

「なにー? 今ちょっと忙しいんだけど。あと骨二十個でデイリークエスト達成なんだけど」

「この中にあった期間限定の野沢菜ポテチどこやったよ」

「食べちゃったよ?」

「ふざけんな!」

 楽しみにしてたのに! めちゃくちゃ楽しみにしてたのに!

「だってお兄ちゃんが食べていいって言ったから」

「言ったっけそんなこと」

「言ってない」

「なんで一回そんな無駄な嘘つくんだよ!」

 比較的大声でツッコむ俺のことなぞなんのその。画面を擦っている我が妹はこちらを見もせず自らのバーチャルな世界に没頭している。下もう一枚穿けよ。

「なんだよ食っちゃったのか…………」

 野沢菜なんてどんな味するか楽しみじゃんか。美味しいならそれはそれでいいし、不味かったときはギャンブルに負けたような気分になる、スリルある行為じゃんこういう新作買うのって。だろ?

 まあいいか。また買ってくればいいさ。味は分からないし、美味いか不味いかも分からないのに諦めてはいけない。財布を引っ掴んで玄関に向かう。

「どこ行くの?」

「ちょっとコンビニ」

「へえー、じゃああの野沢菜ポテチは買わなくていいよ。ジャガイモにあの中途半端なしょっぱさは合わないし、何より葉っぱが意外と残ってて食べる気にならなかった」

「ふざけんな!」

「えっちょっ、なに怒ってんの?」

 お前のせいだよ。

「なんだ、ついでにきのこ買ってもらおうと思ったのに」

 なにか不満げな表情の真希は口を尖らせながら言う。何逆ギレしてんだよ。怒ってるのは俺だよ。あと俺はたけのこ派だと何回言えばわかるんだ。


 二日後。

 結局一二三とは本当に会話をしなかった。あれはなんだったんだよ。実は嘘でしたーとかそういうやつなの?

 ただ、なぜかわからないけど電話帳にはメールアドレスが登録されていた。ひふみなんちゃらってやつ。大企業の力だよね。疑心暗鬼なう。信じられるのは俺だけか。

 やっぱり青空は高く広がっていて、その頂点から注ぐ太陽が地上の人々を睨み付ける。太陽までもが睨んでるように感じるくらい疑心暗鬼なう。

 駅から七分。駅若干近とでも言おうか。立地はいいのか悪いのか、工場の跡地に建ったマンションの一室。

「ただいまー」

「お兄ちゃん…………ついにそこまで…………」

 ドアを開けリビングに行くと、そこには青ざめた表情の真希が寝っ転がっていた。なんだよ人のこと言えないだろ。お前だってこんな干物になる前は礼儀正しい女の子だったのに。

「お兄ちゃん、さっき宅配便のお兄さんが来たよ。おっきな段ボール持ってきて」

「へえ」

「で、私何か頼んだ覚えないし、荷物が届くにしても何の連絡もなくこんな大きな荷物おかしいと思って開けてみたらさ」

「自分のじゃないのに開けるなよ」

 失礼なやつだな。

「問題はそこじゃないよー」

 絶対そこも問題だからね?

「で、開けてみたら?」


「開けたらさ…………女の子だったんだよ」


「何言ってんだお前」

 そんな物騒な話あってたまるか。テレビとかで流れる事件みたいじゃないか。

「ほんとなんだって。女の子だよ」

 ぞぞぞぞわー。

「通報した?」

「いやしてない」

「よしわかった、今すぐ通報だ」

 ポケットに入っている携帯を速攻で取り出す。落ち着いて110番。

「待ってお兄ちゃん」

 しかし電源ボタンを押す寸前で止められる。なんだなんだこちとら一刻を争うんだぞ。

「送り主がさ」

「え?」

 真希が指差す段ボールの一部分。そこにはうちの住所と送り主の名前が。恐る恐る近づいて読み上げる。

「株式会社ひふみ…………」

「お兄ちゃん、なんで大手飲料メーカーから女の子が届いてるの?」

「いや知らねえよ」

 ひふみっつったら、この日本じゃ知らない人はいないくらいの大企業だ。最近は不祥事で経営不振だけど、それでもなお大企業は大企業で…………

 あれ、こんな説明前にもしなかったっけ?

「お兄ちゃん、心当たり?」

「いや……」

 怪訝そうに俺を見る真希の前、俺のポケットから振動。

 さっき正義の象徴に電話しようとしてやめた携帯をもう一度取り出す。

 そこには、最近もらったばかりのアドレスが。

『そろそろ届いた? 新作のあくふれ』

 なるほど。つまりこの社長令嬢は清涼飲料水と間違えて女の子を送りつけたわけね。なるほどなるほど。犯罪だよね。

『届いてないぞ。何か女の子は来たけど』

 事実を送った。ほんとの事実。そのままを伝えた。

 でも、事実が真実とは限らないわけで。


『届いてるじゃん。その女の子があくふれの新作だよ。今からそっち行く』


 ぽち。俺は静かに携帯の電源を落とした。

「真希、オーケー。万事解決」

「いや、まだ問題の中核がここにあるよ?」

「それはそれで良かったんだ。いいか、これから多少人の出入りが多くなるかもしれない。頼んだぞ」

「えっちょっ、どういうことよ」

「悪いがどうせそろそろ嵐が来る。ゲリラ豪雨並みのな」

 その時、玄関のチャイムが鳴る。記録的短時間大雨警報の発令だ。

「はーい」

「待て真希、俺が行く」

 いつも通り真希が出ようとするのを右手で制止して、玄関に向かう。

 オープンザドア。


「モニターのご協力、ありがとうございます」


 そこには満面の笑みの一二三が立っていた。 

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