第12回「アトミック・ウォーフェア」

「アトミック・ウォーフェア」

2031年 ロシア

監督 ボリス・コロボンスキー


あらすじ……架空の1980年代。ソ連とアメリカが対立を深める中、ついに米ソ両国で武力衝突が勃発する。モスクワが核攻撃を受けソ連は報復のミサイルを発射、世界各国が核によって破壊される。ソ連軍人のアリョーシャは、報復攻撃の一環としてアメリカ本土への攻撃に参加し、空挺部隊員としてカリフォルニアへと侵攻する。一方で米軍兵士でカリフォルニアの州兵であるジャクソンは、核攻撃で壊滅した主力部隊の穴を埋めるため、迫りくるソ連軍の空挺部隊を迎撃すべく部隊と共に出動した。そんな中、カリフォルニアが核攻撃を受け、事態は一変してしまう。生き残った両軍の兵士が目の当たりにしたのは核攻撃によって壊滅した世界と、指揮系統を失いながらも残された命令だけを遂行しようとする敵軍の姿のみ。放射性降下物が降り注ぐ核の地獄の中で、人類史最後の泥試合が繰り広げられようとしていた……


[レビュー]

 核戦争後の世界、核戦争前の世界、その両方や片方を描いた作品は数多く存在する。しかし、今作はそういった作品の中でもかなり珍しい「核戦争真っ只中の戦争」を描いた意欲的作品である。ソ連崩壊に伴う冷戦終結から40年後に作られた今作は、そうした冷戦当時の緊張感や核戦争に対する漠然とした恐怖を再度、スクリーンの上で甦らせようというコンセプトの元で製作された。


 ストーリー自体の考証は雑だと評価されたが、今作はそうした冷戦時代の「もしも……」を病的なまでに表現する事に執着、装備やセットなども大掛かりな物が用意され、エキストラも5000人動員するという規模の大きな作品に仕上がった。時代考証や装備考証に関しては22世紀現在でも異を唱える人間はいない。その点では非常に完成度の高い仕上がりだ。


 主人公は2人存在している。ソ連側の主人公、アリョーシャとアメリカ側の主人公、ジャクソンだ。片方は国に忠誠を尽くす職業軍人、片方はパートタイマー兵士とも揶揄されるアメリカの州軍兵士で、あくまで軍人の格好をした民間人のような存在である。その両者から見た核戦争とその中での戦争が執拗に描かれている。核戦争の混乱下にあるカリフォルニア、空を埋め尽くすソ連の輸送機、泥沼の市街戦など、混沌と暴力だけが支配する戦場描写が続いていく。かつては絵空事として語られていた「もしも」の世界をこうも徹底して描いたのは感嘆に値するだろう。


 やがて、どっちが撃ったかもわからない核兵器が炸裂し、戦闘は一時中断される。そして、核兵器によって廃墟と化した世界の中で再び戦闘は再開される。唯一生き残った命令をロボットのように実行する兵士たちの手によって……


 悲壮感が漂う戦争映画である。最後の最後、アリョーシャとジャクソンが戦いを止め、お互いのどちらが仕掛けた戦争だったのか問い詰めるシーンで、末端の人間どころか上層部ですらどちらが先かも知らなかったと知るシーンは戦争の愚かさをとにかく詰め込んだ虚しいものに仕上がっている。


 折りしも映画が作られた2031年は局地紛争や対テロ紛争の激化を経てロシアとアメリカの関係が悪化し国交断絶か?とまで言われた年。今作はそうした第二の冷戦を前に、再びこのような過ちを犯してはいけないという警告のために作られたのでは?と思う映画である。本国ロシアで劇場公開はされたが、残念ながらアメリカでは劇場公開されず、結局ソフトスルーという形での上陸となった。反響もそれほど無かったものの、危惧された第二の冷戦は結局訪れず、現在まで至っている。

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